第25話:付与魔法使いは勇者パーティに戻らない

 ◇


 精霊の森からの帰り道——


「パパ、精霊石あげる」


「あ、ありがとう……助かるよ」


 精霊というだけあって、シルフィは羽を使って空を飛ぶこともできる。

 空中で精霊石を生産してすぐに渡してくれたので、俺はありがたく受け取った。


 実は精霊石が二つ必要であることを相談すると、シルフィはすぐに二つ目の精霊石を作ってくれたのだ。

 精霊からすると、俺の推測通り精霊石を作ること自体には何の手間も負荷もかからないようだ。


 ただ、一つ気になることがあった。


「ところで精霊石はありがたいんだが……パパ呼びってのはどうなんだ?」


「パパはパパって呼ばれたくないの?」


 純朴なシルフィは何が良くないのかわからないとでも言いたげな顔をしていた。


「呼ばれたくないとは言わないが、シルフィは俺の子供じゃないだろ?」


「シルフィはパパの子供じゃないの……?」


「少なくともさっきベヒーモスの腹から出てきたよな……」


 必ずしも生物学上の親が父親になるとは限らないというのがこの世界ではあるが、俺とシルフィはさっき出会ったばかり。パパと呼ばれると違和感を覚えてしまうし、何となく気恥ずかしい感覚がある。


「ママもママって言われるの嫌なの?」


 今度はセリアの方へ聞きに行ったようだ。

 シルフィは、俺のことをパパと呼ぶだけでなくセリアのことをママと呼んでいる。


 これだとまるで俺とセリアが夫婦のように見えてしまうのが問題だ。

 しかしそう思っているのは俺だけだったようで——


「私は全然嫌じゃないですよ! むしろアルスがパパで私がママならすごく嬉しいです!」


 そういえば、セリアはかつての俺——勇者アルスとの結婚を望んでいると言っていた。

 どうやら俺と出会って数日が経ってもそれは変わっていないらしい。


「ママは嬉しいって〜! なんでパパは嫌なの?」


「う〜んとだな……なんとなく、かな」


 俺がそう答えると、シルフィはしょぼんとしてしまった。

 まあ、俺もパパと呼ばれるのが特別嫌というわけではない。


 少しの気恥ずかしさがある以外には、主にセリアと夫婦であると誤解されることでセリアが何か思わないかということだけを気にしていた。


 セリアが嬉しいというのなら、俺としては嫌がる理由もない。


「まあ、セリアがママ呼びでいいなら俺も別に構わないが……」


「そうなの!? やったー、パパありがと〜!」


 まあ、こんなことで喜んでくれるなら良かったと思っておくとしよう。


 ◇


 ベルガルム村に帰還し、冒険者ギルドの前を通ってガイルの工房に向かっている時だった。


「おっ、アルスじゃねえか! 久しぶりだなオイ」


 勇者パーティのリーダーであるナルドに声をかけられた。


 冒険者ギルドの前に、つい最近俺を追い出した勇者パーティの面々が勢揃いしていた。

 何か手続きをした帰りというわけでも、これから向かうというわけでもなさそうなので、偶然ここにいたというわけではなさそうだ。


 だとすると、俺を探していたというわけか。


 俺が勇者パーティを離れて三日目。

 もうすぐ泣きついてくるかもしれないとは思っていたが、思ったよりも早かったな。


「何の用だ?」


「おいおい、そんなよそよそしい態度じゃなくていいだろ? パーティは違えど、仲間なんだからよ!」


 あんな追い出し方をしておいて、よくも白々しくそんなことが言えるもんだな……。

 反吐が出る。


「アルス、お前がパーティを去っちまってから皆色々と思うことがあったみたいでよォ。もしお前がどうしても勇者パーティに帰ってきたいっていうなら迎えてやってもいいんじゃねって話になってんだよな」


 はぁと俺は嘆息する。

 連れ戻しに来たというのに、あくまでも上から目線なんだな。


 ある意味、こいつららしくはあるが……。


「そうか、だが俺は特別戻りたいとは思ってない」


「おいおい、そんなつれないこと言うなよ? お前も実は寂しくなっちまったんじゃねえの?」


「あいにく俺には仲間ができたからな。寂しく感じたことは一度もないが?」


 そう言ってセリアを見ると、にこりと笑った。


「おいアルス、勘違いしてんじゃねえぞ? 代わりの付与魔法師なんざ誰でもいいんだ! お前じゃなくてもな! せっかく戻ってきてもいいって言ってやってるのに舐め腐った態度とってると後悔することになるからな!」


「ん、付与魔法師が欲しいのか?」


 付与魔法師は経験値を無駄に分配するだけの不要な存在だと言って追放されたような覚えがあるのだが、ついに必要だと感じたということだろうか。


「俺たちの火力がありゃあ一人お荷物がいようがいまいが大した違いがないことに気がついただけだ! お前が戻ってこないというなら代わりの付与魔法師を入れる! この機会を逃すともう二度と勇者パーティには戻れないぞ? さあどうする?」


 付与魔法師——というよりは、俺がいなくなったことでよほどあの後困ったんだろうな。

 しかし連れ戻しの文句でこれ以上に魅力がない言葉もあるだろうか……。


「そうか、なら別の付与魔法師を誘ってくれ。俺はこの前もいったつもりだが、戻るつもりはない。俺の代わりがいくらでもいるならそいつでいいじゃないか」


「……本当にいいんだな? 後悔しても知らねえぞ!」


「ああ、後悔するのは俺なのかそっちなのか知らないが、どうでもいいぞ」


「チッ」


 ナルドは舌打ちし、勇者パーティの面々を連れて俺のもとを離れた。


「不義理をするようなやつは勇者パーティにはいらねえ! お前は未来永劫勇者パーティに入れてやらねえからな! 謝ってももう遅いぜ!」


 ——そんな捨て台詞を残して。


 どこの誰を新しい付与魔法師として採用するつもりなのかは知らないが、役に立つような人材に出会えるのだろうか。

 役に立つ付与魔法師がいればもう俺にわざわざ声をかけることはないだろうし、二度と会わなくて済む。


 俺としてもそちらを望んでいるのだが……。


 まあ、無理だろうな……。


「アルス、勇者パーティの方たちはアルスを連れ戻そうとしていたのですか?」


「そうみたいだな」


「なるほど、そうなのですか……。あまりアルスの古巣を悪く言うつもりはないのですが、大変でしたね」


「まあな……」


 セリアも呆れてしまったらしい。

 おそらく本音では、俺を追い出したことで困り果ててしまったため、戻ってきてほしかったのだろう。


 しかし、プライドの高いナルドをはじめとした勇者パーティの面々は頭を下げたくなかった。だから、上から目線で連れ戻すというよくわからない行動に出てしまったのだ。


 もう少し下手に出るのなら、勇者パーティには戻らないにせよ多少の協力はしてやっても良かった。

 でも、あれじゃあなあ……。


「まあ、そんなことよりも早く精霊石を持っていって、剣を作ってもらおう」


「そ、そうですね! 早く行きましょう」


 俺たちは本来の目的を思い出し、ガイルの工房へと足を進めた。

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