第7話 運指

 新年を迎えて、はや十七日が経過した。


 聖夜の前日に右腕と左脚の固定が外れ、その衰えた筋力に愕然がくぜんとしたのか記憶に新しい。


 無理のない可動域かどういきで、右手を強く握ってみたり、左脚を逆脚の負担にならない程度で垂直すいちょくに上げてみたりもしていた。


 そうして車椅子にも僕一人の力で乗れるようにもなった。


 その操縦にはまだ苦戦をいられたけど、トイレへの移動は自由にこなせるくらいには成長したと個人的に思う。


 時期を同じくしてシズの行動力も一層いっそう活発かっぱつになり、僕の居る病棟まで訪れる頻度も増加していた。


 それはいつものことながら唐突だ。


「皆本ー! みんなでカーレースゲームしよー!」

「……それはいいけど、その格好はなに?」


 シズが桃色のマッシュルームカットに変貌へんぼうしている。

 そこにリボンの先をまりのようにまとめ、その桃髪に貼り付けたハリボテのおさげを、不安定に揺す。


 相変わらずサイズの合っていないベージュのカーディガンを羽織り、そこに手書きで初代王者と記されたたすきを右肩から掛けている。


 ちょっと情報量が多くて僕は混乱する。


「これはねー、オリオンカートで優勝したときに私が作ったやつ。

 それで、この髪はそれに出てくる私が好きなキャラクターをイメージしてみたの! 

 ピノーコだよ、どうかな?」


 シズがそんな姿を僕に見せつける。

 これはこれで違った良さがある。


「うん、いつもと違って新鮮でいいと思う」

「良かったー! くるっと回って、はいっ!」


 その場で一回転して挙手するシズが、満面の笑みで僕を眺める。

 恐らくは、キャラクターが行うモーションを再現したもののようだ。


「ん? あれ?」


 シズが後頭部を押さえて、左右非対称のリボンのおさげを一時的に外して修正していた。


 桃色のマッシュルームカットになったシズを僕は茫然と眺める。


 髪染め短髪のシズは、僕が仰向けていたとき以来だ。


「あっ!」


 そんなときにシズは思わず声を上げて、僕におずおずと申し訳なさそうに訊いてきた。


「そうだ……皆本、車は嫌だよね?」

「え? ああ——」


 僕が自動車事故に巻き込まれてここに入院した経緯を思い出して、わざわざおもんばかってくれたようだ。


「——シズが気にしなくても大丈夫だよ。

 確かにまだ少し恐怖心はあるけど、当初よりは結構改善されてきてるから。それに車のゲームは良い機会かもしれないしね」

「ほんとに?」


 本物より画面の向こうの車で慣らすのは、寧ろ名案だと感じる。


「うん。元々ミニカーで遊んでだりしていて、どちらかというと好きな方だったから」

「そっか……なら、一緒に楽しもうね!」


 シズはそのおさげを直して、僕に近寄る。


「じゃあそろそろ行く?」

「あ、車椅子に乗るから少し待ってて」


 僕はベッドの左側にある車椅子へ、未だ完治するのに時間を要する右脚を考慮しながら移る。


 即座に身体を貸してくれたシズの手助けもあって、いつもよりもスムーズに移動することが出来た。


 僕が右脚の固定を終える。

 するとシズが背後に回ってハンドルを握り、僕に明るく喋り掛ける。


「私運転するね!」

「ああうん、助かる」


 ここ数日で、シズに車椅子を押して貰うことが然程さほど珍しくなくなっていた。


 時折みせる傍若ぼうじゃく無人ぶじんさとは裏腹に、その運転は速度が安定していて振動も少ない。


 いつも道中で、僕におもおもいの会話を投げかけてくれて、自然な気遣いを感じつつ僕は乗車している。


 正直、ここまで心が開けた瞬間はいままで一度もなかったかもしれない。


「あ、忘れ物はない?」

「飲み物とかはあったよね?」

「うん、あるよ!」

「なら多分大丈夫。今日もおねがい、シズ」

「任せといて!」


 真意は定かではないけど、シズが双眸そうぼうを閉ざして胸を叩いたような気がする。


 そのまま僕とシズは、小児科病棟の憩いの場へといつもの道筋で向かう。


「シズ、笹伸くん。今日もお出掛け?」


 途中、エレベーターの前で出会でくわした老齢の患者さんに声を掛けられた。


「そう。これからみんなでゲームするの!」

「今回は僕も参加できるみたいなんです」

「あらー良かったじゃない」


 シズと行動を共にする恩恵か否か、僕のことを認知してくれている他人ひとが想定外いるらしい。


 この方も初対面ではないが、名前を自ら名乗った覚えはなかった。


 それが笹伸と呼称されるに至っているのは一重ひとえにシズの影響だろう。


 エレベーターに乗って、それぞれ別の階層のボタンを押す。僕らの方が下の階だ。


 降下している間、僕はデジタル表示の数字を眺めている。


「あ、そうだ。ウメ婆が再入院って訊いたけど、どうなの?」

「うん、元気よ。でも子どもに対しては変わらずかしらね」

「そうなんだ。明日……は難しいか、明後日会いに行って来るね」

「うん……」


 曖昧な返答をしていた。

 シズの本意を害さないようにしたみたいだ。


 エレベーターが止まり、鈴の音色が鳴る。


「それじゃあね貞子さん」

「ええ、二人とも気を付けてね」

「はいっ!」

「気を付けます」


 エレベーターの扉が開いて、貞子さんとはそこで別れる。


 僕らは更に降下する。


「ウメ婆……さん? っていうのは?」

「ああ、皆本は知らないよね。

 皆本が入院する前くらいに無事退院した人なんだけどね……」


 神妙な雰囲気を振り払うようにシズは宣言する。


「取り敢えず一度会ってみないと! 何も判らないし……私は嫌われているみたいだけどね」

「そ、そうなんだ……」


 僕は言葉にきゅうしてしまう。

 それを鈴の音色が都合よく誤魔化してくれた。


 そのまま僕とシズはとりとめのない会話をしながら憩いの場に辿り着いた。

 日々の心労が癒えている。


 通路から目視できるだけでも既に六、七人は集まっていて、モニターにはゲームの選択画面が映し出されている。


 そのうちの一人の男の子がシズを発見するなりすぐ、置物の猫のように招く。


「シズ! やっときたか。王者が不在じゃあ、始められるものも始められないだろ」

「ふっふっふ。王者とは遅れてやってくるものだよ!」


 シズは不敵な嘲笑ちょうしょうで挑発しながら、僕を連れてその集団に混ざろうとする。


 なんというか、持ち前の茶目っ気のせいでそこまで強敵という印象は受けない。寧ろ微笑ましいまである。


「それで光雄みつを、今回はダークホースを連れてきた」

「ふーん、そいつ強いのか?」


 光雄は僕を品定めするように睨んでいる。

 つまりシズが示唆したのは僕のことのようだ。


「ダークホースで僕のこと?」

「うん! だって未知数なんだもん」

「そんな……僕やったことないんだけど」

「じゃあ教えてあげるね!」


 オリオンカートは国民的キャラクターのオリオンとその仲間、仇敵きゅうてき一堂いちどうかいするカーレースゲームだ。


 僕も当然、その存在は認知している。

 ただクラスメートが話題に上げていたものを聞いていたりはするけど、実際にプレイしたことは一度もなかった。


「それで、今日は何人集まりそう?」

「七人だったけど、一人追加で八人だ」


 僕に視線を移しながら答えている。

 これが歓迎なのかどうか、予備知識のない僕には困難だ。


「それはちょうどいいね!」

「おう、だから皆本……だったよな?

 来てくれてサンキュー!」

「ああ、うん……」


 表情をほころばせながら親指を立てている、やんちゃ顔の光雄みつおをよそに僕は曖昧に頷いた。


 そうして、先導する光雄を追うシズの運転で、僕は憩いの場のモニター前に移動する。


 目の前には光雄を含めて、男の子四人と女の子二人がスポンジマットの上でくつろいでいた。僕とシズを足した八人がそこに集うことになる。


 第一声をあげたのは僕の背後、つまりシズだった。


「はいっ、宣誓! 全員揃っているね。

 それではっ、今日のルールを説明します。

 まずはグーとパーで四人対四人に分かれます。その四人でレースを行い、上位二人が二代目王者決定戦に進出。コンピュータの順位は含みません。

 全部で四レース。一、二レースはグーとパーで分けた四人。次に下位二人ずつで五位決定戦を挟んで、最後に王者を決めます。

 つまり、全員平等に二回参加ってことね」


 シズがあらかじめ決めていたらしきルールをみんなの前で告げる。


 それに誰も異論はないようだった。

 その雰囲気に僕も頷く。


「じゃあ始めよう……の前に注意事項ね。

 ゲーム機の使用は一時間以内。交代は全速力でおねがい。あとは病院内、先生、看護師さん、他の患者さんに迷惑をかけない騒がない。音量も小さくしようか。

 そうしないと取り上げられちゃうからね」


 こちらも同様に異論は出ない。


 そうして、シズが拳を突き上げると皆がそれに同調する。


「ほら、皆本も」

「ああ」


 グーの組みとパーの組みで分かれる。

 シズがグーを出して、僕がパーを出した。


 少しどよめきが起きたが、何かを決めるときはこんなものなのかもしれない。


 組み分けが終わるとどちらが先にプレイするかのコイントスの結果、パーの組みが先にプレイすることに決まる。


 僕にもコントローラーが手渡される。

 高度な指捌ゆびさばきが必要そうだ。


 レースコースは初心者にも易しいストロベリーカップになり、カートはなるべく公平性を保つため標準車に設定するらしい。


 キャラクターの選択画面になる。


「キャラクターどうする?」


 同じくパーの組みの光雄が全員にたずねる。


 今回は急ぎ、四レースを一気に行うためキャラクター選択はこの一回だけだ。

 つまりはその四人のキャラクターを、全員で四レース使い回すことになる。


 キャラクターごとに速度や重量など特性が異なり、それぞれ好みもあるみたいだ。


 僕は未だコントローラーに戸惑う。


「んー。この前、決勝に進んだ四人が決めたら? シードとかもないし、それくらい権利があってもいいと思うんだけど……」

「そうなると真希まきは選べないけど、いいのか?」

「うん、他の子がどうか分からないけど」


 グーの組みになった女の子、真希まきの提案に、側にいた二人と顔を合わせる。


 その二人が頷いた後、僕に気遣うような目配せを送る。


「あとはみな……キミだけなんだけど……」


 この案件は僕の物言いで変わってしまうみたいだ。


 恐らく今日参加したばかりの僕に、この案だと自由に選択をさせてあげられないことを気にしているらしい。


 ゲームに精通している人なら憂慮ゆうりょするべき事柄なんだろうけど、幸いにも僕はさっきから操作方法に悪戦苦闘している素人だ。


 そもそも最近までろくに利き手も動かさなかった僕にとって、こうしてコントローラーを扱えるだけでも歓喜しているくらいだ。


 だからキャラクターの選択権がないくらいで気持ちがえるようなことは絶対にない。


「うん。僕はこのゲーム、全然分からないから、代わりにキャラクターを決めてくれると助かりますね」

「じゃあ決定でいい?」

「はい」


 そうして真希の案が通り、前回の上位四人がキャラクターを決める。


「じゃあ皆本は私の好きなピノーコを選んで貰おうかな!」


 シズが僕に話し掛けてくる。


「それはいいけど、迷わず僕の所に来たね」

「えっ? だって他は上位四人の子だし」


 僕は思わず絶句する。

 シズが首を傾げて見守ってくれていた。


「……嘘だ」

「本当だよ。前回は私が一番、光雄が二番、その隣の加奈かなが三番、さらに隣の隆之介りゅうのすけが四番。だから皆本にピノーコを選んで貰わないと」

「……勝てるわけがない」


 僕は嘆きつつ、この組み合わせが最悪の引きだったことに今更ながら気付く。


 組み分け時のどよめきは、上位四人のうち一人が確実に初戦落ちする状況から発せられたものだったみたいだ。


 僕は渋々、コントローラーを握り操作する。


 モニター内のカーソルを、キノコ頭におさげのキャラクターに合わせる。


「……ピノーコって、これであってる?」

「うん! 可愛いよね!」

「そうだね」


 これからこのピノーコで惨敗を喫する未来が鮮明に見える。

 こういった予測を覆すことは稀だ。


 隣で鼻唄を奏でている、ピノーコ使いのシズには本当に申し訳ない。


 僕がシズの意向を聞いて軽量級のピノーコを選んだ後、光雄が重量級のクラウン・テン、加奈が中量級のジルー、隆之介が同じく中量級のゴゴザウルスを選択していた。


 ローディング画面に移り変わる。


 今回のコースであるサーキットオリオンは、平面道路に従っていれば、なんの支障もなく周回できる。


 ゲームの中ではなくても、実在していそうなコースだ。


 そのコースから落下することは殆どなく、例外としてコースに復帰することが不可能なエリアに飛ばされて大幅なロスになることを除けば、初心者向けの中でも最たるコースだと、シズが僕に簡単な運転操作を説明しているついでに教えてくれた。


 因みにそこへ吹き飛ばすことは、シズたちが意図的に狙って行うのも困難なため、考慮しなくても問題ないみたいだ。


「始まるよ。スタート大事だからね」

「わかった」


 コースを最速で三周する競い合いがもうすぐ開戦する。


 サーキットオリオンを俯瞰した映像の後、コンピュータを含め、色取り取り八台の車種が四列二台ずつ、前列と後列で並んでいる。


 僕が操作しているピノーコは後列の左端に位置していて、暫定順位は八位になっていた。


 浮遊している知的そうなキャラクターが出てきて、カウントダウンが始まる。


 そして『ゴーゴー』の合図で皆一斉にスタートを切り、僕もそのつもりでいた。


「あれ? なんか進まないんだけど……」

「あ、言ってなかった! スタートのときにアクセルボタンをずっと長押しするとスリップして失敗するから気をつけてね」

「……次はそうするよ」


 置いてきぼりにされる中、ピノーコもようやく進んで行く。

 するとすぐさま暫定順位が七位になる。


 僕が操作しているピノーコが隆之介が操作するゴゴザウルスを抜いたみたいだ。

 僕と同じくスタートに失敗したんだろうか。


「でも結果的に隆之介と同じ強力アイテム待ち戦法になったね」

「なにそれ?」

「このゲームは下位になればなるほど強力なアイテムが手に入る確率が跳ね上がるの。

 だからスタートに敢えて失敗して、それを狙って猛追したり妨害することができるの」

「そんなのがあるんだ」


 僕は左上の画面を注視しながら、シズの解説に関心している。


「でもこのコースは落下やショートカットとかがないから、ちょっとその効果は薄いけどね。皆本はもうこうなっちゃったから狙って損はないね、よしいけー!」

「う、うん……」


 シズが頭上の蛍光灯の方角を指差しているのが流し目で分かる。大志でも抱いていそうな格好だ。


 そんな号令とは裏腹に、左カーブを巧く攻略することが出来ない。

 青草に突っ込んで柵に衝突していた。


「……」


 他の子はコントローラーのスティック操作だけじゃなくて、別の手段を用いて曲がっているみたいだった。


 あっという間に僕の暫定順位は八位にまで後退している。


「まだ巻き返せるから落ち着いて」

「わかった」

「とにかく車道から出なければ、スピードも安定して進めるよ。それで、アイテムを手に入れたらすぐに発動して追いつこう」


 ブロックを壊してアイテムを取得する。

 ルーレット抽選から現れたのは翼がついた爆弾だった。


「そこのボタンを押してアイテム使って!」

「よ、よし」


 シズの指示に従う。

 僕は何が発生したのかわからないでいたが、数秒後に光雄が仰天していた。


「誰だこんな序盤から羽付爆弾放ってきたのは!」

「はいっ! ダークホースです!」


 シズが嬉々としてそう答えると、光雄は僕を一瞥いちべつして歯軋はぎしりする。


 どうやら僕のアイテムは先頭を駆ける光雄のクラウン・テンに直撃したみたいだ。


 そうして何とか二週目を終えた時点でシズの言っていた通り、強力アイテムが幾度か出現させすぐさま発動する。


 現在、下位争いをするコンピュータの車のすぐ後ろに位置する。


 操作にもこなれてきて、車道を外さないようにはなってきている。


「良くなってきたよ! 初見プレイでこれなら上々だよ!」

「待って……集中してるから」


 僕はコントローラーを扱う運指の震動を必死に抑えていた。


 もはや僕の両手のリハビリみたいになってる気がする。


 現在、一位が加奈で二位が光雄、そしてコンピュータを挟んで四位が隆之介。

 序盤のロスが響いて僕が最下位だ。


「ちっ、石ぶつけてきやがって!」

「ごめんねー?」


 光雄が加奈をアイテムの滑り石に被弾してスリップする間に、コンピュータに抜かれて三位になっている。


「じゃあ俺も」

「はあ!? マジかよ……」


 光雄は隆之介に追撃されてさらに順位を落とす。そこに下位集団が雪崩れ込む。

 僕もその中の一台だ。


 先程までの安定した八位が嘘のように、暫定順位が目紛しく変動する激戦に、僕も参加している。


 そしてついに僕の操作するピノーコは光雄のクラウン・テンの真後ろに着く。


 しかしこれが自力の差と言うべきか、僕の苦手なカーブで火花を散らしながら、無駄のないコーナリングで簡単に突き放されてしまう。


「……くっ」


 それでも僕は、何とか光雄に次ぐ順位を保つことに成功して、アイテムを取得する。


 ルーレットから現れるアイテムを見た。

 すると隣にいるシズが僕の左肩に手を添えた。


「アイテム使うの少し待って。それライナーって言って、無茶苦茶強いやつだから」

「初めてみるけどそうなんだ?」

「うん。でもタイミングが重要だから、皆本に私が合図送ってもいいかな?」


 僕は迷わず頷いた。


「頼んだ、シズ!」

「任せといて!」


 この一直線を抜けると、コース最後のカーブに差し掛かる。


 前方に位置している光雄との差は、特別縮まってはいないが離されてもいない。


 これは僕の技術不足と軽量級によるアドバンテージが相まって織り出した現象だ。


 僕はシズの合図するまで、眈々たんたんと好機をうかがう。


 光雄の操作するクラウン・テンが最終コーナーにいる。

 これから火花を散らすであろうタイミング。


「皆本、今!」

「……!」


 僕はシズの合図でライナーを発動する。


 ライナーの効果は、自動で一定時間ゴールに向かって驀進ばくしんしていく。


 シズがここで使用するように指示したのはおそらく、カーブを苦手とする僕の運転をカバーする目的があったみたいだ。


 そしてもう一つ、ピノーコはクラウン・テンの真後ろに付けていたことだ。


「ついでに光雄も倒しちゃおうか」

「ちっ、くそ面倒なもの引きやがって!」


 ライナー状態に直撃すると、吹き飛ばされて大きなタイムロスが生じる。


 先程、三段階加速するアイテムを取得した光雄といえど、直撃すればライナー状態が解けた僕のピノーコを差し返すのは容易ではない。


 既に加奈と隆之介が一位と二位でゴールしているため、わばもう消化試合だ。


 けれどそんなことは関係ない。


 僕は、ピノーコとシズのために一矢を報いたかった。


 だが光雄も、このままむざむざと負ける訳にはいかない。プライドが許さないと言わんばかりだ。


「これでどうだ!」

「嘘!?」


 シズが驚愕している。

 それもそのはず、光雄はライナーからの直撃を避けるため、敢えて速度が落ちる青草に踏み込んでいったからだ。


 ライナーは最短でゴールに向かうため、不必要な蛇行だこうはしない。


 光雄の作戦はその性質を逆手に取って回避した後、三段階加速するアイテムで僕とピノーコを捲る差す魂胆だ。


 そしてその思惑はモニターの中で達成される。


 一時的に僕の方が上位にはなるが、ライナーで吹き飛ばして余裕を持ったままゴールすることは封じられた。


流石さすが光雄、私と変わらないくらい強いだけあるね……」


 シズは感嘆して行く末を見守る。


 ライナーの効果が切れる。

 あとはこの直線を駆け抜けるだけだ。


 僕はアクセルボタンを長押ししてスティックを前に倒す。


 初めて渇望するりきみが、いままでになく加速している。


 そこに猛然と追撃するのは、光雄が操作するクラウン・テンだ。


 三段階加速の二段階目まで使用して、僕の操作するピノーコを捲るために温存している。


「確実に皆本を仕留めるには……もう少し溜めないとな」

「……くっ!」


 最終直線の攻防。

 既にこの大会での優勝は絶たれた、僕と光雄のわる足掻あがき。


 こんな状況になったのはクラウン・テンがアイテムを運悪く連続して被弾したせいだ。


 しかし本来の実力を発揮出来ていたとしたら、光雄はこの四人の中でも抜きん出ているらしいので難なく一位だっただろう。


 プライドは既に傷つけられている。


 それでもなお、初心者の僕を本気で捲り差そうとする信念に僕は茫然としていた。


 ゴールまで数メートル。

 順調に行けばこれは四位と五位の争い。


 後続のコンピュータもいるが、何もなければ追い付くことも困難だ。


 そして光雄は最後の加速を使用する。


「ついでにぶっ飛ばしてやるよ!」


 そう言いながら僕の、ピノーコのすぐ後ろにクラウン・テンが迫る。


 さっきとは逆の展開だが、僕に巧妙な策など無い。ただ一足先にゴールに逃げるのみだ。


 しかし二台の車体が交錯するか否かのゴール直前、予想外の事態が起こる。


「えっ?」

「……なんで。くそっ、アイテムを見てなかった」


 ピノーコとクラウン・テンの車体は、碧空へきくうへ向かうように打ち上げられて、悲鳴を上げながら宙返りしている。


 どうやら、僕が初めて手に入れたアイテムでもある翼の付いた爆弾をコンピュータが放ち、それがピノーコに炸裂した。


 ついでに競り合っていたクラウン・テンも巻き添いをこうむった。


 ピノーコとクラウン・テンが空中にいて怯んでいる間に、後続にいたコンピュータ三台がここぞとばかりに追い抜きゴールを決めた。


「皆本! アクセルボタン押し続けて!」

「わ、わかった!」

「クラウン・テンのアイテム加速が無効化されたから、これ勝てるよ!」

「……!」


 僕は生唾を飲んで、一息吐き、昂る脈動を抑えようとする。


 周りの子も、最初は光雄のアイテム運の絶望的なまでの皆無さに失笑していたが、徐々にその下位争いの白熱さを悟り、モニターの前に沈黙していた。


 二台の車体が地面に落下する。


 その弾みで若干ながら後退していて、横一列になっている。


 初心者と経験者、軽量級と重量級、愛くるしい活発な女の子と強面だが恥ずかしがり屋な男の子。


 相対する両者は最後のアクセルを踏む。


 小細工なしの直線勝負は、ほぼ同時にゴールインした。


「あっ……」


 モニター画面はその勝敗を表していた。

 一方には『ゴール』のテロップが正面に貼られて、もう一方にはそれがなかったからだ。


 そして、そのテロップが表示されたのは、僕がずっと直視していた左上だった。


「やったー! 皆本が勝ったよー!」

「みたいだね……」


 僕は半ば放心気味で、上手く言葉を紡げない。光雄も同様のようだ。


 そんな姿とは対照的に、観戦していた子どもたちはこの結末にどよめいている。


「最後、色々起こってたよね?」

「これもしかして首位争いよりも凄かったんじゃね?」

「光雄が最下位なんて初めてみたんだけど」

「皆本……まさにダークホース」

「だね」


 皆が感嘆する中で、七位の結果に項垂れていたピノーコを指差して、シズが僕以上に喜んでくれていたのがとても印象的だった。


 その後のレースは、対抗車不在のカントリースタジアムで、本来のピノーコ使いシズが大差を付けて圧勝。


 次の五位決定戦、初見では攻略が難解なストロベリーキャニオンに僕は苦戦する。


 しかし同じく真希も逆走するなど泥沼どろぬまの争いを演じて、僕は再びピノーコを七位に導いて項垂れさせていた。


 因みにこのコースの一位は光雄が操作するクラウン・テンで、見事雪辱を果たす。


 最終、王者決定戦。

 ベリーベリーファクトリーで強力アイテムを駆使した隆之介が操作するゴゴザウルスをいなして、加奈が操作するジルーまでを突き離したシズのピノーコが首位を守り抜いた。


 完璧な内容での二連覇。戴冠たいかんを手にした。
















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