第2話

 出勤前の身支度を済ませ、カーディガンを羽織はおり玄関を出る。

 川沿いの桜が花を付けているが、外はまだ肌寒い。


 誰かが残して行ったのだろうか、歩道の脇にあるベンチの周りにゴミが散乱している。

 空を見上げると、どんよりとした曇り空。

 そう言えば、朝のニュースでは午後から雨になり「花散らしの雨」になると言っていた。

 華やかな桜とも今日でお別れかな。


 あの日もそうだった……。


 翌日に短大の入学式を控え、これから楽しい学生生活が始まると思い浮かれていたあの日。

 高校二年の時から付き合っていた彼氏に突然別れを告げられた。

 ほんの数日前まで幸せな日々を重ねて来たのに。

 訳が分からなくて震える声で理由を尋ねた。


「俺さあ、お前と付き合う前から彼女居たじゃん。なんかまぁ続いていたのよ。てか、お前の方が浮気相手って感じかな」


「私と付き合う時に、別れたって言ってたよね」


「言ったっけ? 覚えて無いわ。悪いな。じゃあそういうことで」


 彼は悪びれる風もなく、手をひらひらとさせながら立ち去って行く。

 私は後を追う事も出来ず、その場に呆然ぼうぜんと立ちすくんだまま、降り出して来た雨に、ただ打たれていた。


 これまで何も疑わずに彼との時間を過ごして来た。

 彼はいつも”お前だけだ”と優しく言ってくれていたのに。

 私はその言葉を信じて、彼の望むままに全てを捧げて来た。

 今日みたいな態度を取る様な人では無かったのに、どうして急にこんな事になってしまったのだろう。

 春の雨が身を刺すように冷たい。


 足元に散った桜の花びらが涙でにじんだ。

 人に踏まれ汚れた花びらが、まるで自分の様に思えた……。




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