雨の日

つかまる

雨の日

 私は毎日郊外の山の麓にある田舎の中学校までバスで通学している。乗り合わせる乗客の顔ぶれ、車窓からの景色は今日も変わらない。

「あの人だ」いつもバスと同じ地点ですれ違うマウンテンバイクの中年サラリーマンを見てバスは遅れてないなと無意識に確認できた。

 私は朝の英語の小テストに備えて単語帳を取り出して勉強を始めた。しばらくするとパタパタとバスの屋根が音を立て始めた。

「雨だ。さっきまで曇ってたからな。そういえば今週は天気が悪いとか言ってたっけ」と思いながらも特に気にせず単語の勉強を続けた。でも段々雨足が強まり、音が気になって外に目を向けると窓に打ち付ける雨で何も見えなかった

私は視線を落とし勉強を再開した。

 バスは順調に学校へと向かい、途中の最後の信号で止まった。雨の音が小さくなったので、もう一度外を見た。大分雨が落ち着き外がよく見えた。「あれ、あんな所に公園なんてあったっけ」少し奥まった所に小さな公園があった。しかも何か赤いのが揺れている。ブランコだ、よく見ると赤い合羽と長靴を履いた女の子がゆらゆらと揺れていた。「この雨の中…」合羽着てるけどちょっと変だなと思った矢先、信号が青に変わりバスが学校へと向かった。

 火曜日は曇っていたけど雨は降らなかった。昨日のあの公園、ちらっと見たけど誰もいなかった。「まぁたまにあることだろう」と特に気に止めなかった。

 水曜日は少し強い雨だった。友達と談笑しながらも、ふと公園に目をやった「あの子だ。」しかも公園の前に立ってこっちを向いている。顔は合羽の帽子で見えないけど口元は微笑んでいるように見えた。私は少し気味が悪くなって友達に話しかけた。「ねぇあの赤い合羽の子

ちょっとキモくない?」「えっ何、誰」友達はスマホをいじっていたのもあるしバスがスッと通り過ぎていたので見えなかったようだ。

 次の日も雨だ。小雨だ。私はあの公園の前を通るのが段々怖くなってきた。なので公園前は目を閉じてやり過ごすことにした。もうすぐあの信号だと思い目を閉じた。40秒くらいたっただろうか、もう大丈夫だろうと思い外を見た

 「あの子だ」バス停の前に立っている。終点である学校の前の最後の停留所だ、ここで乗る人も降りる人も滅多にいない。バスが止まるだろうと思った瞬間、バスはいつものように通り過ぎた。

「運転手さん、女の子が見えなかったのかな」

それに左座席の乗客も気づいていないようだ

 私は学校の友達や母に女の子のことを話してみた。でもホラー小説の読み過ぎだとか勉強のし過ぎで疲れているのではないかとからかわれたり心配されて信じてもらえなかった。そうかも知れない疲れているのかも、それに明日通学すれば半日の土曜日は祖母に車で学校まで送ってもらえる。そうだ、学校まで目を閉じていれば良いだけだ。あと1日頑張ろうと自分に言い聞かせて就寝した。

 そして金曜日、また雨だ、しかも風が強い。バスがたまに横に揺れる。私はいつもと反対の右側座席に座った。「もうすぐだ」昨日より大分手前で下を向いた。「どうしたの」と近くにいた友達は不思議がったけど、私は強い意志で下を向き続けた。すると停車ボタンが鳴った。

「次止まります♪」誰か降りるのだろう、「何で今日に限って」と思いながらも1分くらい経過しただろうか。車内アナウンスで「まもなく~」と流れた、昨日女の子が立っていたバス停だ。すると「ねぇちょっとあれ何」友達が私に話しかけてきた。最近、市街地中心部から転校してきた子だ。「ちょっと見てよ」と強くさすってくるので気になって外を見てみた。風はバスに向かって右から吹いているため左側の車窓からは強雨でも外がそれなりに見えた。

 猿だ、子供を背中に乗せた親子猿だ。こんなの田舎では珍しい光景ではない。私は少しその友達を恨みつつ目を外から戻そうとした瞬間、「いた…」昨日のようにバス停に立っている。私は見てしまったものは仕様がないと恐る恐る女の子を注視した。バスが止まった。「ウィーン」バスの扉が開き、1人の老人が杖をつきながらゆっくり降りて行った。女の子はまだそこに立っている。「ウィーン」ドアが閉まりバスが発車した。良かったホッとした。ゆっくり景色が右から左へと流れていく。一応外を覗き込んだ。…あの子がいない

 もしやと思い前方の出口に視線を移した。すると赤い合羽の女の子が出口の小さな階段をヌゥっと上がってくるのが見えた。やはり顔は見えない、不敵な笑みを浮かべ運賃箱を背に立ち止まった。私は戦慄が走り全身が震えだした。バスのエンジン音が消え失せ車内が静寂に包まれた。女の子がゆっくり歩き始めた。

「コツン、コツン」長靴がかかとから床に落ちる音と一歩踏み出すごとに合羽から滴り落ちる雫の音が私に近づいてくる。私は恐怖の余り言葉が出ず咄嗟に停車ボタンを何回も意味もなく押した。私以外誰も女の子が見えてないようだ

それどころか車内が私と女の子だけの世界になったような感覚に陥った。

 私は再び頭を抱えて下を向き目をつむった。

ついに足音が私の席の前で止まった。「ポタ‥ポタ‥」水滴が床に落ちる音が聞こえた。私は恐る恐る少し目を開けて足元を見た。女の子から落ちた水滴が蛇がまとわりつくように私の靴に流れてきた。私は極限の恐怖で気を失った。

 目が覚めた…見慣れた天井だ。     「大丈夫?良かった目が覚めた」保健室の先生だ

「私、どうしたんですか」「バスで倒れたのよもう大騒動だったのよ。幸い近くの診療所の先生にすぐに診てもらって大事ないってことでここで寝てたのよ。今ご家族の方が向かっているから今日は早退して安静にしてなさい」時計を見ると昼を過ぎていた。ドアが開いた、担任の先生だ。「良かった。起きたのね。何があったの」私はためらったけど一応、ここ数日の自分の身に起きた一部始終をふたりに話した。

ふたりとも最初は神妙な面持ちだったけど段々

顔がこわばっていった。そこへ「ご家族の方が見えられました」用務員のおじさんが知らせに来た。祖母だ、ちょっと安心した。

 車に乗り込み学校を後にした。外は雨が止んだが曇っていた。私は後部座席に横になった。車は颯爽と田園地帯を通り過ぎていくが横になっている私には灰色の空しか見えない。すると祖母が「あの人…」と言うので横になりながら「どうしたの」と尋ねた。祖母によるとあの信号前の電信柱にお花とジュースとお菓子を供えてお参りしていたそうだ。でもそれ以上聞きたくないので詳細は聞かなかった。

 半日だけの土曜日は休んだ。翌週いっぱいまでは祖母が直接学校まで送ってくれた。でも

雨の日もあの子が現れることはなかった。





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雨の日 つかまる @sakasa12080815

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