第23話:付与魔法使いは精霊石を求める

「わ、わかりました! 何をするつもりなのですか……?」


「ちょっと魔物を集めるだけだよ」


 さっき一番強かった魔物で約300グラムの魔石……ということは、発散する魔力はかなり大きいものにしないとな。


 実は俺が発散する魔力量は、意識的にかなりセーブしている。


 人間にせよ、魔物にせよ、魔力を持つ者は皆少なからず魔力を発散しており、自然発散量は最大魔力量が多くなるほどに大きくなる。


 しかし、人間のように知能が高い動物なら上手く体内に流れるを魔力をコントロールし、発散する魔力量を抑えることができるのだ。


 魔力を抑えることのメリットは、貯めておくことにより濃縮され、最大魔力量よりも多くの魔力を保有することができるから。不足の事態に備えて、多くの魔力を持っておけるに越したことはないとの考えからそうしていた。


 魔力を堰き止めていた俺だが、これを一時的に止めることで本来の魔力量を魔物が感知できるようになるし、何なら意識的に放出することで強い個体であると偽装することもできる。


「まあ、こんなもんかな」


 魔力の堰き止めを中止した瞬間、精霊の森の様子がガラリと変わった。


 潮が引くように弱い魔物は俺の周りから消え去り、一帯は静寂に包まれた。

 

「な、なんだか様子が……」


 敏感に変化を感じ取ったセリアがそう言ってから数十秒。


 ガサガサガサ……。


「……え!?」


「静かに。一体大きいのが来てる」


「は、はい……」


 静かに答え、黙って様子を見守るセリア。

 俺は、狙い通りの強力な魔物が来ていることを確信していた。


 ガサガサと茂みを揺らしながら近づいてくる魔物の影は、なかなか大きい。

 そしてその数秒後——


 ガウルルルルル……!


「で、出てきました……っ!」


「思ってたよりもでかいな……。まあ、このくらいの魔物なら目当ての精霊石も手に入りそうで良かった」


 唸り声を上げながら出てきたのは、ベヒーモス。

 カバやサイと似た見た目をしているが、俺を十人集めても足らないくらいの体積。見間違えることはあり得ない。


 村の外にはエリアごとに『エリアボス』と呼ばれる強力な魔物が潜んでいると言われている。

 このベヒーモスが間違いなくそのエリアボスなのだろう。


 俺がいない勇者パーティなら遭遇した時点で壊滅してしまうほどの強力な魔物。

 とはいえ勝算はあるし、倒して精霊石を持ち帰るつもりだ。


 ただし、油断はしないようにしないとな。

 命を賭けた戦いだというのに、ほんの少しの隙で窮地に追い込まれる展開を神話などで読んだことがある。


 俺は絶対にそんなバカげた展開にはしない——


「セリア、様子を見つつ背後を狙ってくれ! そして、俺が合図をしたらすぐに右に避けてくれ。できるな?」


「わ、わかりました!」


 セリアの返事を聞いてすぐに、俺はベヒーモスが攻撃しやすい位置へと移動する。


 ガウルルルル……!


 巨体だというのに電光石火の如く俊敏な動きで俺を目掛けて突進してくる。

 大きな角は、ただ大きいだけじゃなく鋭い。少しでも当たれば致命傷になってしまうだろう。


 正確にベヒーモスの攻撃を見切り、最小限の動きで攻撃を避ける。

 俺の動きに合わせて方向転換をする間の一秒にも満たない時間、ベヒーモスが減速する。その間隙を縫うようにセリアが剣で強力な一撃を与えた。


 グギャアアアアァァァァ——!!


 背後からのクリティカルショットには、さすがのベヒーモスも大きなダメージを負ったらしい。


「ナイスタイミングだ、セリア」


「は、はい!」


 そして俺の狙い通り、ベヒーモスは強力な一撃を与えてきたセリアに標的を変えた。

 ベヒーモスが後ろを振り向いた瞬間——


「今だ!」


 俺が合図を出すと同時に、セリアは俺がさっき出した指示に従って右に飛ぶ。

 セリアとの連携プレーのおかげで、俺は今ちょうどベヒーモスの背後を綺麗に取れているという状況。


 これを生かさない手はない。

 ……というよりも、当初からこれが狙いだったのだ。


 付与魔法を使い、攻撃魔法の準備を始める。

 ベヒーモスがセリアに向かって突進を始めるまであと一秒ほどはかかる。


 これだけの時間があれば余裕だ。


 俺は最大限の魔力を消費し、地属性のベヒーモスに対して有利な風属性魔法——『風殺の弓矢ウィンド・アロー』を放った。

 緑色に輝く風属性の魔力矢がベヒーモスを目掛けて飛んでいき、わずか0.1秒にも満たない時間で着弾。


 ドゴオオオオオオオンンンッッッ!!


 と轟音が響くと同時に、まるで砂嵐のような猛烈な砂埃が舞い上がる。

 セリアと俺の周りには付与魔法で急遽防壁を展開したので俺たちに被害はないが、この砂嵐だけでも大きなダメージになるだろう。


 少し時間が経ち、視界が開けてきた。

 するとそこには、絶命したベヒーモスが倒れていたのだった。


「アルス、すごいです……!」


「俺一人じゃここまで安全かつ最速では倒せなかったよ。セリアのアシストのおかげだ」


「そ、そんな! 私、アルスが言っていたことをしただけなので……」


「それができない人間もいるから、それだって凄いことだと俺は思うぞ」


「そ、そうなのですか……?」


 セリアはピンとこないような顔をしているが、具体的には勇者パーティの面々がそれをできなかった。

 俺が合理的なアドバイスをしても取り入れられることはなく、反発されるのみだった。


 もちろん俺が必ず正解だけを言っているとは思っていないが、もう少し聞く耳を持ってくれても良かった。

 それと比べるとセリアのように素直にきちんと動いてくれるのは俺にとって新鮮なことだったのだ。


「さて、このクラスの魔物となるとかなり大きい精霊石が……ん?」


 俺はナイフでベヒーモスを捌き、精霊石を取り出そうとしていたのだが——


「ひ、人でしょうか……? 小さい女の子……と言っても、本当に小さいですが……」

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