第21話

 記憶を買ったのはいいものの、結局、どうすればいいのかわからなくなった。家族に話すこともできない。袋にパンパンに詰め込んだけれど、これで家族全員が悟りに至るに足りるとは思えない。しかし、自分だけがこっそりクリニックに行く決心もつかない。

 ハイルは袋をベッドの下に隠し、ただ悩んだ。こんなもの、買わなければよかった。アオが変なことを言ったから、つい誘惑に負けてしまったのだ。でも、捨てることもできない。

 ある晴れた休日。ランチ時のレストラン。ハイルの隣にはリージ、前にはリージの両親と姉がいた。

 まだ結婚の話は家族にしていないけれど、リージと付き合っていること、今日はリージの家族と会って来ることは話した。父と兄は、まだハイルのことを子供だと思っている節があるので、たいしたことだとは受けとめなかったようだが、母だけはなにかを察したような表情をして、笑顔で送り出してくれた。久しぶりに家族の笑顔を見た。

 野菜スープや合成肉ソテーの味は、よくわからなかった。ハイルの視線は、リージの姉に引き寄せられ、なかなか逸らすことができなかった。

 すっきりとした顔立ちは、リージと似ている。長い髪を無造作にくくっていて、化粧っ気がなく、服装も地味。挨拶以外は一言も話しておらず、軽くうなずく程度で、会話に入ってこない。じっと見ているのに、目が合わない。その目は、今はこの場に参加してはいるものの、すぐにどこか遠くへ飛んで行ってしまいそうに思えた。

 物憂げ。しかし、輝いている。この目は、見たことがある。先生の目だ。これが、記憶依存者の目なのだ。

 ハイルにはわかっていた。先生は、治療を必要とする人とほとんど同じだったのだと。違うのは思想だけ。そして、悟りにはまだ遠い。なんら特別な人ではなかった。演出や雰囲気で、特別感を醸し出していただけだったのだ。

 しかしハイルは、心の底から湧き上がる憧れを抑えることができなかった。まだ治療を続けているというリージの姉に同情できない。羨ましいと思ってしまうから。その目が美しいと思ってしまうから。

 穏やかな会食を終え、しばらくリージと二人で手をつないで散歩してから、帰宅した。ハイルは、ベッドの下から袋を取り出した。


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