第4話 小者さんはよく吠える
庶務課の小諸望さんは「こものさん」と呼ばれている。
苗字と名前の頭を取ったんだなぁと最初は思ったのだけど、どうやら違うらしいと分かったのは、同じ課に配属されて一週間後のことだった。
「台風が上陸するらしいですよ」
これが、まずは天気の話だろ、天気の話は導入としてまず失敗しないって、ラブホの上野さんでも言ってたし、とか軽く考えていた僕の台詞。
「台風が上陸?上陸とは台風が本土の海岸線に到達した際の言葉ですから、今夜台風が本県に到達する状態のことを言っているのであれば、『台風が接近している』が正しいのではありませんか」
これが小者さんと僕のファーストコンタクト。
この時の僕の心情を句読点含め10字以内で答えよ(制限時間10秒)。
めんどくせえ、この女。
そして一週間後。
「ここ、句点の位置ここにずらしてください。すぐやり直しで」
特に文意が変わるわけでもなく、そこに必ずしも必要かというとそうでもない句点を直すだけで、僕はコピー用紙を一枚無駄にする。
ここ一週間、何かの書類をチェックする際、小諸さんのチェックを一発で通した記憶がない。色んななぜ?と前部署では……の言葉が軽く口を飛び出しかけるけどとりあえず何とか堪えることはできている。深呼吸深呼吸。みんな人それぞれ個性がある。会社の役に立つためにやってる。ちょっと拘りがある人なのかなー。
トイレに行くと、女子トイレの方から、少し強めの口調の話し声が聞こえてきた。
「また品目がどうとかさぁ!」
「慣例でそうなってるっての!」
「あの女、こもののくせに…」
もしかして、とピンときた。
案の定、彼女たちはトイレを出てからこちらの部屋に来たようで、僕が長いトイレ休みから戻ってきた時に、ちょうど小諸さんとけんけんがくがくやっていた。
「だから、これで合ってるんですって」
「上司の方からもそう言われたんです」
「大変申し訳ないのですが、こちら品目が違います。この領収書は無効です」
「だからっ……!」
「すみません、ちょっといいですか?」
そこに割って入ったのは、僕だった。
「すみません。小諸さんの参照されているそれ、版違いだと思いますよ」
小諸さんは目を見開いた。視線が強い。怖い。
「確か年度末の会議で、品目のリストに新規で加わった項目だったかと。法律上も問題ないってことを確認したそうですし」
品目、と聞いてピンときたのだ。だからトイレから出て、わざわざ前の部署まで確認に行った。
さて、小諸さんの反応は。
「だったらなんで私のリストは更新されてないんですか!わかるわけないじゃないですか!」
えっえっえっ。
大の大人、小諸さんは女性としては小柄な方だと思うが、びっくりするほどキレていた。クールな人なのかと思ってた。
「だいたい何で異動してきたばかりのあなたがっ「じゃあ品目正しかったってことですよね!」「でも私たちも気付いてなくてすみませんでした!いつも小諸さんのチェック助かります!」「ではこれで失礼します!」」
いそいそと出ていく二人を目で追っていたら、部屋を出る前に会釈と『GOOD job!』ポーズをしていたので、多分大丈夫だったのだろう。
そのあとから、小諸さんの僕へのチェックがさらに厳しくなったのは置いておいて。
「……というのが、妻と僕の馴れ初めです」
「馴れ初めというのはお互いに恋に落ちるきっかけなので、私はその時恋に落ちてないので、馴れ初めとは言わないと思います」
まったく、今も昔もめんどうくさいんだから。
(第四話 了)
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