死にたガール

すうさいど

#1 アテモナク

 今、私は電柱の側で座っている。

 時刻はスマホで確認したところ夜の十一時。

 上を見上げると満月、満点の星、そして光に群がる蠅達。

 地面はひんやりとしていて悪くない。


 私は家出した。

 だけど別に親が嫌いだとか、家が窮屈だとかそんな話じゃない。

 私は──死にたいのだ。

 死にたくて家出をした。

 制服は面倒臭いから着替えなかった。

 家からはそんなに遠く離れてないから、単に外の空気を吸いたいだけに思われるかもしれない。


 ──あぁ、死にたい。


 もうずっとこの希死念慮と戦っている気がする。

 毎日毎日、これと戦わなければいけないのはもうウンザリだ。

 死にたくて、消えたくて、首を括りたくて。

 自分の喉を刃物で突き刺したい気分になって。

 八方塞がりで絶望的で、どうしようもなくて。

 この土地に引っ越してからというもの、常に死にたいと思ってきた。

 街頭があればそこに縄を引っ掛けて……とか、赤信号の横断歩道に飛び出したらどうなるのとか……。

 未来に対しての不安とか、過去への後悔とか、逃げられなくてどうしようもないこの絶望感とか、誰にも理解出来ないと思う。

 常に孤独でどうしようもなくて、本当に死にたい。

 死んでしまえば全て解決するのに。

 なのに私は死ねない。死ぬのが、意識が永久に無くなるのが怖いから。

 一生意識が無くなる事を考えると背筋が凍る。


 そうやってまた馬鹿な考え事をして、心を痛いほどの切なさで満たして私は体育座りしたまま爪を噛む。

 愛着障害だとか発達障害だとか、理由は分からないけど常に空虚な感じがこびりついて離れない。

 引っ越す前まではそれも何とか快楽で押し流してきたけれど、引っ越してからは快楽が生まれなくなった。

 鬱……なのだろうか?

 だけど食べれるし味も分かるし、こうして動けているしで私なんて全然鬱病なんかじゃない。

 ただこのモヤモヤと絶望感と希死念慮が消えてくれないだけなのだ。


「ウイィ〜!」

 考え事……というか意味の無い負の思考ループを繰り返している私のすぐ近くで酔っ払いのお姉さんの叫び声的なものが聞こえてきた。

 ここもダメか──。

 私は立ち上がり、電柱から退散する。

 家に帰ったってこの気持ちが晴れるわけじゃないのに……。

 私の居場所は何処にも無いのかな……。

「よーよーそこのおねーちゃぁーん♪」

「……」

 酔っ払いのお姉さんに話しかけられたが無視する事にした。

 やたらと上機嫌な声色に、どこか救われた自分が居る気がした。

 だけれどそれは気休めにしかならないのだろう。

「ちょっとぉー? 無視しないでくれますぅ〜?」

「……!」

 やがてお姉さんに肩を叩かれ、思わず身体を跳ねさせてしまった。

 酔っ払いだからかお姉さんの手は暖かく、少し冷えた私の身体がほぐれていくようだ。


「ねぇキミィ〜、もしかして家出少女ぉ〜?」

「……は、はい……」

 つい震え声になってしまった。

 お姉さんは私の反応を見て、手をどけて私の周りをウロウロし始める。

 見た目からして二十代後半だろうか。

 スーツを着ているところから察するにOLで、飲み会の帰りと言ったところだろうか。

 少し酒臭く、お姉さんの周りが暑くなっているような気がした。

「んならさぁ〜、あたしの家に来なぁ〜い?」

「……えっ」

「あたしぃ〜、一人暮らしでぇ〜、彼氏も居なくてぇ〜、んだからぁ〜、あんたを引き取るぐらいの余裕はあるよぉ〜?」

「……えっと、いや……っ」

「さ〜こっち来なよぉ〜っ」

「きゃっ」

 強引にお姉さんに手首を掴まれ、そのまま流されるままに私は連行されてしまった。

 やがてマンションに着く。


「あたしィ〜、三階に住んでるからぁ〜」

「は、はぁ……」

 これで良いのだろうか?

 私の死にたいという感情は今にも止まらないのに。

 この人に対して申し訳なく思ってしまう。

 ……ここからは結局お姉さんが階を間違え、三○二号室の住民に怒鳴られて本当のお姉さんの部屋がある六階の六○四号室に辿り着いた。

「ささ、入って入ってぇ〜!」

「お、お邪魔します……」

 こうして私は、流されるがままに部屋に入ってしまった。

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