1日目 Ⅱ
翌日、私とゆなは買いものに出かけていた。
月曜日の昼間だから、もっと人が少ないと思ったけど、電気屋さんにはそこそこの人がいる。朝、あまり使わない預金からたっぷりと下ろしたお金を財布に入れて、電気屋のカメラのコーナーをうろうろする。お目当ては大学の頃に趣味だったカメラだ。
「ねえ、おねーさん、これとか、どう? 持ち運びやすそうだよ?」
ゆなが指さしたのは手ごろなサイズのハンディカメラ、可愛らしいデザインのいかにも少女っぽいセンスだなあと思わず苦笑する。
「んー、それ使うならねー、スマホ使うのとあんまり変わんないかな」
「ほへー、そーいうもんですか」
「うん、そういうもんだよ」
そんな話をしていたら、たまたま通りがかった店員さんが、少し首を傾げて私の横を通り過ぎていった。多分、独りで喋っているように見えたんだろう。死神は他人に認識されないっていうのは知っていたけど、改めて見せつけられると少し異様なものに感じる。
ゆながたまに、店員さんに眼鏡をずらしたりしていたずらしているけれど、それも気付かれる様子はさっぱりない。本当に、非日常の存在なのだと、なんだか感心してしまう。
そして、ゆなが非日常だと認識するたび、同時に自分の寿命も確かにあと一週間なのだと思い知った。
そう想って少ししたら、そっとカメラに向き直る。
きっと、終わりの瞬間まで、怖がっても仕方のないことだから。
それから、しばらく電気屋を歩き回って、私は一つのカメラを選び出した。考えうる限りの最高品質ってわけじゃあない。でも、学生の頃に憧れたけど、値段のお陰で結局手を出せなかったカメラだ。といっても、私はちゃんとした撮影技術は持ってないから、操作自体はすごくシンプルなのが売りのやつだった。
「おー、っていうか、高くないです? さっきのカメラの十倍くらいするけど」
「大丈夫、一杯下ろしてきたし、お金なんて使う暇なかったから、あり余ってるしね」
やたらと残業させるわりには、無駄に残業代がきちっと出る会社だったから、お金だけは無駄にたまっているのだ。残りの一生で使い切れる気は到底しない。
まあ、そもそも使う時間もなかったから、ある程度のラインを過ぎたら、貯蓄が増えることに興味もなくなって、預金の残高も見なくなってしまって久しいけど。
「ふーん……」
「ところで、ゆな。そのジュース何?」
なんて話をしながら、ふとゆなを見たら、いつのまにか、片手にファーストフード店で売ってるようなジュースを飲んでいた。他人に見えないからこの子は買い物なんて出来ないし、そもそもさっきから一度も遠くに離れてない。一体、いつの間にそんなものを。
「え、通りすがりの人からパクってきたやつだよ」
そう言うと、ゆなは少し離れたところにいるカップルを指さして、さらっと言った。
確かにそのカップルの手には、ファーストフード店の袋らしきものが握られていて。人に気付かれないから、こういうことが出来るんだろうけど、もしかしてこの子はずっとこうやって飲み食いをしてきたのだろうか……。まあ、買い物とかは自分でできないんだろうけどさ。
なんだか、色々と言ってあげたいことができたけど、とりあえず一旦、全部置いておいて、私はそっとカップルの方を指さした。
「……買ってあげるから、返してきて?」
「えー……もう口つけちゃった」
「……じゃあ、今度からは買ってあげるから、人から取らないでね?」
「……ほへ? まあ……いいですけど」
ゆなは不思議そうに首を傾げたまま、よくわからないと言った感じに了承した。死神だからか、人に認識されないからか、なんかどうも倫理観が欠如してるなあと、私は軽くため息をつく。
「そこまでしてお金、わざわざ払う必要あります?」
「折角あるんだし、ちゃんと使っとくの。でないと、もったいないでしょ」
その気になって、ゆなが持ち出てしまえばどんなカメラでもタダで手に入ってしまうのだろうけど、そこまではしたくない。
わがままに生きるとは言ったけど、別に必要のない迷惑までかけたくないのだ。
「おねーさんも、わがまま度がたりませんなー」
「これが私のわがままなのー」
ただ、かけるべきところには、たっぷり迷惑をかけるのだろうけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます