エピソード5

 とある平日の放課後、生徒会長に話があると言われた。

 どこか緊張感を保ちつつ、生徒会室のドアを叩く。


「会長、お話とは?」


 中に入るとすぐ小学生が見える。

 実際には小学生ではなく、小学生風男子の生徒会長だ。身体よりもはるかに大きな座椅子に鎮座していた。


「やあ風紀委員長」


 純粋極まりない笑顔で手を振る会長。

 実はこの会長、中身も小学生なのである。

 特段優秀だからとかではなく、ショタ好き層からの絶大な支持と推薦により生徒会長にまでなってしまったのだ。

 現在三年生、身長百五十センチ。それに触れればお泣きになる。


「言わなくても分かってるんじゃないかい?」

「……たちばな問題、ですか?」

「そうそう。かなり苦戦してるみたいだけど、進捗どうなの?」


 傍からみれば苦戦を強いられているようにしか見えないだろうが、実情は俺があのスタイルでいてほしいとお願いしている側だ。


「いやあ、なかなか手強いですね。忠告はしているんですが」

「そっかぁ。いやね、他の委員会や生徒たちからも色々とプッシュされててね。ほら、ひとりだけ浮いてるから」

「はあ……」

「それにさ、橘さん飛びぬけて整ってるからコレやってくれないかなって」


 おもむろに引き出しから取り出して見せてきたのは学園パンフ。清楚な眼鏡女子が制服姿で表紙を飾っていた。


「表紙にってことですか?」

「そうそう。橘さんが表紙だったら来年度は受験者数増えること間違いなし!」


 俺はダメ元で言ってみた。


「あのぉ、今のままでの撮影はダメ、ですか?」

「ダメに決まってるでしょ。品行方正を大きく掲げた伝統ある学び舎のパンフの表紙に、金髪、ピアス、ミニスカじゃあストライキかってなるじゃない」

「そう、ですよねえ……」


 少し口ごもる俺に、両手を組み机に肘を突いた会長が鋭く見てくる。


「ねえ、もしかしてキミ……橘さんのこと気に入ってる、とかじゃないよね?」

「ま、まさかそんなっ。違いますよ! あんな恰好、けしからんです、はい」

「だったらいいんだけど。あんまり深入りしない方がいいよ? あの子、何か妙だから」

「妙? と言いますと?」


 聞かれてはマズいのか、クイクイと人差し指を遊ばせて呼んでくる会長。

 近づくと小さな声で呟いた。


「キミ、変だと思わないかい? 教師陣の対応に」


 確かにそれは感じていた。

 生徒たちからは非難轟々ごうごうだというのに、規律を重んじる本学の指導者たちからはお叱りどころか見向きもされていない。完全に放置されていた。橘問題からわざと目を背けているかのように。


「それは分かります」

「生徒会よりも教員たちが動けば一発で解決するのに……」

「手を出せない理由がある、とか?」

「とある筋からは理事長の愛人説なんてことを聞いたよ」

「愛人!? まさかそんな」

「僕も信じてないよ、ただの噂。でも男からは絶大な人気があるのは事実だから」


 下を向いて考える。

 俺みたいなモブ眼鏡にすんなりあんなことをさせてしまうのならあり得るかもしれない、と。

 あんな装いだが、実は中身は天使なんじゃないかなんて思っていた俺が甘かったかもしれない。


「とにかくさ、ちょうど来週からゴールデンウィークだから、できればそれまでに決着つけてくれるかい?」

「善処します」


 失礼しましたと言葉と一礼を添えて部屋を出た。

 少し重い足を引きずりながらお仕置き部屋へ向かった。




 その中では何も知らない橘がピコピコと遊んでいる。


「あぁ委員長、って暗っ!? どしたの?」


 黙って扉を閉めて、長机に鞄を置いた。


「会長から急かされてな、橘問題の解決を」

「そう……。じゃあ染めよっか?」

「いや止めてくれ。俺はそれがいいんだ」

「けど怒られるんでしょ?」


 返事が出来ない。

 一体どうしたら、と思った時、愛人説を思いだした。


「なあ、理事長と知り合い、とかじゃないよな?」

「あー、入学する前に一回だけ会ったかな。母と一緒に」


 なんだ、それなら愛人じゃないなと安心したが、入学前に親とともに理事長と会うなんて普通じゃない。

 普通の生徒は入学式で挨拶をする理事長を遠くから初めて目にするだけだ。


「それはどういう?」

「姉絡みです」

「この前言ってた姉のことか?」

「そう。今の生徒会長や風紀委員長は知らないだろうけど、三年前、この学園で橘は有名人だったのです」

「その姉が有名人だった、と?」


 とても素っ気なくゲームをプレイし続けながら話を続ける橘。


「本学園始まって以来の天才、第七十二代生徒会長です」

「ホントなのか!?」

「ホント。つーか、生徒たちの間でも結構有名だよ? あー、あの子天才姉の妹だ。大違ーいって」

「知らなかった……。あれだけ毎日校内を駆けずり回っていたのに」

「みんな、コソコソっとしか話さないしね。教員に目付けられないように」


 何となく教員たちが橘問題を無視する理由がわかった。妹を罰して姉の燦然さんぜんと輝く名誉に傷がつくといけないからだろう。


「そんなの気にするな。勉強なら俺が教えてやるから」

「失礼なっ! 大違いは見た目の話だから。わたしが目をつぶってもらってるのは姉絡みでもあるけど、学力面でもあるんだから」

「え!? 橘、もしかして……勉強できる、のか?」

「人を何だと思ってんのよ!」

「ちょっとドジなエロ神様」

「なにそれ!?」


 あまりの驚きにゲーム機をぱたんと置く橘。

 だが、突然エロ神様は降臨する。


「じゃあさ、勝負しようよ」

「勝負……っ?」


 嫌な予感しかしない俺は唾をのむ。


「委員長、勉強自信あるんでしょ?」

「まあな、一年の時はクラスで一位だった」

「そっかそっか。ならさ、この前の全国模試の順位って覚えてる? 偏差値とかも」

「あぁ、一年の最後に受けたヤツだろ? 覚えてるが」


 椅子から立ち上がって近づいてくる橘。

 顔のすぐ傍で言ってくる。


「じゃあさ、どっちが上か勝負ね? 負けた方は勝った方の言うこと一つだけなんでも聞くこと」

「何でも!?」

「ねえ、なんでそこが元気になんの?」

「ち、違うっ。これは勝負を前にしてたかぶっているんだ!」

「ぷ、ふふふ、うまいこと言うね」


 手で口を押さえて橘が笑っていた。


「いいだろう。やろうじゃないか」


 あの時の順位はなかなか良かったはずだ。

 負けるはずない……よな?


「それじゃあ、わたしから言っちゃおっかなー。一応言っとくけど、わたしも姉の血が濃く混じってますから」


 その言葉を聞いてヤバいと思った。

 類を見ないほどの天才だった姉の血。

 とてつもなく嫌な予感がして提案してみる。


「あのぉ、キャンセルは……」

「わたしからの果たし状はノークレームノーリターンです」

「く……っ」

「えーっと、確かねー」


 そろそろ来るだろう順位発表に、俺の心臓は火花を上げそうだった。


「三十七位だったかな。偏差値七十五?」

「はあ!? なんだその化け物じみた順位は! 五万人強の中でだぞ?」

「姉は常一位だったんで劣化ちゃんです」

「つ、常一位……だと。頭、おか……しい」


 白目をむきそうな中、目に入る橘が歩を進めてくる。


「さあさあ小次郎さん? お宅の番ですぜ?」


 クソッたれ。なんてハレンチで美しい宮本武蔵だ。


「ご、五百八十だ」

「あ、でも思ったより上だね。変人一族にあらがってくるとは」

「一族って親もなのか?」

「父は教授、母は医師にございまーす。姉は現在、某大学で変な薬を作ってます」


 変な薬ってことは化学部か薬学部なのだろう。

 それにしても化け物家族だな。


「すごいな。こんな俺じゃあ勝てないわけだ」

「まあまあ、そんな悲観なさらず。ところで委員長、何か忘れてない?」

「さあ、今日はもう帰るぞ」


 何食わぬ顔で椅子から立ち、鞄を手にする。


「ちょい待てーーーい! お願いひとつ、叶えてプリーーーズ!」

「…………言ってみろ」


 少ししおらしい顔をして、自分のおっぱいを指差す橘。


「もっかい舐めて?」

「はあ!? できるかっ」

「この前やったじゃん!」

「あの時の俺はどうかしていたんだ。理性を失った変態仮面が憑依していたんだろう」


 腕を組んで目を瞑っていると沈黙が支配する。

 気になって少しだけ目を開けてみると、


「……じゃあ、もっかい憑依してくださいな?」


 ああああああ! 可愛いぃぃぃぃいいいいい!


 上目遣いにそう言った橘に撃沈した。

 渋々OKして、おっぱいに近づいていく。

 いや本当のことを言おう。渋々じゃない、嬉しくて仕方がない。

 大好物、いただきます!


「ああぁっ! もうちょっとゆっくり」

「もう憑依したから無理だ」

「なん……かさ、こうされてると……落ち着く……んだよね。これが母性ってヤツ?」


 母性という言葉に反応して少しだけ中央に寄っていく俺の舌。


「いや、ち、ちょっとヤバいって。お願いだから先っぽは見ないで。恥ずかしいから」


 耳には届いていても勝手に動く舌。

 いつもはふにゃふにゃしている癖に俺の舌はブラを押しのけるほどの力を発揮していた。


「き、聞いてってば! ストップ!」


 少し色の違う肌に差し掛かろうとした時、橘の手が阻止してきた。

 先っぽを見ることはできなかった。

 橘の先っぽは何色なんだろうか。


「ズルいぞ、自分から誘っておきながら」

「いや、先っぽ舐めてなんて言ってないから! 流石にここは……っ」

「でも橘、お前は劣化ちゃんなんかじゃない。姉以上だ」

「姉のこと見たことないじゃん」

「なくても決まってる。お前が俺の中での頂点だ」

「――ッ!」


 腹を抱えるように下を向く橘。

 白い制服の背中と、さらりと流れ落ちる艶やかな金髪が印象的だった。


「……宮本武蔵、敗れたり」

「敗れるのは佐々木小次郎の方だっ!」


 俺がツッコんだあとも宮本武蔵は腹を押さえていた。

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