魔改造連合艦隊
蒼 飛雲
魔改造連合艦隊
軍備
第1話 日露戦争(一)
大国ロシアを向こうにまわし、国家の生存をかけて激闘を繰り広げた日露戦争。
その一大転換点となったのは間違いなく日本海海戦だろう。
東郷司令長官率いる連合艦隊の大勝利に日本国民は狂喜し、世界は驚愕した。
そして、その熱狂もおさまりつつあったある日、東郷長官と日本海海戦の勝利を演出した秋山参謀が司令長官室で向き合っていた。
「報告書は読ませてもらった。他の連中とは違い、相変わらず貴官の視点はずれているというか興味深いな」
苦笑をたたえながら東郷長官は表情が読めない秋山参謀を独特の言い回しで誉める。
他の参謀連中はと言えば、誰もが将兵の練度や艦隊運動の妙、それに信管や火薬の性能の高さを日本海海戦の勝利の要因に挙げていた。
しかし、目の前の秋山参謀はまったく違ったアプローチからこの海戦を俯瞰していた。
「今回の海戦で我々が勝利できたのは相手がロシアの艦隊だったからです。これが同じ規模のイギリス艦隊であれば逆に敗北していかもしれません」
秋山参謀の言に東郷長官も首肯する。
ロシアの艦隊、今回戦ったバルチック艦隊はあまりにも問題が多かった。
「まずロシア艦全体について言えることですが、彼らの艦は我々のそれに比べてあまりにも居住性が悪すぎました。このことで長期航海による将兵の消耗が激しく、対馬沖に現れた時点で彼らはすでに疲労困憊の状態でした。
一方、我が軍は休養も十分で、しかも艦がイギリスやフランス仕様ですから彼らのそれに比べて居住性も高かった」
「将兵のコンディションの差が海戦に大きく影響したと?」
「はい。将兵が疲れていれば発射速度は低下しますし、集中力の欠如によって砲弾の命中率も落ちます。なにより被害応急への対応力が劇的に低下します」
東郷長官は黙ったまま、目で秋山参謀に先を促す。
「此度の海戦ではロシア側は砲弾による直接被害で沈んだ艦以外に火災を鎮火できず、そのことでこれが致命傷になった艦が意外に多かったのです。
もちろんその要因として下瀬火薬の高性能によるところが大なのですが、一方で彼らの艦は木製の調度品といった可燃物が多く、さらに艦の塗料が燃えたことによる影響も大きかった。そして披露困憊の将兵の動きはにぶく、そのために火災の被害を局限化することに失敗しました」
「艦内の可燃物について言えば我が方も同じなのではないか。『三笠』も被弾した際にずいぶんと煙を吐き出していたが」
「おっしゃる通りです。これは緊急に対策が必要です。ですが、今回は幸いなことにバルチック艦隊の砲弾の炸薬は我々のそれに比べると火災を惹起させる力に劣っていました。仮にバルチック艦隊が下瀬火薬を使っていたら我々の被害は遥かに大きなものになっていたことでしょう」
「攻撃は最大の防御とは言うが、一方で我々は防御にもっと目を配るべきだということか」
「その通りです。攻撃は攻撃、防御はあくまでも防御と切り分けて考えなければなりません」
秋山参謀のあまりの割り切りの良さになんとも言えないものを抱きつつ東郷長官は質問を重ねる。
「将兵の疲労が攻撃力や被害応急の対応力を奪うことは理解した。では、我々は具体的にどうすればいい」
「イギリスにならってこれからも居住性の高い艦をそろえるべきでしょう。いくら艦の性能が高くてさらに整備が行き届いていても、肝心の人間が疲弊してしまっていてはお話になりません」
「艦の居住性を高くすることで将兵を甘やかすことにはならんか?」
この時代、東郷長官のみならず贅沢は人をダメにするという考え方は根強い。
「その心配は必要ないでしょう。むしろ居住性が低いことによって将兵がストレスをため込む方が危険です。実際、バルチック艦隊では日本への回航途中で多くの将兵が病気にかかり、そのうちの少なくない者が死亡しています。
それに体だけではなく心も蝕むようです。同艦隊内では上官の暴力、それに兵の間でいじめが横行していたようで、それが将兵の士気を著しく下げていたことは捕虜の聴き取りによってはっきりしています。つまるところ艦の居住性の低さは健康や士気に直接影響し、艦そのものの戦闘力を確実に減衰させるのです」
「まあ、疲労困憊の自分と元気いっぱいな自分が喧嘩をすればどちらが勝つかは考えるまでもないということか」
「ええ。それと関連しますが、医療衛生も重要です。バルチック艦隊は将兵の数に比して軍医の数が少なく、病院船を伴ってはいましたがその設備は英国の艦に比べて貧弱でした。航海時はともかく戦闘時における将兵の手当ては一刻を争います。
傷を負った際に十分な手当てを受けることが出来ていれば死なずに済んだ将兵もことのほか多かったそうです。訓練を受けた将兵はなにより貴重ですので、我が国も今以上の充実を図る必要があります」
「確かにな。勝ったとはいえ我が軍も若い将兵や訓練生の死傷が相次いだ。海の上でなければ助かった者も多かっただろう。それに衛生も大事だな。戦う直前に疫病でもまん延しようものならしゃれにならん。艦という閉塞された環境だからこそ一層気を遣わねばならん」
東郷長官は「三笠」艦上で起こったことを思い起こす。
敵弾を多数食らった「三笠」は戦死傷者が続出、東郷長官もまたその凄惨を目にしている。
「はい。そういう意味ではドライデッキの維持をはじめ英国艦はよく考えて建造されています。我が軍も英国の建艦思想に範をとるべきと考えます」
それと、と言って秋山参謀は少し考えてから話を続ける。
「兵のコンディションもそうですが、艦艇のコンディションにおいてもバルチック艦隊は問題を抱えていました。長期にわたる航海で艦体や装備に不具合が続出していたのにもかかわらず各艦の工作設備が貧弱で、そのうえ大艦隊なのに随伴している工作艦はわずか一隻だけでした。おそらく艦底の掃除も行き届いていなかったはずです」
「そうか。我々はバルチック艦隊を迎え撃つ前にドックで艦底掃除をはじめとした整備を十全に行うことが出来た。一方の彼らはそれが出来なかった。それが海戦の結果に大きく影響した」
「おっしゃる通りです。整備不良の艦艇に疲弊しきった将兵。いくら相手の二倍の数の戦艦を擁していようとも、これでは勝負になりません。この戦い、我々が勝ったのではなく敵が自滅したのだと言っても過言ではありません」
「手厳しいな。他の連中は射法や艦隊運動といった戦術自慢の報告ばかりだったが、貴官はむしろこの海戦で生起した彼我の問題点の洗い出しに終始している。しかも耳の痛い話ばかりだ」
秋山参謀の遠慮の無い指摘に東郷長官も苦笑するしかない。
「戦勝を喜ぶばかりでは何の意味もありません。事後の検証こそがなにより大切です。それとこれからの戦いは最前線での戦の上手い下手よりも後方支援の充実が重要になってくるでしょう。それはこの海戦の結果を見れば一目瞭然です」
「ふーむ。ならば我々はどうすればいい」
東郷長官は質問をなげかけつつ、ここからが秋山参謀が言いたいこと、つまりは本題なのだと悟る。
「まずは国力、わけても工業生産力の充実を図らなければなりません。それと併せて海軍施設、特に艦艇の造修設備の充実は喫緊の課題です。そのためには戦艦の建造数を減らすこともやむを得ないと思います」
「いたずらに多数の戦艦を保持するよりも、造修施設と国力に見合った数のそれを維持するほうが整備や装備更新の面から、合理的でかつ強いということか」
「その通りです。多数の戦艦を持ったところで、現在の我が国の国力では訓練費や人件費、それに維持整備費がとても捻出できるものではありません。その結果、整備不良や人員不足によって結局はバルチック艦隊の二の舞を演じることになってしまうでしょう」
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