7日目 Ⅳ


 「はあ……」


 結局、醜く生き残ってしまった。


 「どうしたの、まゆ」


 「自分の流されやすさに呆れてたの」


 崖から二人揃って這い出した私たちは、そこから随分と離れたベンチで二人して腕を組んで座っていた。まあ、腕を組んでというより、ゆなに腕を極められている、っていうのが正しい表現な気はするけど。


 「ええ……まゆは押し強いよ? ごりごりの、ごり押しだよ?」


 「うそ、……絶対、ゆなの方が押し強いよ……」


 私はそう言ったけれど、ゆなは不思議そうに首を傾げていた。


 「それにしても……これから、どうしよっか」


 生き延びこそしたけれど、本当になんというか、ただ生き延びただけだ。


 死に損なったって言う感覚の方が正直大きい。


 何か特別な解決策を思いついたわけでも、生きるというちゃんとした覚悟を持ったわけでもないのに。


 これから、ゆなはどこか、次のクライアントの所に行って、私にも当たり前の辛い日常が帰ってくる。


 それだけだ、本当に、ただそれだけだ。


 何もかもが元通り、想い出が残ればいい方だろうか。


 でも、今、死ぬことは、いや多分この先死ぬことも、この死神は許してくれないんだろう。


 どことなく胸が痛い息を、ながーく吐いている私を置いて、ゆなは腕を取ったまま、何を想ったか、はむはむと傷口の部分を甘噛みしてる。


 ぴりぴりとした痛みこそあるけれど、さっきよりは大分手加減されて、舌で味わわれているような感覚がくすぐったい。


 ……この子、引き留めたはいいけど、ちゃんと考えているのかなあ。


 呆れの視線を込めて見つめると、ゆなは顔をあげて、不思議そうに首を傾げた。



 「え? 



 思わず口がぽっかり開いた。



 「どうせ逃げ出したんだからさ、最後まで逃げちゃおうよ。誰かが追いついてくるまで、ずっとさ」



 「そんなこと、できるわけ……」



 呆れたように言葉を紡ぐ私にゆなは、変わらず肩をすくめて首を傾げる。



 「うん? 意外とできるんじゃない? あ、死神の連絡ってね、スマホで来て、どこそこに行けって言われるんだよね。で、気付いたら、時間とか入れ替わってて、次のクライアントと会うっていう流れなんだけど。私、もう、スマホ壊しちゃったし、その連絡はもうこなーい」



 「……はあ?」



 「まゆはまあ、親からの追及さえ回避すればいいじゃん? どうせ電話はもう繋がらないし、仕事も辞めちゃったし。誰にも新しい連絡先を教えなきゃ、晴れてしがらみのない生活スタートだよ。お金は……頑張って? 私も頑張って工面するし。ちょっと、ひごーほーになるとは思いますが」


 

 「…………」



 思わず額を押さえる私に、ゆなは気楽な感じで、先を語る。



 「そーいうので心が痛むんなら。まゆには頑張って稼いでもらうしかないんだけど。あーでも、ネットを経由したら、私でも稼げるかな……そこらへんは試してみないとわかんないかな。……どうしたの、項垂れて」



 「ちょっと、処理に時間がかかってる」



 ついでに流れるため息を出し尽くす時間も欲しい。



 「なんの処理?」



 「ゆなが死神辞める気まんまんなこと」



 「うん、そうだよ? 何か問題ある?」



 溜息ばかりの私に、あなたはくすっと、どこかおかしそうに笑ってた。



 「……ないけど、……いや、ないの?……なんか、やばいことないの? 追手が来るかもとか」



 「さあ? わかんない。だって、誰もやったことないから」



 「…………」



 私が戸惑いに黙っている間も、ゆなの顔はどことなく希望に満ちている。



 「わかんないけど、行けるとこまで行ってみようよ。どうせ、私達の命はさっきの崖で本当は終わりだったんだから」



 「……」



 ゆなは大きく手を広げた。まるで、子どもが将来の夢でも語るみたいに。



 「行けるとこまで、行ってみようよ。やったことはないけれど、もしかしたら途中で捕まっちゃうかもだけどさ」



 「ゆな……」



 「まゆとなら、きっとできるよ。折角伸ばした寿命だよ? 一日でも一秒でも、出来るだけ長く伸ばしてみよ? 最高の一週間の、延長戦だよ、一体どこまでいけるかな」



 ゆなはそう言って、無邪気に笑ってた。



 なんだか、とても懐かしい感覚だなあ。



 一週間前、そうたった一週間前にゆなに、何をしたいのか聞かれた時と同じ感覚だ。



 できないと想ってたことを、諦めてしまっていたことを、想いださせられるような、そんな感覚。


 

 そんなことできないでしょって、一瞬呆れて、別にやろうと想えば出来るのかって気づかされる。



 やっていいのだと、望んでいいのだと、わがままに、自分のしたいことをしていいのだと。



 そんなことに気づかされる。あなたは当たり前に言ってのける。



 もう、本当にこの子といると飽きないね。



 とことん、私に絶望なんてさせてくれないらしい。



 「ねえ、ゆな」



 「ん? なに?」



 「私、まだ笑ってていいの?」



 「いいよ。笑いたいんでしょ、いっぱい笑おう」



 「私、まだ生きてていいの?」



 「もっちろん、永遠には無理でもさ、生きれるだけ生きてみよ」



 そう言ってあなたは笑ってた。



 もう本当に、馬鹿みたいに。必死こいて悩んでた私が、間抜けみたいだ。



 そんな簡単なことでいいのかな。



 ……わかんないけど、ゆなが言う通り人生なら、きっとそれでも楽しいだろうな。



 ああ、全く。本当に、もう。



 覚悟なんて、何一つも決まってもいないけど。



 「ね、ゆな」



 「なに?」



 「ちょっとだけだよ?」



 「うん」



 なんとなく、ゆなを抱きしめた。私より小さな身体をぎゅっと、ぎゅーっと、力いっぱい抱きしめた。



 くすぐったそうに、あなたは笑う。



 「もう、くすぐったいよ」




 「うん」




 「よかった、生きてくれて」




 「うん」




 「よかった、本当に、よかったよ」





 じわりと、今日何度目かの涙がゆなの頬に滲んで。




 「ねえ、まゆ。お願いがあるんだけど」



 「なに?」



 「ゆあに言ってたことね、実は私も言って欲しいな?」



 「あの……生まれきてって?」



 「うん、ずっとずっと欲しかったの。ずっとずっと誰かに言われたかったの。たったそれだけのことだけどさ」



 「そっか」



 「うん、言ってくれる人をずっと、探してたの」



 「そっか、じゃあ、言うよ」



 「うん」



 




 私はそっと目を閉じた。
































 「時間切れだ、阿呆が。そういう大事なやり取りは先に済ませとけ」






 腕の中から、ふっと、ゆなの感覚が消え失せた。






 10月4日午前0時0分、ちょうど。






 その瞬間、ゆなの死神としての仕事が終わりを告げた。






 ※


 ●通知:ブログのページを更新しました:10/03 14:09 

 


 ●通知:コメントが投稿されました:10/03 19:51


 『名無しさん:どわぁぁぁ?! 大量、投稿!! いいですねー、どこも綺麗。いいなー観光地。私も行きたい! 日本三景巡りたい! 羨ましいですー!!』



 ●通知:コメントが投稿されました:10/03 22:47


 『名無しさん:天橋立かー、いいなー。今の時期はそろそろ寒くなってくんのかな。季節が変わればまた景色も変わるんだろうな、そういうのも楽しみにしてまーす』



 ●通知:コメントが投稿されました:10/03 23:55


 『名無しさん:料理の写真がいつもとても美味しそうですね。旅をしている楽しさが滲みでてくるようで、とても好きです。写真に付けるタイトルが、なんだか儚さを感じられるのも、とてもいいと思います』



 ※



 ●通知:コメントが投稿されました:10/04 00:02


 『名無しさん:あれ、更新されてないのに写真が変わってる?』

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