1日目 命短し走れよ乙女

1日目 Ⅰ

 あと、一週間の命で、一体何がしたいだろう。


 急にそんなこと言われても、正直、あまり思いつかない。


 だから、とりあえず仕事の引継ぎと、賃貸の引き払いと、ゴミになりそうなものの処分と、あとは何だろ遺書かな、なんてノートに書きだしていたら、ゆなはすごいジト目で私を見てきた。


 「お姉さん、自分の残りの時間ちゃんとわかってる?」


 そう言われて、え、と思わず固まってしまう。何かまずいことをしてたかな。


 「そんなの全部してたら、お姉さんの一週間、死ぬ前の事前処理で終わっちゃうよ? ちゃんと優先順位つけなきゃ」


 ゆなは、もう仕方ないなとため息をつきながら、私の手からペンをとるとノートを自分の手元に引っ張った。


 それから『仕事の引継ぎ』と書かれた欄を指さして、じっと私を見てくる。


 「まず確認なんですけど、仕事場の人たちはお姉さんを大事にしてくれた人たちなの? 人生を締めくくるにあたってお礼を言わないといけない人たち? ていうか、お姉さんそもそも仕事好きでした?」


 真っすぐな瞳で、そう問われた。


 それはそうだよと返しかけた言葉は上手く出なくて、のどに詰まってしまった。


 どうもこの私より少し背の低いに死神に見られていると、あまり誤魔化して何かを言えなくなる。


 「……別に……そうでもない……かな、私どんくさいから……迷惑はたくさんかけたけど……、でも怒られてばっかだからあんまり好きじゃなくて……」


 「失敗した時、誰かから優しい言葉はもらってた?」


 「―――ない、かな」


 「―――、そこで、お姉さんは代わりのいない存在として大事にされてたの?」


 「え、……ううん、別に私の代わりなんていくらでもいたし……」


 「じゃ、バツですねー、有給でもいいし、辞めてもいいし、バックレてもいいんで。もーどーでもいいです、仕事なんて忘れましょ」


 そう言って、ゆなはペンで勢いよく仕事のところにバツをつける。とても、あっけなく。


 「ええ……」


 さすがに、それはちょっと不義理じゃないかと思わず考えてしまう。ばれればきっとどやされるし、親経由で散々文句を言われるかもしれないし、きっと私の仕事は他の誰かに押し付けられるし、それに―――。


 「例えばお姉さんは、10年間使ってその人たちに尽くしたくて、義理を果たしたいって思う?」


 戸惑っている私に、ゆなはジト目のまま平坦な声でそう問いかけてきた。


 思わず、反応が止まる。


 「今の20代の人間ってね、普通にあと70年とか生きるの。


 でも、お姉さんの寿命はあと7日だよ? 


 今のお姉さんの1日は、そこらへん歩いてる人の10年と同じだけの価値があるってわけだけど。


 本当に、それを使ってまで、お姉さんをその会社に構わないといけないの?」


 そう言った後、ゆなはそっと私にペンを返してきた。多分、言うだけ言ったけど好きにしていいってことなんだろう。


 ゆなの顔は、どことなく呆れてて、でもどうしようもないほど真剣だった。真剣に私がどうしたいかを聞いてきていた。


 胸の奥が少しきゅって締まった。


 頭の後ろの方がじんわりと暖かかった。


 ―――そういえば誰かにこんなに幸せを心配されたこと、あったっけ。


 「それでも、何かをするって言うなら止めないけど、ちゃんと覚えといてね? お姉さんはこの一週間で、普通の人の70年分幸せにならないとけないんだよ」


 ゆっくりと諭すように言葉が告げられる。


 出会ったばかりの、私の死を宣告した少女に心底、心配されている。


 …………変なの。


 私の人生に初めて触れてきたばかりなのに、なんでそんなに心配するのかな。


 きっと、私の人生に関わってきた誰よりも、私よりも私のことを真剣に考えてる。


 それがちょっと面白くて、笑ってペンを握り直した。


 「そんなこと言ったら、私、死ぬほどわがままになっちゃうよ?」


 「いや、それくらいで、ちょうどいいですよ。お姉さん、絶対、わがままとか言うのへたくそだもん」


 「ええ? そ、そんなことは……ある、かな……」


 「並んでる列に横入りされたり、痴漢されたりしても、自分さえ我慢しとけばいいと思ってるタイプと見たね」


 「え、あ、え、えと」


 「仕事もどうせ、他から回されまくったあげく、手が回らなくて怒られてるでしょ」


 「う、あ、え」


 「で、そこであのクソ上司ーとか思う度胸もなくて、たとえ思っても自己嫌悪とかに浸ってるんじゃないですかー? で、余計に言い出せなくて、いーっ、てなってると見ましたね」


 「あの……死神って心とか読めるの?」


 「あってるんですか、……はあ、勘ですよ。ていうか、見てれば察しがつきまーす。生きるの下手そーだなって」


 「うう……」


 「ほら、落ち込んでないで書いて書いて。その悔しさをバネにしましょ! 何せ一週間で、一生分のわがままをし倒すんですからね!」


 「う、うん。……なんかゆなの方が張り切ってない?」


 「だって、これくらいのテンションの方が書きやすいでしょ?」


 「まあ、うん」


 「ほら、書きましょ。もう我慢しなくていいんだから」


 「……うん。うん」


 一つ、一つ、やり忘れたことを一つずつ。


 やり損ねたことを、失っていたものを一つずつ。


 我慢してきたものを一つずつ、書いていく。


 書いていく。


 なんだか泣きそうになったけど、ゆなが一生懸命なのが面白くて涙はほとんど出なかった。




 ※




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