第6話 (6) ご飯、炊いてみよう。

(6) ご飯、炊いてみよう



健太郎は会社へ行く。菜月は家に残る。

「これ、この部屋の鍵。エントランスはこの鍵を差し込んで回せば開くから。

 テレビは自由に見て良い。それとタブレットを置いておく。ネットを見たいと思えば見て良いよ。

 俺への連絡は、このタブレットのgmailを使え。携帯番号はこれだ。使えるか?」

「分かんない。タブレットとか使った事ないから。ネットも見ないし。電話はどっか探す。」

「あ、そうか。そうだ、TOUTUBEでも見てるか?、タブレットの白いい丸に赤い四角で矢印のあるマーク。」

「これか?、押せば始まるのか?、、、あっ、なんか出た、、、」


「じゃ、行ってくる。……誰か訪ねてきても、無視していいからな。じゃ、行ってくる。……昼ご飯は何か買いに行け。じゃ、行ってくる。…….掃除は、、」

「早く行けよ。遅刻するぞ。分かったから、どうにかするから、大丈夫だから。」

「そうだな、行ってくる。今度こそ、行ってくる。」

玄関を出て、エレベーターへ乗り込むまでの間、菜月は健太郎を見送った。人を見送るなんて、そんな事したのは物心ついて初めてだと思う。

何でだろう?そうしたかったから。良く分らなかった。

仕事に行く父親は、普段が怖いし、菜月が寂しい時も熱が出た時も母親は構わず出かける。いつも陰に隠れているしかなかった。


早速、フローリングワイパーを掛ける。リビング、廊下から玄関。今、寝ている部屋、健太郎さんの部屋。

テーブルとかに当ると、上にあった物が倒れそうになる。【あ、気を付けないと、、、】慎重にワイパーを動かす。

【あ、台所、忘れてた。】最後に台所の床を拭く。

ワイパーを持つ腕が後ろに大きく引き戻る。肘に何かに当った。「ガチャンっ」床にコップが落ちた。

【しまったっ。割っちゃった~。どうしよう、、、怒られる。おじさんに怒られる。】菜月、震えが来始めた。その場にしゃがむ。

【落ち着け、落ち着け。……うん、おじさんは殴ったりしないから、、、そう、大丈夫だから、、、】少しづつ落ち着いてきた。

床に散らばったコップの破片をワイパーで集める。

ゴミ袋か紙袋を探す。見当たらない。テーブルの後ろのワゴンに広告があった。一戸建ての住宅販売の広告。

集まったガラスをその広告にワイパーで履き寄せる。ワイパーのティッシュもそのガラスと一緒にする。

綺麗に畳み、広告のもう一枚でさらにくるむ。何処に捨てれば良いか分からない。おじさんが帰ってくるまで隅に置いておこう。

ソファーに座り、天井を向く。

【やっぱり、オレはダメかなぁ~、、、掃除も出来ないし、何か壊しちゃうし、迷惑かなぁ~。】


夜。玄関のチャイムが鳴った。健太郎が帰って来た。

菜月、玄関まで行く。ドアの鍵が解錠され、開く。健太郎が顔から入ってくる。

「ただいま。」

「お帰りなさい。…ごめんなさい。」菜月、いきなり謝る。

「何が?何かあったのか?」靴を脱ぎながら健太郎が聞く。

「コップ、割っちゃった。掃除してて、当った。ごめんなさい。」

「え、コップ、、、今、何処にある?」廊下を歩きながら聞いてくる。

「キッチンの隅。広告に丸めてある。」弱弱しい声で。

「で、怪我は無いか?手は大丈夫か?足は?足の裏は?血は出ていないか?欠片は残っていないか?」

「ワイパーで集めて、ティッシュもコップと一緒にしてる。でも、コップ、割っちゃった。ごめんなさい、、、」更に小さく、申し訳なさそうに菜月。

「いや、謝る事は無いよ。ガラスは割れるもんだよ。怪我の方が心配だよ。」健太郎、菜月を見据えハッキリと言った。

「……うん、怪我は無い。大丈夫。」菜月、ちょっと照れ臭い。

「そうか、、、怪我は無いか。そう、、、良かった、怪我が無くて。」安心したような声。

キッチンの隅に、きちんと畳まれた広告を認めた。

「でも、上手に片づけられたね。偉いな。」健太郎、手を上げて頭を撫でてあげようかと思ったが、止めた。昨日の事が思い出された。

【慣れてるから、、、パパとママ、いっつも喧嘩して何か壊れてたから、、、】菜月、それを言おうとして止めた。嫌な思い出の一つだから。

「おじさん、、、お腹空いた。」菜月、安心したのか急に思い出した。【お昼、食べてなかった。】

「あれ、お昼は?、、、食べなかったのか、、、そうか、じゃ、食べに行こう。ついでに買い物もしよう。」


カレー屋で夕食。帰りにスーパーで買い物。

【お昼ご飯用に、、、唐揚げやトンカツ、チキンカツ、サラダの袋を三つ。晩ご飯用に、、、、中華シリーズで始めて見るか、野菜も買って。】

他に、牛乳や卵、ハム、ベーコン、野菜、冷凍された豚コマ肉などを買って帰る。

結婚前提で購入した冷蔵庫、。色々買って詰め込んでも余裕はまだある。


「明日の朝から、ご飯を仕掛けておこう。晩ご飯分もいれたら3合くらいかな?」

「お昼は、今日買った唐揚げとか?」

「ああ、それとサラダ。必ず野菜も。なっ。」

「はい。」

【えらい素直じゃん。どうした? そうか、元々良い子なんだろうな、、、】


翌朝。食器棚の前で菜月に説明する健太郎。

「お茶碗はここにあるから。箸はここ。スプーンやフォークはこの引き出し。皿はこっち。食べ終わったら流しの洗い桶に入れておけ。」

「うん、わかった。」

「今の気が付いた?ダジャレ、、、」薄ら笑いの健太郎。菜月を横目で見る。

「何が?」きょとんとする菜月。

「え、、、、分かんなかった?、、、洗い おけ に、入れて おけ、、、なんちゃって、、、」

「ゴメン、分かんなかった。」困ったような顔をする菜月。

「いや、、、いいや、、、うん。悪かった。」健太郎、ちょっと恥ずかしい。

食器類は二組以上買ってある。一つが割れたり、欠けたりしても直ぐに代わりがある様にとの元カノの案(指示)である。

菜月に使って貰うのはその予備用を出した。元カノ用は別の棚へ一まとめにしてある。


「ご飯の炊き方、知ってるか?」

「うん、知ってる。お米をカップで計って、炊飯器の釜の線まで水を入れる。」

「そうだ。出来るか?」

「やってみる。3合だっけ、、、カップ3杯だよね。」

「うん、そうだ。……どこで覚えたの?おうち?」

「……ママ、夕方仕事行くとき、ご飯支度しないで行くのしょっちゅうだったから、、、自分で炊いてた。ご飯、1合だけ。」

「おかずは?どうしてたんだ?」

「おかずは、ママがスーパーとかで買ってきてた、、無い時は醤油とか味噌、お塩とかで、お茶漬け、、、」

「そうか、、、また悪い事聞いちゃったな。すまんすまん。……そうそう、お米の洗い桶はこれ。」

健太郎、流しの下にあるプラスティックのボウルを出して、シンクの台に置いた。

「お米の洗い桶?、、、何?」

「お米は炊く前に洗うんだよ。ぬかとかカビとか埃とか洗い流すんだ。、、、そうか、無洗米を使ってたのか。」

「ううん、普通の、スーパーで売ってるの、そのまま入れて、水を足すだけ、、、」

「あ、そう、、、まっ、良いか、、、じゃ、やってみよう。手本、見せるから、明日から菜月、やってみるか?」

「うん、やる。」

健太郎、食器棚の下の引き出しの米貯蔵ケースからカップで3杯、洗い桶に移す。

シンクに持って行き、蛇口から水を注ぎ入れる。

「水を入れたら、10回ほど手で砥ぐんだ。いや、洗うんだ。」シャカシャカシャカシャカ、、、

「そうしたら白くなった水、砥ぎ汁を捨てる。水の出口を手で押さえながらね。で、もう一回水を入れる。また10回砥ぐ。洗う。

 もう一度、水を捨てる。これを炊飯器の釜に移すんだ。で、お水を釜の線を見ながら計量カップで注ぐ。これでOK。どうだ?出来そうか?」

「うん、出来る。また、明日見て。」健太郎を見る。

「ああ、一緒にやろう。そばで見ててやるから。安心しろ。」健太郎、微笑みを菜月に向けて言う。

「うん。頼んだ。」菜月が微笑んだ。

【笑うと可愛いんだよな。年相応だろうけどな、、、戦闘態勢の様な怖い顔の時は見たくないな。】

「じゃ、炊きあがりを12時にしとこうか。タイマーセット。」ピ、ピ、ピ、ピ。

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