月の秋
横溝照之 あんどイーニしゅまペ
改稿版
ある夏の夜 改稿版
一人の女神は歌う。詞が語るのは冒険。自ら足を踏み入れると、それは天と地を変える不思議な旅になるという物語を女神は歌う。
誰もが知っている。
むかしむかし、遠い大地の果てにとある少女が生きていた。少女は森に囲まれた煙突一本の家に住んでいたため、あまり人と会うことはなかった。それ故に、
――― そんな、ある夏の夜。
三角形の窓から、月の冷たい光が差し込む。青白の光が少女の半面に当たり、片目が輝く。それでも彼女は淡々と三角帽子を作っていた。
すると風が吹く。そして風に乗った一枚の葉っぱが窓を通り、テーブルの上にひらひらと舞い降りる。手を止めた少女は葉っぱを取り、それを両目で見つめる。
葉っぱは赤色だった。見たこともない色と形をしていて、指の間で葉っぱを回していた少女はその珍しさを不思議に思っていた。間もなく少女は立ち上がり、玄関のドアをゆっくりと開けて外へ出る。
緑に覆われた森を訪れる、白色のナイトドレスを着た少女。改めて月は弱い光を放っていた。それは、純白な少女の穏やかな金髪が灰色に変わるほど。
空を隠す葉っぱが来客を眺め、草の髪が裸足の底を撫でる。紅の葉っぱをたいまつのように持ちながら、周りの自然をキョロキョロと見渡す。
そして森林の奥深くへ身を運ぶと、やっと色違いの大樹と出会う。それは赤色の葉を千枚も生やし、シワのような
葉っぱ、木、葉っぱ、と見ていた少女は木に話しかける。
「貴方に、この葉っぱを返しにきました」
「……んぅ?」
輝く少女の問いに、樹木の重いまぶたが開かれる。
「ほうほう。これは珍しい」
人間の顔のように口と目が開いた樹木は、少女の存在に困惑しながらも優しく相手をする。
「確かにそれはワシの葉っぱじゃ。しかしなんでわざわざ返しに来たんじゃ?」
「風に取られたから、返しに来たのです」
「ほう。君は小さいが面白い。失礼ながら、お名前を聞いてもよろしいかな?」
少女は、片足を曲げてドレスの丈を摘み、身体を上下に動かしながら名乗る。
「シャクリーヌと申します」
「シャクリーヌ……良い名だ」
斜め上へ視線を向ける樹木が、ねずみ色の曇から覗いてくる月を見つめる。その視線の動きを追うように、シャクリーヌは夜空を見つめる。
「そうじゃ。お礼に月へ送ってやろう」
「お月様へ?」
樹木が頭を振るかのように全ての枝を左右に振ると、千の紅の葉がひらひらと舞いながら地面へ落ちていく。シャクリーヌの髪に引っかかった一枚、それ以外は地面で眠りにつくが、樹木が「ふーっ」と息を吹くと、葉っぱが息と一緒に踊りはじめる。
踊りは固まっていき、やがて一匹の鳥と化して、少女の前に現れた。
「さあ、こやつの背中に乗って旅立つのだ」
神秘に満ちた出来事にシャクリーヌは驚きが隠せなかった。好奇心を頼りに五感が露わな紅の鳥を触り、生きているのを確認すると、彼女は覚悟を決めて最後の挨拶をする。
「じゃあ、行ってきます」
樹木は頷いた。そして少女は背中に乗って首に抱きつき、鳥が
「夢じゃない! 空を飛んでる!」
夜空を泳ぐ華麗な飛行に少女の驚愕は絶えない。風は道を阻むことなく、むしろ
下を観ると、
ねずみ色に染まった曇の世界を抜けた先に――― 月はあった。
ついに少女は着陸し、月面をその目で確かめる。
「これが、お月様……」
白い砂の大地が広がり、漆黒の空に花火が打ちあがるも、そこには何本もの枯れた木が立っている。色の無い、温もりの無い月面は美しく、同時に恐ろしい。
シャクリーヌは降りて、月の砂を裸足で踏む。
沈みはしない、でも柔らかい。まるで絨毯の上を歩いているかのようだ。
「人よ、どう思う?」
誰かが話しかけてきた。その声の主は、前にある鏡から来た。気になった少女が近づいて鏡を覗き、同じく質問で返答する。
「どういうことですか?」
すると、鏡に映ったシャクリーヌの象が勝手に喋りだす。
「お前の足元にある月の事だ。どう思う?」
「何もない。何も聞こえない。可哀想だと思います」
「ではどうする、人よ?」
自分を見渡して、頭に何かがあるのを感じた少女。そのまま髪に引っかかった紅の葉っぱを引き抜く。金髪の毛が共に絡まっていたが、少女は気にせずゆっくりと鏡の中の自分に渡す。
「なるほど。これがお前の答えか」
何も持っていなかった鏡のシャクリーヌが納得すると、彼女の手から紅と黄金の炎が舞い上がる。
「その答え、私が継ぐ」
シャクリーヌの周りの枯れた木に、赤色と黄色の葉っぱが生える。そしてそれは広がっていく。二つの色から放たれる光は月の砂を照らし、黄金に輝いた。煌びやかな砂浜は蒼き星を反射しはじめる。
「月が変わった……!」
「さあ、家へ帰るのだ」
鏡にシャクリーヌは頷いた。彼女はもう一度、鳥の背中に乗る。そして今、故郷へと羽ばたいた。
曇を抜けると――― 緑だけじゃなく、赤と黄に染まった地上が姿を見せる。
見たこともない色鮮やかな光景を目にしたシャクリーヌは、
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