白の旅路

雨宮 時雨

プロローグ1


 とある都市の一端にひっそりと建つ小さな一軒家の庭で動く人影があった。 

 身長は一般的で、体型はやややせ型。半袖の服から伸びる腕は細いがしっかりと筋肉がついている。髪の毛はここの辺りでは珍しい黒髪。深い海のような濃紺色の瞳は目つき鋭い。

 青年の手には粗雑な剣が握られており、縦や横、右から左、と円弧を描きながら振るわれていた。どうやら素振りをしているようだ。外は日が登り始めているが、辺りはまだ薄暗く人通りもなく、少し肌寒く感じる。

 素振りを行う人物———ナルガは、一度動きを止めて肺いっぱいに冷たい空気を吸い込み、吐き出して乱れた呼吸を整えると、再び素振りを始める。

「———ふッッ……はあッ!!」

 剣を振うたび汗が額から地面へと零れ落ちる。柄を握る両手も汗で湿り、うまく握ることができない。それでも取り落とさないように必死に握りしめて剣を振り続ける。

「……ッ」 

 徐々に口数が少なくなり集中力は研ぎ澄まされ、自分以外誰もいない空間に鋭い風切り音だけが響き渡る。

 一振り一振り丁寧に決して手を抜かず、重く鋭く正確に。

 極限まで加速された意識の中でナルガの脳裏に師匠から言われた言葉がよぎる。

 何十回、何百回、何万、何千回、と素振りを続けてもまだ一度もその斬撃を繰り出せたことがなく、コツを尋ねてみても、  

『感覚だよ、感覚。それを掴め』

と言われる。

(感覚か、どうやれば上手くいく……?)

 あれこれ考えているうちに集中力が思考の方へと流れていき、段々と動きが鈍っていく。

「おい」

 突然、背後から声が聞こえたかと思うと、こつんと何か硬いモノで頭を叩かれた。

「いたっ」

 ナルガは反射的に情けない声を出して、叩かれた箇所をさすりながら振り向いた。

 振り向くと、呆れ顔で腕組をしている妙齢の女性が立っていた。

「素振りをするのは感心だが、余計な事を考えるなとあれほど言っただろうに」

 妙齢の女性はナルガに対してぶつくさ言った後、はぁー、と溜め息をつき、うなだれた。

「悪かったよ、師匠」

「全く何回目だよ。だいたいお前は———」

 ナルガに師匠と呼ばれた妙齢の女性は、謝罪の言葉を聞くや否や顔を上げて説教を始めた。

(始まった……師匠の説教長いんだよな)

 説教を右から左へ聞き流しながらナルガは、無意識に師匠の外見に目を遣った。

 外見は二十歳頃で、長身痩躯。背中までさらりと流れる髪の毛は淡い金髪、瞳も髪の毛と同じく淡い金色。顔立ちは非常に整っており、スタイルも良く、はっきり言って超絶美人である。白を基調としたローブのような不思議な衣装を身に纏っており、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出している。黒い手袋をした手に握られているモノと左腰に身につけられている剣は、今ナルガが使用している両刃の長剣とは違い、片刃で刀身に反りのある剣———刀という代物でとても大事なモノらしい。ちなみに、名前は教えてくれないので、剣術を教えてもらっていることもあり『師匠』と呼んでいる。

「……って、おいナルガ。聞いてるのか?」

「ああ、聞いてるよ」

 ジト目で睨んでくる師匠に空返事を返し、地面に無造作に置いてあった革製の水筒を拾い上げて中身をあおる。若干温かくなってはいるが、長時間動き続け乾いた身体は十分に潤った。

「もういいだろう、朝飯にするぞ」

「作るのは俺だけどね」

 踵を返して足早に家の中に戻っていく師匠の背中を追うべく、ナルガは荷物を急いでまとめて、後を追った。



*****



「うん、美味かったぞ、ご馳走様」

 ナルガの対面の椅子に座る師匠がスープを飲み干し空になった皿をテーブルに置くと、満足げな表情を浮かべた。

「そりゃどーも」

 ナルガはその言葉を嬉しそうに受け取ると、食べ終わり空になった食器をまとめて持ち、席を立つ。

 食器を落とさないように気を付け、キッチンまで早足で運び終えると、ふぅ、と小さく息を吐いた。

(……最近の師匠、何か変だな)

 食器を水で濡らしてスポンジに洗剤をつけながら、ちらりと師匠の方を見る。

「……」

 食後に本を読みながら紅茶でティータイムをする、といういつもの朝の風景だが、ここ最近の彼女の様子は違っていた。

 以前は家の中に籠ってばかりだったがよく外に出るようになった。穏やかな雰囲気で表情ももっと柔らかかったが、最近は何かあったのか分からないが表情が硬くなり、身にまとう雰囲気が鋭くなった気がする。

(前まで俺が素振りしてる時とか一切来なかったのに、今朝みたいによく様子を見に来るようになったもんな……いや、気にしすぎか)

 ナルガは視線を手元に戻し、食器洗いに集中する。慣れた手つきで汚れた食器をスポンジで洗っていく。泡まみれになった食器は後でまとめて水で流すので一旦置いておく。

 二人分の食器を洗い終わると水で泡を洗い流して、乾いたタオルで拭いて手際よく棚に片付けていく。

「……よし」

 あっという間に二人分の食器を片付けたナルガは、満足そうに頷いた。

(あんましすることないから、剣でも造くるか?いや、その前に……)

  濡れた手をタオルで拭きながら、頭の中でこれからの予定を考え始める。

 すると、難しい顔で静かに読書に勤しんでいた師匠が何か思い出したかのようにぱっと顔を上げ、ナルガに声を掛けた。

「そうだ、ナルガ。何か最近変わった事とかないか?」

「お、おぅ、変わった事?そうだな……」

 あまりに唐突のことだったため、ナルガは困惑した表情で振り返る。が、すぐにいつもの調子に戻り、顎に手を当てるとここ数日のことを振り返る。

「———特にないなぁ」

 頭を捻り細かいことまで思い出してみるが、これと言って思い当たる事がなかった。

「何もないなら良かった」

 師匠が安心した様子で胸を撫で下ろす。

「師匠、最近おかしいぞ?変に心配するようになったしさ……なんかあったのか?」

「あ、いや、なんでもないさ」

 その様子を見て逆に心配になったナルガは思い切って聞いてみるが、師匠は苦笑し、目を背けた。

「まあ、何かあったら言うよ。師匠も気をつけてな」

「あぁ、そうだな……弟子に気を使われるとはなぁ……我ながら情けない」

 最後の方はよく聞こえなっかたが、師匠は肩の荷が下りたらしく、ふっ、と破顔した。すると、何かを思い詰めて苦虫を嚙み潰したようだった表情が一気に緩んだ。

「なぁ、ナルガ。実は———」

 師匠が悩みを語ろうとした時に突然、窓の外に強烈な白い光が走った。その瞬間、ナルガの視界も光と同様に白く塗り潰され、音が消えた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る