第11話 十日目

休暇十日目の月曜日。


カフェで朝食を済ませた私達は、そのまま近所を散歩した。


まずは駅まで歩き、きっぷ売り場の上に掲げられている路線図を見ながら、ディズニーまでの経路と、私の勤務先がある駅を教えた。

それから渋谷、原宿、新宿、池袋と廻り、上野、秋葉原、東京と主な駅の場所を指し示しながら樹里に説明した。


「原宿かぁ」

「そう、そこにあるのは何?」


「竹下通り?」

「ピンポンピンポンピンポーン!、大正解♪」


「じゃあ秋葉原は?」


「うーん、AKB劇場?」

「またまた大正解!」


「ねぇ、咲さん、何人かこっち見てたよ、恥ずかしいよ」

「ご、ごめん。」


「あとはスーパーで買い物して帰ろっか」

「うん」


私がいつも行くスーパーマーケットに連れて行くと、青果コーナーの中程で、樹里は驚きの声を上げた。


「高いっ!」


「バナナもキャベツも高いよ!?」


「東京は産地が遠いから、生鮮食料品は高めなんだって」


「そうなんですね」


「あとこのお店は格安って訳でもないからね」



「お昼ごはんどうしよっか?」

「何か作りますよ♪、食べたいものありますか?」


「オムライス!、幸せの味だよね」


「白米はあるんですか?」

「そういえば無いかも」


「ケチャップは?」

「残ってるかも……」


「調味料であるのは何ですか?」

「塩はあるよ。あと胡椒、それから七味」


「しょう油と味噌と砂糖は?」

「しょう油はあるかも!」


「油は?」

「オリーブオイル、それからドレッシングも何種類かあるよ」


「徹底的に後からかけるような物ばかりですね……」


「そんな、ため息つかないでよ」


「オムライスに必要な物は全部買いますよ」

「うん、お願いします」


「夕飯と明日の朝食に予定はありますか?」

「無いよ。ノープラン」


「じゃあ、何か見繕わせてもらいますね」

「はーい♪、お願いしまーす」


「その悪びれない態度を尊敬しますよ」

「ありがとう♪」


樹里はカートを押しながら、必要な物と、一般的に揃っていたほうが便利な物を入れながら、店内を廻り咲に会計をしてもらった。



「樹里、重たい……。運ぶ事考えなかったでしょ……」

「この程度で音を上げるなんて、箱入り娘ですか!」


でも樹里を見ると両手にぶら下げた袋が腕に食い込んでいる。首にも筋が浮いて力を入れてるようだ。


やせ我慢!、と気付くと可笑しくなって笑ってしまった。


「咲さん、壊れた!?」


「樹里の意地っ張り!」


「はあ?、何がですか!」


「強がる所がまだまだ子供だね♪」


「やらずに三十路を迎えそうなこじらせ女子よりマシですよ!」


「あっー!、そんな事思ってたんだー」



決して思っていた訳では無いのに、つい調子にのって口から出てしまった。取り消したい……


駄目だ!、沈黙しちゃうと本当に思っていたと勘違いされちゃう。

でも素直に謝れない。



「じゃあ訂正します。大事にしているんですよね」


「もう、捨てさせてくれないくせにー!」


「そんなの風俗でも行って相談してください」


口に出してしまってからまたすぐに後悔して、思わず咲の顔を見ると、凄く悔しそうな顔をしていた。


それからは二人とも何も言わずに家まで帰った。



家に戻ると、買って来た物を冷蔵庫やストッカーにしまった。

さすがに無言では出来ないので、どこに何をしまうかなど、最低限の話はした。

でもそれが終わると私はソファーへ座り、咲さんはクッションに座った。

もう会話のきっかけもなく、仕方なくテレビを眺めた。



少し経って、視線を感じて咲さんを見ると私の顔を見ていた。

そして目線が合ったのに気が付くと、右目のふちを下げながら、べろを出して、私に向かってアッカンベーをした。


もうその顔が馬鹿らしくて、思わず笑ってしまった。

すると咲さんが言った。


「樹里、さっきは言い過ぎだよね。本心じゃないと思いたいけど傷付いたよ。悪いと思うなら、ごめんなさいでしょ」


そうストレートに言われると、虚勢をはる必要もなく素直に謝る事が出来た。


「ごめんなさい。決していつも思っている訳じゃなくて、つい口から出ちゃいました」


「そう、分かったよ。ありがとう」


咲さんの優しい目を見たら、無くしちゃいけない物を取り戻せた気がして、すがり付いていた。



「さてと支度を始めますね」

「うん、そばで見てていい?」


「どうぞ、手伝いもお願いしますね」

「うん、がんばるよ」


新品同様の炊飯器を洗い、まずはご飯を炊いた。

それからご飯と具材でチキンライスを作り、玉子焼きで包んだが、まさかこんなに調理器具が無いとは思わなかった。


木べらと菜箸、それから大きめのフライパンは速やかに買う必要がある。


その時、自分のおかしな考えに気付いてしまい、思わず一人でニヤけてしまった。


「樹里、顔が笑ってるよ!?、どうかした?」


「いえっ、何でもないです。思い出し笑いしました」


「それならいいんだけどさ。玉子焼きをかぶせながらニヤけたから、少し怖かったよ」


「すみません、何でもありませんよ。後はサラダです。レタスを洗って手で千切ってもらえますか」


「うん、見ててね」



確かに見ている必要があった……


レタスの必要な枚数、洗い方、千切る大きさ、硬い所はどうするか・・・

何も知らないようで、スタート地点はかなり低く、そのかわりに伸びしろは無限にありそうだった。



「「いただきまーす!」」

「うん、美味しい!!」


「ねえ、樹里と居たら、こんなに美味しいものが食べられるの?」

「そうですね」


「私、胃袋も掴まれちゃった感じ」

「咲さん、何でもかんでもハードルが低すぎですよ。これ位作れる人はザラに居ますよ」


「そんな謙そんしないでいいよ。本当にそう思っているんだから」


咲さんは恋愛偏差値が低くて、評価が甘々なんじゃないかと思ったが、その考えは口に出さずに飲み込んだ。


それにしても、なんだか同居を始めるみたいな気分になっている自分が可笑しい。

勝手にフライパンを買う気になったりして……


たぶん、これから咲さんと居たら、楽しいんだろうなと思った。



不思議なことに、ご飯を作り始めた途中から樹里の雰囲気が柔らかくてなった。

理由は分からないが私もほっとする。


午後はディズニーの情報を集めに本屋へ行って、それから樹里にストローハットでも買ってあげたいと思う。

もちろん、夏のランドは暑いので、暑さ対策であり決して興味本位ではない。


「樹里、美味しかった♪、ごちそうさま。お皿は私が洗うよ」

「じゃあ、お願いします」


食事をしていたリビングのローテーブルから食器を片付けると、樹里はソファーに持たれかかり、すぐに眠ってしまった。


私も手が空くと、リビングのラグの上で横になった。



「ぐえっ!?」


まさに潰されたカエルのような声が喉から出た。


目を開けると、樹里が横になって眠っていた私のお腹の上に乗っていた。


「ちょっ、苦しいよ」

「ほんとですか?。嬉しいの間違いでしょ」


確かに重たくない。そしてこんな初めての触れ合い方は嬉しい。


何も言わない私に樹里が覆いかぶさってきた。


下から樹里を見上げると何だかすごくドキドキした。


「咲さん。かわいい……」


樹里が顔を近付けてきた。

恥ずかしくなった私は思わず目をつむった。


そうして樹里が教えてくれる感触に身を委ねた。


樹里の唇は私の唇の色々な場所を食み、それから頬や目蓋、そして首や胸元などに柔らかくて温かい感触を与えてくれた。


私はそんな樹里の背中を精一杯抱きしめて、体をよじりたくなるような快感を抑えた。


最後に再び唇へと戻ってきた樹里に、高ぶりきった気持ちを伝えようとしたところで、樹里の唇は離れていった。


「これは感謝の気持ちです」


樹里はそう言った。

そして覆いかぶさっていた身体を離すとソファーへ戻った。


私も体を起こすと、気持ちを切り替えて、樹里を外出に誘い、二人で渋谷へ出掛けた。



「樹里、手をつなぐよ」

「う、うん」


お盆の時期だが、渋谷には人がたくさんいて、はぐれないようにするには手をつなぐのが、安心だった。


ここで私達はデザイン違いの麦わら帽子を買い、樹里が気に入ったシャツを買った。


「私、麦わらなんてかぶった事無いんだけど」

「いいじゃないですか、仲良し姉妹感が、増して」


本屋への寄り道は止めにして、帰宅すると、樹里が夕飯に冷やしうどんを作ってくれた。


それを美味しく頂き、ホテルへ一泊することを伝えて荷造りをすると、明朝の四時起床に備えて、早めにベッドへ入った。



「咲さん、何時に開くんですか?」

「朝の八時からだよ」


「何時に着くつもりなんですか?」

「六時前」


「そんなに早く!?」

「車でくる人達には敵わないけどね」


「たいへん……」

「樹里が初めてだから、ちょっと余裕をみて計画してるよ」


「そうですか……、ありがとうございます」

「どういたしまして♪」



(つづく)

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