誰に奪われることもない、私たちのカラフル

コイル@委員長彼女③6/7に発売されます

第1話 吉岡柚子という生き方

 私は、どうしてこんな風に生まれてきたのか、いつも考える。

 私の髪の毛はゴワゴワで何をしても綺麗にならないのに、姉はサラサラのストレートで美しい。

 私は自分の意見を言うのが苦手だ。反論が怖くて言い返せない、自信がない。全部受け入れたほうが楽だと思っている。

 姉は明るくて言いたいことはハッキリ言う性格で友達も多い。

 両親は毎日怒鳴りあいの喧嘩をしている。お父さんが浮気したのが何より悪いけど……それはもう三年前のことだ。

 洗濯物をお父さんの分だけ洗わない、食事を作らない、無視する。

 離婚すればいいのにお母さんは「そんなことしたら負けよ」と笑う。

 結婚って勝ちとか、負けとかの世界なの?

 好きな人と未来を一緒に作っていくことなんじゃないの?

 毎日毎日怒鳴りあい、私はお互いの文句をただ聞かされる。

 お母さんからはお父さんの文句を。お父さんからはお母さんの文句を。

 私しかいう人がいないと言われたら、もう聞くしかない。

 私は壊れたテレビ。壊れたテレビだから、何を話しかけられてもただ聞くだけ。

 学校でも友達なんていない。ひとりでイヤホンを挿してホワイトノイズを聞いている。

 音楽は騒がしくて好きじゃない。それに誰が好きとか、愛してるとか、幸せになろうとか、そんなのばかりだ。

 恋愛結婚した両親がこんな状態だから、恋愛なんて一番信用が出来ない。

 恐ろしく時間の無駄で、何の価値も無いと感じる。

 恋なんて無意味。

 感情なんて無くしたい、私は壊れたテレビ。

 恋なんて……と思ってるけど、それでも好きな人が出来てしまう自分が嫌いだ。

 原圭吾はらけいごくん。太陽みたいに温かい笑顔で学校中の人気もの。私なんて視界に入るのもおこがましい。

 ただ見ているだけで癒されて、生きていることに価値を感じる。

 ただホワイトノイズを聞きながら窓から見てるだけ。

 私は壊れたテレビ。ただあの人をテレビの中から見てるだけ……。



「っ……うきゃああああ、ちょっとまって、このワールドの吉岡柚子よしおかゆずこ、まっじで暗い。どうしたらここまで病めるの?」


 私、吉岡柚子は、『このワールドの吉岡柚子』の日記を読んで叫んだ。

 この日記、延々と同じようなことが書いてあって、書き込み量が凄まじい。

 これだけあったらこの時点の吉岡柚子をしっかりと理解出来そうで安心したけど、これはちょっと病みすぎでは?

 いやでも十六歳ってこんな感じだった気がする。もう十年くらい前だともう忘れてるな。


 私、吉岡柚子は、吉岡柚子の日記をパタンと閉じた。

 私は吉岡柚子。ただ『この世界ではない所』からきた吉岡柚子だ。 

 私の世界で私の家は、ワールドジャンプという『脳科学を用いたフルダイブ型トリップ装置』……簡単に言うと、自分がいる世界とよく似た世界にジャンプする装置を研究している。

 この装置の面白い所は、自分の情報を登録すると、自分がいる世界と似たワールドを何個も作ることが出来る所だ。

 分かりやすい宣伝文句は『パラレルワールドへ行こう!』。まあ正確には違うけど。

 ワールドはパラメータをいじることにより様々な変化をさせることが可能。

 そして分岐して出来上がったワールドにいる人たちには、それぞれ生活があり、人生があり、世界がある。

 それがスーパーコンピューターの中に無限に記憶されて、多種多様な研究に使われている。

 ワールドマスターの私は、無数に分岐した私の他の人生にジャンプすることが出来る。


 でもこの装置、まだまだ研究途中で販売に至っていない。

 誰でも使えるかと思ったらそうでもないし、わりと癖があってジャンプが安定しない。

 行く先も選べるようにしたいけど、完全に無作為。ダメだこりゃ。私は楽しいけどね! 

 だから最近は色んな『吉岡柚子』の所にジャンプして遊んでるんだけど……このワールドの吉岡柚子は今までで一番暗い。

 暗さマックス。なんでここまで病めるの? 

 このワールドの吉岡柚子、今頃私が作った平和なワールドに移動したと思うから、優雅に楽しんでほしい。

 そう、このワールドジャンプ。私が来ると、このワールドの中の人は、別のワールドに移動するのだ。

 データしか存在しない吉岡柚子もれっきとした人間だ。だってワールドの中で何年も感情を持って生きてるんだから。

 だからこの世界にいた吉岡柚子はいま、別の夢を見てもらっている。

 幸せな場所だから安心してゆっくりしててほしいなあ。

 しかしまあ、日記をパラパラ読んでるけど、いやああ~暗いからさあ~。



「柚子ーーー、起きてるなら朝ごはん作ってよ!」

 

 一階から私を呼ぶ声がする。おっとこれが日記に書いてあるクソ親? よっしゃ、顔を拝んでくるか~。私はパジャマ姿のまま一階に下りることにした。

 一階にいくとお母さんそっくりの人が、台所でふんぞり返っていた。ワールドジャンプして何が面白いって、私が子どもの頃に死んでしまったお母さんにこうして会えることだ。

 でも歩む人生は違うので、顔が同じなのに別の性格の人によく出会う。私のワールドのお母さんはとても優しかったけど、このワールドのお母さんはどうやら、かなりキツそうだ。

 私はご飯を作らず、食卓の椅子に座った。


「なんで私が作らなきゃいけないの?」

「はあ?」


 お母さんは綺麗な顔をグチャグチャにして顔を歪めた。

 日記には『毎日の朝食作りは私の仕事。だって私には何も出来ないから』と書いてあった。よくわからん。なんで保護されるべき十五歳の女の子が(ちなみに中に入った私の年齢は二十五歳だ。でもずっとお父さんと一緒に仕事してるし、ワールドジャンプして色んな人生味わってるから、かなり大人びてると思う)朝ご飯なんて作らなきゃいけないんだろう。

 お母さんは、


「あんたはそれが以外の家事ができないから、料理だけなんとかなってるから、やるって自分で決めたんでしょ?」

「朝なんてパン適当に食べとけば良くない? はい食パン発見。わーー、朝ごはんだ~~~」

「ちょっとあんた、大丈夫? 頭おかしくなったの? 家事は平等にすべきでしょ?!」


 私を睨むお母さんを、私は睨み返す。


「家事はみんなで平等にやるべきよね。それは思う。でも柚子……じゃない私は、バイトから帰ってきてから夜味噌汁作って準備してる。その後に宿題して、なぜか洗濯物も家族分畳んでるよね。そんで一番最後にお風呂入って掃除までしてる。ぜんっぜん平等じゃないんだけど」


 私がそう言うとお母さんは口を開いたけど押し黙った。

 戦争をしている時代の吉岡柚子にジャンプした時、みんな必死に生きていた。なけなしの米をかき集めて、薄く引き伸ばしたおかゆを与えてくれたお母さん。家事だって何だってみんなでちゃんと分けて必死に生きていた。まあそんなの辛すぎて半日で飛んで返ったけど、私に新たな価値観が生まれた。

 生きてるだけで丸儲け。楽しいの最高。我慢なんてしない。

 そんでもって、家事なんて出来る人がやればよし。なんで卑屈になって全部引き受けなきゃいけないのだ。

 

「というわけで、これからは朝はパンを各自適当に食べるってことで。それでお弁当は……あ、これね。これがバイトしているお惣菜店の残り。これもお母さんたちが勝手に食べてたんでしょ? そんなの無いよ~。私がバイト先からご厚意で頂いてるお惣菜、なんで私がお弁当に持って行けないの? おかしいよ。今日からこれ私が持って行くから。お母さんもお姉ちゃんも、これからは自力でなんとかしなよ」


 私がそこまで言い切って炊飯ジャーからご飯を出してお弁当箱に詰めていたら、顔が白いお母さんが私の腕を掴んでいた。


「柚子、お前、まだ記憶が混乱してるんだよ。病院に行こう。ねえ、二階から落ちたのって本当に事故だったの? やっぱりお前……」

「なるほどね。やっぱりそうか。……大丈夫よ。二階から落ちたのは本当に事故。ちょっと屋根の上に上がってみたかったの。そしたら落ちただけ。問題ない、頭ははっきりしてる。ただ……」


 私は握られたお母さんの腕に反対の手で触れながら顔をあげた。


「ちゃんとしたいって思っただけ。こんなの違うって、ずっと思ってたよ。でも言えなかったの」

「柚子……そんな……」

「だからちょっと頑張ってみるって決めたの。ちょっと変なことも、今まで言って無かった、我慢してたことも言っていこうと思う。でもそれは私の本音だから。変じゃないよ」


 そう言ってお弁当箱に白いご飯と昨日持って帰ってきたお惣菜を詰めてお弁当を作った。

 このワールドの柚子はちゃんと日記を書いてくれてたから助かる。ワールドジャンプしたみたものの、何の記録もなくて、手探りで吉岡柚子を始めると病気を疑われて病院か神社に担ぎ込まれる。何度かジャンプするうちに即馴染む方法を見つけつつあるけど。

 なにより。

 私はお弁当を持って学校に行く準備をしながら思う。

 ワールドジャンプで入れる吉岡柚子は、毎回『数か月以内に頭を強打した事故』に遭遇している。なにか関係あるのかな。これはあっちに戻った時にお父さんと相談しよ~っと。

 クラス写真をよく見て名前を叩き込んで……と、こういうのは得意、オッケー、なんとかなるっしょ。

 そして吉岡柚子のスマホを見つけて安堵する。生体認証だ~~。

 スマホがある時代にジャンプして真っ先に困るのがパスワードなので、これだと助かる。

 顔認証で、よし、スマホ解除。日記に書いてある高校への行き方、制服とかを調べて準備万端。

 よっしゃ、いってみよ!

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