第11話
ハイルたち家族は、静杯会の緊急集会に招待された。記憶売買規制法案の審議が大詰めを迎えているので、そのことについてだろうと家族で話した。
たくさんの人がいるだろうと思っていたのに、会場には、ハイルたちのほかには、十人ほどの人しかいなかった。
「なんでこんなに人が少ないの?」
長机の前のパイプ椅子に座ったハイルが尋ねると、父は顔を寄せて言った。
「そもそも、このレンタル会議室自体が狭い。もとから少人数しか呼ばれなかったんだろう」
「なんで?」
「きっと特別なお話があるのよ」
「先生本人が来てくれるって、本当なのかな」
母も兄も、内心では興奮しているようだ。
まもなくして、袈裟姿の先生とシュンリが入ってきた。
久しぶりに生で見る先生の姿に、ハイルの視線は吸い寄せられた。こんなに少ない人の中で目にかかるのは、初めてだ。大人数の集会で、遠目に見たことならあったけれど。
先生については、性別も年齢も知らない。顔を隠しているわけではないけれど、見ても、声を聞いてもわからない。それなのに、ミステリアスな印象は不思議となかった。目に異様な輝きはあるものの、容姿はごく普通。特徴を説明しろと言われても、剃髪していて、どちらかといえば小柄というほかには、なにを言っていいかわからないだろう。混血らしく、人種もよくわからない。
性別も年齢も人種も不詳な人がどうして普通に見えるのか。それが逆に不思議なのだが、ハイルには、魅力的な大人に思えた。
先生とシュンリは椅子に座ると、先生は自ら、ここにいる人々に、来てくれたことに対する謝意を述べた。
「ご挨拶も手短に、あまり愉快ではないことについて、話さなくてはいけません」
先生は、抑揚のない口調で続ける。
「みなさんも気づいておられると思いますが、記憶売買規制法案のことです。この法案は、もう通ると思ってよいと思います。もっと積極的に活動し、手を打っておくべきでした。わたしの考えが甘かった」
野党の名前を出し、「政治家の先生方の中にもご尽力してくださった方々はいるのですが、力が及ばなかったと謝ってくださいました」と言った。
わたしからも謝りたい、申し訳ありません、と頭を下げる先生に、誰かが、「先生が謝ることじゃありません」と声をかけた。ハイルたちも、自然とうなずく。
「ありがとうございます」
先生は顔を上げる。
「そこのお嬢さんは、デモに参加して、手首を怪我されたそうですね」
突然自分に目を向けられ、ハイルは椅子の上で軽く飛び上がるほど驚いた。
「お加減はいかがですか」
「あ、ありがとうございます」
緊張のあまり、答えになっていない返事をしてしまう。
「たいしたことはありません。な?」
父の言葉に、がくがくとうなずいた。
「それならいいのですが。頑張って活動してくださって、本当にありがとうございます」
先生がわたしに感謝している。ハイルは感動した。
「ここにいらっしゃるのは、我が静杯会の特にご熱心な会員様方です。会員の皆様方全員にお話しする前に、ここにお越しくださった方々に、まずはお話ししたいことがございます。シュンリ」
「はい」
シュンリは、部屋を暗くし、プロジェクターを起動させ、スクリーンに図を表示させた。
その図には、ハイルたちの名前も書き込まれていた。そして、いくつかの企業名も。
「あれ、エピークの会社の名前……」
ハイルのつぶやきは、落ち着いているがよく通る先生の声にかき消される。
「わたしたちは、記憶カタログ会社を味方につけなければなりません。そのために、皆様に協力していただきたいのです」
ハイルは、『現場担当』という文字と、その下にある自分の名前を見つめた。
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