第30話 追撃
夜を徹して接触維持にあたってくれた複数の九七艦偵のおかげで太平洋艦隊の動きは分かっていた。
六隻の重巡と五隻の駆逐艦を取り囲むように一〇隻の駆逐艦が外郭を固めている。
これらは撃沈された二隻の米空母の護衛にあたっていた巡洋艦と駆逐艦、それに戦艦部隊から応援に回された駆逐艦だ。
もともと、米機動部隊には一二隻の駆逐艦があり、さらに戦艦部隊から八隻の駆逐艦が溺者救助に加わっていた。
それが現状では一五隻しかないということは、損害の大きかった五隻の駆逐艦は懸命の復旧作業もむなしく沈没するかあるいは撃沈処分されたのだろう。
中央にある六隻の巡洋艦と五隻の駆逐艦に無傷なものは一隻もない。
そのいずれもが九九艦爆が投じた二五番によって穿たれた生々しい被弾痕を残している。
中には主砲塔が吹き飛んでいたり、あるいは煙突が欠損したりしている艦もあった。
無傷の駆逐艦のほうもその甲板上は溺者やあるいは他艦から救助された将兵が鈴なりとなっており、こちらもまた戦闘に著しい支障をきたしているはずだ。
だから、今攻撃を仕掛ければ満身創痍の米機動部隊の残存艦艇を撃破するのは容易なはずだった。
そして、それら艦を沈めれば太平洋艦隊に与える人的ダメージは甚大なものになることは間違いない。
救助された者の中には搭乗員や整備員、それに兵器員や発着機部員といった空母の運用に欠くことの出来ない貴重な将兵も含まれているはずだ。
海軍の中にあって希少種でもある彼らを今ここで根こそぎにしてしまえば、米機動部隊の再建は極めて困難なものとなるだろう。
だがしかし、彼らに対する攻撃命令は出ていない。
それらの西側に無傷の大艦隊の姿が認められたからだ。
それぞれ八隻の戦艦と巡洋艦、それに一六隻の駆逐艦からなるまごうことなき太平洋艦隊の戦艦部隊だ。
八隻の戦艦からなる単縦陣を中心に、左右にそれぞれ八隻の駆逐艦と四隻の巡洋艦が同じく単縦陣を形成している。
いずれもその隊列は整然としており、太平洋艦隊全体の練度の高さをうかがわせた。
その太平洋艦隊の戦艦部隊は友軍艦隊との決戦を希求しているのだろう、舳先を西へと向けている。
空母「瑞鶴」から発進した艦攻隊指揮官の嶋崎少佐は眼下の太平洋艦隊主力を俯瞰しながら攻撃開始命令を待っていた。
昨日の第一次攻撃終了時点で稼働機が四九機にまで激減した九九艦爆と九七艦攻は整備員らによる徹夜の修理の結果、今ではその数を六八機にまで回復させていた。
九九艦爆が三一機に九七艦攻が三七機だ。
九九艦爆は全機が二五番、九七艦攻のほうはそのすべての機体が九一式航空魚雷を搭載している。
戦いが始まった時点で第三艦隊の四隻の空母には九九艦爆と九七艦攻が合わせて一四四機あったから、戦力は半分以下にまで減少している。
だが、それでも六八機もあれば米艦隊にそれなりのダメージを与えることは可能だ。
それと、護衛の零戦隊のほうは九九艦爆や九七艦攻を守るのはもちろん、さらに敵の観測機が出現すればこれを積極的に撃滅することも求められていた。
すでに嶋崎少佐の視野の片隅には太平洋艦隊に接近してくる第一艦隊の姿が映っていた。
戦艦六隻に重巡が四隻、それに駆逐艦が一二隻の堂々たる艦隊。
だが、それでも太平洋艦隊主力と比較すればいささか見劣りするのは否めない。
特に巡洋艦は二倍もの開きがある。
だから、その戦力差を埋めるために第二次攻撃隊は少しでも多くの米艦を撃破しなければならない。
そのために、第一艦隊は太平洋艦隊に対して夜が明けるまで適切な間合いを保ち続けていたのだ。
攻撃目標の配分はすでに決まっている。
艦爆隊のすべてと「天鶴」艦攻隊は左翼に位置する四隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦を、「翔鶴」艦攻隊は敵戦艦七番艦、「瑞鶴」艦攻隊は敵戦艦八番艦を攻撃する。
第一艦隊としては戦艦の数を互角にしたうえで砲雷撃戦に臨みたいのだろう。
敵対空砲火の射程圏外で旋回することしばし、攻撃開始の符牒である「トラ、トラ、トラ」が第一艦隊旗艦「長門」から発せられる。
待ってましたとばかりに九九艦爆隊が、それに「天鶴」艦攻隊が左翼に展開する四隻の米巡洋艦と八隻の米駆逐艦に一斉に躍りかかる。
嶋崎少佐が率いる一二機の「瑞鶴」艦攻隊と、七番艦を狙う一三機の「翔鶴」艦攻隊もその後に続く。
左翼に位置する米巡洋艦や米駆逐艦の高角砲や両用砲が早くも火を噴きはじめる。
周囲にわき立つ黒雲をすり抜け九九艦爆が突撃態勢に移行する。
後にウェーク島沖海戦と呼ばれる一連の戦いの総仕上げであり最大の激戦が開始されたのだ。
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