第27話:付与魔法使いは連れていく
◇
ガイルの工房を出たときには、辺りはうっすら暗くなっていた。
隠れていたシルフィが姿を現し、俺の肩にちょこんと乗ってきた。
「眠いのか?」
「そんなことないよ〜ふぁあ……」
と言いつつも、眠そうである。
こういうところは本当に子供みたいだな。
俺はやれやれと嘆息し、宿に向けて足を進め始めた。
「まだちょっと冷えますね」
「そうだな」
季節は春なので日中は暖かいのだが、さすがに夜はまだ肌寒い。
付与魔法で暖房魔法を使っても良いのだが——
「宿に戻るまで手を繋いで、寒さを凌ぎましょう」
そう言って、セリアが俺の手をとってきた。
「……っ!」
魔法の無機質な温かさとは違って、セリアの手からは優しい温もりを感じる。
まるでデート中のカップルのようで俺は周りの目を気にしてしまうのだが、セリアの方は気にした様子ではない。まあ、宿に戻るまでは十数分ほどだし、このままでいいか。
「アルスの手、温かいですね……!」
「そうか?」
「そうですよ! ずっとこうしていたいです……!」
「ずっと……なるほど」
セリアに他意はないのだろうが、「お嫁さんになりたい」なんて言っていただけに別の意味も含まれているのではないかと勘繰ってしまう。
心を開いてくれているのは結構なのだが、開きすぎというのもこっちが困ってしまうな。
「パパとママは仲が良いんだねー」
寝てると思いきや、シルフィが余計なことを言ってきた。
確かに仲が良い悪いでいえば間違いなく良いのだが、生意気にもどこか意味深そうにニヤニヤしている。
こうしてセリアと手を繋ぎながら帰路についていたところ、人が一人歩けるくらいの路地裏から怪しい風貌の男が出てきた。
この瞬間、シルフィはサッと姿を眩ました。
見窄らしい黒装束に黒いフードを被った小柄な男。
俺は咄嗟にセリアを庇うような動きをした後に静止する。
そのまま通り過ぎるかと思いきや、黒装束の男は俺たちの目の前で足を止めた。
「見つけた」
声からは若い印象を受けた。
声変わりをする前の男の子と声といった感じだ。
俺よりも若いとなると、セリアと同じくらいか?
「こっち」
どうしたものかと頭を悩ませていると、少年は路地裏にもう一度入り、俺たちに手招きしてきた。
どうやら、敵意はないらしい。
身のこなしや魔力量を見た感じでは戦闘力は大したことがなさそうなので、攻撃されたとしても俺たちに傷をつけられないのは明らか。
不用意に知らない人間についていくことは避けるべきだが、どういう事情があるのか気になるな……。
もしかすると、俺の正体——つまり、元勇者であることを知る誰かなのか?
「あの、どうしますか?」
一瞬の沈黙の後、セリアが尋ねてきた。
「ついて行こう」
俺はそう答え、少年とともに路地裏へ入った。
ジメジメとした路地裏の途中で少年は足を止めた。
「へへ、こんなところまですいませんね」
「それで、お前は誰だ?」
「ヘヘっ、こりゃ失礼。私はギルドカードを買取をしてましてね。余ってるギルドカードあると聞いて待っていたんですよ。こんな格好ですいませんね」
ヘラヘラとそんな説明をする少年。
ちなみに、ギルドカードは一人一枚しか持てないし、身分証という性質から余るという概念は存在しない。
「なんの話だ? ギルドカードはあるが、余るはずがないだろう。というか、そんなものを買い取って何に使うつもりだ?」
ギルドカードの売買はそれ自体が禁止されているし、買った後の使い方次第では別の罪にもなり得る。
余分に持っている——ということは、他人のギルドカードを何らかの方法で持っているということになる。
冒険者歴が長かったり、高位の冒険者のギルドカードがあればお金を借りることもできるし、そうでなくとも密入国者の手に渡れば身分が与えられてしまう。
盗まれたものであれば、場合によってはギルドカードの持ち主がどこかに預けている財産を盗むこともできてしまうだろう。
「え、あれ? 買い取って欲しいって紹介されたんだけど……もしかして人違い?」
「そうだろうな。俺は何も知らないぞ」
俺がそのように答えると、少年の顔が引きつったように感じられた。
フードで隠れていて見えないのだが……。
「そ、そうなんだね。じゃあ今のは聞かなかったことに……」
「できるはずがないだろ」
「ひっ」
俺は逃げようとする少年の腕を掴んだ。
ジタバタと暴れているが、想定していた通り非力だったので俺が逃がすことはない。
「悪いことをしてたって自覚はありそうだな?」
「わ、悪いことというか人助け……ぐぎぎぎぎ」
少年を握る手をより強くした。
「ごめんなさい! 儲かるからやってました! もうやりません! 許して!」
やれやれ、最初からそう言えばいいのに。
「じゃあ、今からギルドにお前が持ってるカード全部返しに行こうか」
「そ、それだけは……」
「できないなら、お前の処遇をどうするか……」
少年を握る手に再度力を込める。
「わ、わかった! 返す! 返すから! 命だけは取らないでくれ!」
「そうか、それならいいんだ」
俺は正義の味方というわけではないが、もし自分がギルドカードを落としたときにこういった闇ルートに流れることを考えれば放ってはおけない。
この少年を摘発したところで氷山の一角なのかもしれない。
とはいえ、どれだけ果てしない道だとしても、一歩ずつ着実に足を進めるしかないというのも事実なのだ。
これは無駄ではないだろう。
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