第2話 本のささやき
夜の図書館でぼくは働いている。
毎晩毎晩、本は勝手に動き出して物語を変えようとする。ミステリーの犯人を変えようとするし、ハッピーエンドの恋愛小説をバッドエンドのホラーにしようとする。昨日なんて世界的に有名な数学定理を証明不可能なものに変えようとしていた。
本たちは昼間は猫をかぶっているのだ。ひとたび夜になれば、蠢き、ささやき、悪事を企む。ぼくら監視員は、そういった本の企みを未然に阻止し、世界を守る。
ぼくは外に飛び出そうとしていた本を一冊、虫取り網で捕まえた。そして優しく読んでやる。本は読んでやればまずまず騒がずに静かにしている。悪さをしなくなる。
その本は一人の平凡な女の子が、生まれてから死ぬまで、それほどの事件も起こらず、ただただ平和に、穏やかに、幸せに暮らしていく本だった。
女の子がたくさんの家族に看取られて死ぬラストを読み終わってぼくは本を閉じる。本はもうすっかり静かになっている。今日ぼくは一人の平凡な女の子を救った。
夜の図書館は、本を捕まえる監視員と、本を読む監視員たちとがぽつりぽつりと互いに干渉せずにいる。彼らの名前は知らない。ただお互いに世界を救う同士だと思っている。信じている。
そしてまた朝が来る。
ぼくは親に気付かれないように布団に潜る。ぼくが世界を救っていることを彼らは知らない。ぼくらが夜を抑えているおかげで、昼の平穏があることを知らない。
ぼくは世界中の監視員たちのことを思う。そして深く深く眠る。
(第二話 了)
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