胸騒ぎ


「眠い」

 寝ぼけた目をごしごしと擦りながらナルガは呟いた。

 現在の時刻は早朝。日が昇り始めているが、辺りはまだ少し薄暗い。おまけに薄く霧がかかっており、視界が悪い。

「よし、始めますか」

 いつものように朝早くに起床したナルガは、この森に入ってから習慣と化した装備の点検を始めようとしたところだった。

 まずは、衣服の点検から始める。この点検は、衣服が破れていないか、汚れていないか、を簡単にチェックするだけである。

「大丈夫だろ」

 ズボン、黒シャツ、白のロングコートの順にざっくりと見ていき、目立った傷や汚れが無いのを確認したナルガは、よし、と小さく頷いた。

 衣服の点検が終わると、次はブーツの点検を始める。

「うーん、だいぶ擦り減ってきてるなぁ」

 目立った外傷や損傷、汚れは無いが、靴底がだいぶ擦り減っていた。

 街中のように舗装されて道の中を歩いている訳ではなく、石ころやら木の根やらで荒れ果てた森の中を歩き続けているのだから、直ぐに靴底が擦り切れてしまうのは仕方のないことであろう。

 しかし、靴底が擦り減っていることを除けば、まだ十分使える。

「あまり気にしないでおこう」

 ナルガはぽつり呟くと、脱いだブーツを履き直した。

 最後は一番重要な刀の刃こぼれの点検を始めため、刀を鞘から引き抜いた。

 いくらこの刀が良品だからといっても、モノを斬るのであるから必然と刃こぼれは起こってしまう。

 刃こぼれがあると、どうしても斬れ味が落ちてしまい、今まで斬れていたモノが斬れなくなってしまう。その結果、魔物との戦闘時に非常に苦労することになる。最悪の場合、刀の刃こぼれのせいで、命を落としてしまう、といったことも大いに起こりうる。なので、日頃からのこまめな点検が必要である。

「……」

 僅かに差し込む日の光に刀の刃を透かす。角度を変えて日の当たる場所を変えて見てみてみたり、遠目で見てみたり、近くからじっくりと見てみたり、と様々な見方で慎重かつ丁寧に、真剣な眼差しで刃こぼれが無いかを点検していく。

「―――よし、大丈夫そうだな」

 じっくりと見たところ、特に刃こぼれらしきものを無かったので、ナルガは満足そうに頷きながら、刀を鞘に戻した。

「点検も終わったし……そろそろ探索に行きますか」

 んーっ、と背伸びをした後、ナルガはゆっくりと立ち上がった。

 ゼロと別れてから早くも三日ほどの時間が経っていた。

 ナルガはゼロと別れた後も懲りずに出口を探して歩き回っているのだが、今だ出口を見つけることができていなかった。

 しかし、数日前とは違い手掛かりを掴むことはできた。

 手掛かりとは、鎧軍団とゼロのことである。

 この森に人の出入りがあるということは、必ずどこかに出入り口があるということでもある。が。しかし、どこに出入り口がどこにあるのかはナルガは知らない。

「無理にでも聞いておくんだったな」

 三日前の事を思い起こして、ナルガは深くため息を吐いた。

 あの時はゼロとはまた会える気がしていたが、冷静なりよくよく考えてみれば、何日間も歩き回っても出口が見つけられないような広い森の中である。再びこの広い森の中で同じ人と巡り合う確率は奇跡に等しいものである。

「ん?」

 と、そんなことを考えながら歩いていると、風に乗って何やら異質な音が聞こえてきた。

 何か硬質な物同士が激しくぶつかり合い、互いの身を削るような、そんな音。

「……」

 音が聞こえてきたのは、進行方向の森の奥から。音の大きさからするにそれほど遠くもない。

「……行ってみるか」

 妙な胸騒ぎに足を突き動かされるように、ナルガは足早に森の奥を目指して歩いていく。


奥に進むにつれて音が大きく、激しく、より鮮明になって聞こえてくる。

(この甲高い音は……金属同士がぶつかり合っている音か?)

 先ほどから、ギィィンッ、と耳に響いてくる異質な音の正体は、どうやら金属同士が激しくぶつかり合う音、剣戟のようだった。

 一体誰が戦っているんだ、と考えを巡られていると、より一層激しい剣戟の音が森の中に反響した。

「……くそっ」

 その剣戟の音に猛烈に嫌な予感を感じ取ったナルガは、剣戟音が聞こえてくる方へと、駆け足で向った。

奥に進むにつれて音が大きく、激しく、より鮮明になって聞こえてくる。

(この甲高い音は……金属同士がぶつかり合っている音か?)

 先ほどから、ギィィンッ、と耳に響いてくる異質な音の正体は、どうやら金属同士が激しくぶつかり合う音、剣戟のようだった。

 一体誰が戦っているんだ、と考えを巡られていると、より一層激しい剣戟の音が森の中に反響した。

「……くそっ」

 その剣戟の音に猛烈に嫌な予感を感じ取ったナルガは、剣戟音が聞こえてくる方へと、駆け足で向かった。


 剣戟音の近場までやってくたナルガは、一旦草むらの中に身を隠して様子を窺うことにする。

「……!!」

 そして、草むらの中から覗き見た光景に言葉を失った。

 身体のあちこちに斬撃を受けて倒れ伏す無数の鎧軍団の姿があった。その誰もが出血多量でぴくりとも動かない。……おそらく、死んでいるのだろう。

 無数の死体が転がるその場所では、黒いローブを着た人影と五人の鎧軍団による激しい斬り合いの最中だった。

 ナルガは呆然と斬り合いを眺めていると、鎧軍団の一人が黒ローブの人影を強襲する。

 放たれた斬撃は危なげなく躱されるが、剣の切っ先がフードを切り裂く。その衝撃でフードが剥がれ落ち、相貌があらわになった。

 処女雪のように白い髪に真紅の瞳。

「……っ!」

 ナルガは大きく目を見開いき、鋭く息を呑んだ。

 間違えるはずがない。あれは―――。

「ゼロかっ!」

 彼女を認識するや否やナルガは、苦戦するゼロを助けようと身体が動かした。

 瞬時に刀の柄に手を掛けると、一番近い敵に狙いを定める。片膝立ちの状態で上半身を沈めて構え、脚にはいつでも飛び掛かれるように力を溜める。

―――貴方は私に関わらない方がいい。

 タイミングを見計らって飛び掛かろうとした時、ゼロ言い放った冷たい言葉が脳裏によぎった。

「―――」

 ナルガは刀を抜きかけていた手を止めて、硬直してしまう。

 ゼロを助けるためにこの戦闘に介入してしまえば、必然的に彼女に関わってしまうことになる。彼女の事情に関わってしまえば、間違いなく面倒ごとに巻き込まれる。それをどうしてもゼロは避けたいのだろう。

 透き通っていた頭の中にぐちゃぐちゃとした黒いもやが浮かび、高まっていた集中を霧散させていく。

「ああ……くそっ」

 ナルガは抜きかけていた刃を鞘にしまい、舌打ちをする。

 やらせない気持ちになりながら、ちらりとゼロの方を見る。未だ鎧軍団の五人と苦戦しながらも激しい戦闘を繰り広げているが、ゼロが力尽きるのも時間の問題だろう。

「下がるなら、今のうちか……」

 戦闘は激化しており、ナルガの存在には誰一人として気づいてない今がチャンスである。

 ナルガはゆっくりと立ち上がり、戦闘中のゼロ達に背を向ける。

「———ごめん」

ナルガは顔を伏せて拳を握りしめて、誰にも聞こえないような声で一人呟いた。

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