第24話:第一章 20 | 負け犬の遠吠え ①


「……宝石の色を入れ替えたのね。来次彩土」



 活州は僕に悲しそうな表情で呟いた。


 負けた事で、彼女にとってはゲームよりも大切な、別の何かも失ったのかもしれない。

 何も返せずに顔を背けると、こちらを見ていた清光と目が合う。


 そしてここに来る前の一幕を思い出す。

 あの時、マコトがあれから窮地に陥るのが視えてたのか聞こうと口を開いたが、彼はそれを見ると視線を外した。


 今は何も喋りたくないという意思表示なのだろう。


 気付けば、転送された時と同じように、足下から光の粒子となって消え始めていた。


 ずっと迷路内の様子を『把握』し続けている内に、それぞれの人間の先が読めた。

 それぞれがどういう動きをしていくのか、その先が。

 それでも本当にギリギリの賭け引きだった。


 活州の身体能力は高過ぎて、ただ視界を黒くするだけではダメだった。

 彼女の度を超えた身体能力なら、見えない宝石でも掴んでしまう可能性があったから。


 だからこそ一瞬だけ視界を黒くして、

 明るくなった瞬間の違和感に、彼女が気付くかどうかの賭け引き。

 そもそも視界全てを黒く塗り潰すなんて芸当が初めてでそこも怖かったけれど。


 だけどなんとか、どうにか賭けに勝つ事ができた。



 ──あぁ、無事に帰れる。

 終わったんだ、僕達の勝ちだ……



 その事で急に実感が湧き、喜びを分かち合おうとレンとマコトの方に視線を向けた。

 二人もそれに気付いて、三人の表情が笑顔になる。




 そして気付く。

 二人の遥か後方、3、40メートルくらいだろうか?

 その位置からこちらを凝視している人影を。


 マコトの能力で距離を取った事で、彼の参入は間に合わないと思っていた。

 だから跳んだ後は左手の対象から外し、変わりにこの場をより深く把握していたから気付かなかったが、近くまで来ていたのか。


 確か、清光が自分の協力者で『雇った』のだと。

 自分の『従者』なのだと言っていた、僕の左手とマコトを押し潰そうとしていた男だ。



 名前は確か……『藤収フジマキ』だったか?



 その彼が遠方から口を開いた。

 声に出してはいない。口を動かしただけだ。

 僕は読唇術ができる訳では無いが、何となく、藤収の口の動きが分かる気がした。


 藤収は僕にだけ見える位置から、僕にだけ伝わるようにその口を動かしたのだ。




『 お め で と う ご ざ い ま す 。


  ほ ん と う に あ り が と う 』




 ──『おめでとう』って何だ…?

 ──『ありがとう』って何だ…?


 どうしてお前は悔しがってないんだ?

 一人だけおかしいだろ。一人だけまるで。


 まるで、僕に勝ってほしかったみたいじゃないか。


 お前はいったい、何者なんだ?




 ◇

 ◇

 ◇




 気付けば、僕達は元居た学園に戻されていた。

 後ろを振り返ってレンの様子を見る。


 ……良かった、本当に向こうで付いた傷が治っている。

 レンはちょうどマコトの肩から手を離し、自分で立とうとしているところだった。



「良かった、レn──」


「──ハニくんおかえりぃーー!!

 ずっ  と見てたよもうすっっごい心配したよっ!!

 私は  迷宮内にまったく干渉できない決まりだからほんと気が気じゃなかった、君の行動に何度ハラハラさせられた事かっ…!!

 清光  くんに諦めるよう言われて座り込んだ時はまさか本当に諦めたのかと思ったし、あ、でもそうなる前に彼を出し抜いて宝石を先に取った時は感動したけどね!!

 君の  心の声を聞いてたから、私の言葉を信じて左手を使う決心をしてくれた時はとっても嬉しかった!

 アレ  だね、心が通じ合ってる感に胸がキュンとなるというかね!

 それ  にゲームの勝敗よりもマコトさんの安全を優先して脱出させようと声を張り上げる姿もかっこよかったよ!

 惚れ  直したとも!!!!」



 早い、長い、怖い。

 会話でやっちゃダメな三拍子が揃い踏み。

 ていうか通じ合ってねえよ、話を聞くに僕の方だけ一方的に心を読まれてただけじゃないか……


 ──あれ? 僕の盗聴がマイブームって言ってたけど、まさか普段から心の声も聞いてたりした? 流石に嫌過ぎる……



「引っ越そうかな。……隣に変質者が居ないところに」


「ふむ。次は2LDKがいいな! 今度の休みに近場で探してみようか?」


「何でナチュラルに付いてこようとしてるの? さも同棲中かのような切り返しやめてくれます?」



 言いながら近過ぎる距離を離そうと身じろぐと、ケイナは下を向いて更に一歩分の距離を詰めてきた。

 そのまま彼女の額が僕の胸部に当たって、どうしたものか分からぬまま立ち尽くす。



「──本当に。本当に、良く無事で帰って来てくれたね。とても嬉しいよ、ありがとう。……おかえりなさい、ハニ君」


「──ありがとうございます。……ただいま帰りました、先生」



 下を向かれてその表情を見る事はできない。

 でもきっと、沢山心配を掛けたのだろうという事はその声音から感じ取れた。


 だから改めてお礼を言おうと口を開くと、ちょうど例の光がグラウンドに立ち込めたのに気付いた。


 僕達は全員それに身構えて、光の方に向き直る。

 少しして、清光、活州、藤収の3人が現れた。



「……君達にもお疲れ様と言っておこう。しかし残念ながら君達の敗北という形でゲームは終了した。繰り返すが、負けたチームの誓いは絶対だ。何があろうと破る事はできない。ゆめゆめ忘れないでくれたまえ」


「──こんな筈じゃなかった。勝つのは俺の筈だったのに。そういう線に入った筈だ、なのにこんな……こんなのは間違ってるッ…!!」



 清光はケイナの言葉に答えずに喚き散らした。

 藤収は冷めた表情で何も言わず、活州だけがしゃがみこんで清光の肩に手を伸ばす。



「……ごめんなさい、私が──」


「そうだ! 君が勝手に動いたからだ…! 誰のせいだと思ってる、ふざけるなよッ……!!」



 清光はその手を弾き、活州に怒鳴り返した。

 彼女は何も言い返せないまま、伸ばした手を引っ込め押し黙る。


 その姿がいつもの学園で見掛ける彼女の姿と完全に重なる。

 病弱な、部活のマネージャーでしか活力を出さない、大人しい女生徒のモノだ。


 西門で見掛けたあの血気盛んな印象とは真逆。

 やはりこっちが素の彼女だ。

 ならあの豹変した言葉遣いや態度はどこから来たモノなのだろう……



「──では私の仕事はここまでということで。各薬について追加でご入り用なら連絡をください。活州さんの方はこれ以上の服用は危険なようなのでお気をつけを。従者も正式な方を迎えた方が良いかと思います。……



 藤収はそう言って踵を返そうとする。


 ──今の最後の一言、確実に僕の方を見て言い放った。

 ──なんだこいつ? さっきからいちいち引っ掛かる……



「待つんだ。君達にはまだ聴きたい事がある。特に君、藤収と言ったかな? 雇われて成る『従者』など聞いた事がない。

 それに今の言葉……活州さんの方は分からないが、マコトさんにも何か薬を盛っただろう? 話したまえ」


「じきに貴方の耳には入る事になっていたので構いませんが、私達は頼まれた物を用意しただけですよ。……ただ少し混み入った話になるので、



 ケイナがそれを引き止めると、藤収は丁寧な口調で返した。

 そのまるでビジネスマンかのような口調は何だ?


 僕らと同じ年齢に見えるのに、中身がまるで違う気がする。



「……いいだろう。その前に予想の上の質問で申し訳無いが、君達は今回、たまたま清光君の味方をしただけだね? 本来なら中立で、候補者全員を平等に手助けする立場なんじゃないのかな?」


「その通りです。。それだけの事ですよ」


「──なるほど大体理解した。重ねて聞くが、 『予知』の彼だから先んじて知り、フライングで利用する事ができた。他にはまだ誰も知らない筈だ、違うかな?」


「それもその通りです。。仕方なく動いたと思って頂けると助かります」


「つまり今のところ、ハニ君の安全は保証された訳か、全くやってくれる。……どうりで想定よりも優しかった訳だね」



 二人で何やら話し合うと、ケイナは最後の一言の後に大きな溜息を吐き、そして清光を見やった。



「……どれだけ小さなシステムの穴を衝いてくるんだ君は。いったい何通りの予知をして気付いたんだ、末恐ろしい。……候補者の権限を高くし過ぎた神々にも責任はあるが」


「……一番確度の高い線がこれだった。あんたらのルールに併せてちんたら進めるよりも確実に勝算があったんだ。

 



 清光はケイナを見ると、そう力強く言い放った。

 その視線を正面から受け止めて、ケイナはもう一度溜息を吐く。



「──君達はもう帰りたまえ。清光君と活州さんには後から詳しく話を聞く。それと来年度から罰を与えるからそのつもりでいなさい。……私も後からおっつくが、ハニ君に色々説明をして貰ってもいいかな?」



 最後の一言はマコトとレンに向かって放たれた。

 二人はそれに頷くと、こちらを向いて短く息を付く。


 どうやらようやく色々と聞けるようだ、良かった。

 それにやっと家に帰れる。


 遂に、ようやく我が家に……

 あれ、でもちょっと待てよ?



「とりあえず帰りましょうか。悪いけど、あたしめっちゃ疲れてるから、3人だと能力じゃなくって徒歩での移動になるけどね」


「……そうだな、一回キスキの家に戻るか。ていうか俺の場合はすぐ近くの学生寮だからすげえ近いんだけどな、本来なら」



 二人にいつもの余裕が戻ったように感じる。


 これは遠回しに、僕への説明さえ無ければ能力なり直帰なりですぐ帰れるのに、と皮肉を言っているのである。


 このくらいの扱いには慣れてるのでいつもなら適当に混ぜっ返して答えるのだが、今の僕にはそんな余裕は無かった。


 一つ思い出してしまった事があったからだ。




「──いや待って。僕の部屋、吹き飛んだんじゃなかったっけ……?」


「「 あ…… 」」




 僕の言葉で思い出したのか二人とも揃って声に出した。


 いや「あ……」じゃねえよ。

 どうしよう、マジで……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る