7.むしろ今すぐ滅ぼしてほしいです
仕事をはじめて六日目。業務にはすこしずつ慣れてきた。でも、まだまだ安定した収入を得るには、ほど遠い。テスト決済までさせてもらえる割合、もっと上げてかないとな。
今日まわる予定の店は、あちこちにバラけているので、本部の車をお借りすることにした。車でまわれば、効率もよくなるはず。
午前中に四店舗まわって、テスト決済までお願いできたのは、一件だけ。次の訪問先に期待、かな……。
「あっ!」
前の車の急ブレーキ。考えごとをしてたから反応が遅れて、ヒヤッとした。ここ数年、ほとんど運転してなかったもんなぁ。気をつけないと。
◇
パッとしない店だった。幹線道路の角に建っているのに、ほとんど客が来る様子もない。最寄のコンビニは五百メートルも離れていないので、わざわざこの店を選ぶ客はすくなそうだ。
おじいさんの店主が、ニコニコしながら出迎えてくれる。断られるだろうな、と内心思いながら、いつもどおりの説明をすると、意外にもあっさりとテスト決済を引き受けてくれた。
「ありがとうございます。では、早速はじめさせていただきますね」
しばらくの間、店主が「うんうん」「はあ、なるほど」などと相づちを打ちながら聞いていると思ったら、すうっと、ワタシの真後ろに立った。私がゴルゴ13だったら、殴り飛ばされるところだぞ――
「
至近距離でそう言われたときは、マジで手が出そうになった。でも、その声の感じが、元夫の声とオーバーラップして、体がフリーズしてしまう。もう忘れたと思ったのに、こんなにあっさり記憶がよみがえるなんて……。
「匂いの話、一ミリもしてねえよな?」
腹の底から絞り出すように吐いたのが、そんな言葉だった。店主とは目も合わせずに最速で撤収して、速足のまま車に戻る。
全身を震わせて、ハンドルに突っ伏し、声も立てず涙を流した。周囲に人通りのすくないのが、せめてもの救いだった。
◇
事務所に直帰して、業務内容とあわせて先ほどの経緯を報告した。そして、仕事を辞めることを伝えた。セクハラ程度で辞めたりはしないと思っていたけど、DVのフラッシュバックが起こるなら話は別だ。とてもじゃないけど、それは耐えられない。
◇
「おつかれさん」
ただいまも言わずに帰宅したワタシを、神さまがいつものように出迎える。一瞬だけ、こちらに目を向けると、そのまま
「見つかったの、善人?」
ワタシは、神さまに尋ねた。
「見つかっとったら、とっとと帰っとるわ」
「もうすぐ十日経つじゃん」
「せやな」
優那のお絵描きを眺めたまま、神さまは、やれやれという感じで肩をすくめた。
「いつまでそんな茶番を続ける気?」
神さまが、ゆっくりとこちらに向きなおる。「どういう意味だ」とでも言いたげな目で、まっすぐワタシを見つめた。
なによ。考えてることわかるんでしょう?
「見つかるわけないじゃん! 待つだけムダでしょ? 人間なんて、できそこないの生き物造ったの、アンタなんでしょ? 善人なんて現れないこと、最初からわかってるんでしょ! だったら……だったら、今すぐ滅ぼせよ! 人間を、自分のヒマつぶしのオモチャにすんなよ!」
大声を出すと、優那はいつも泣き出す。でも、今日は驚きのほうが大きいのか、なにごとかとワタシの顔をじっと見ている。神さまは、優那の頭をそっと撫でて、立ち上がった。
「まあ、メグミちゃんの言うとおりかもしれへんな」
神さまが、独り言のようにつぶやく。
「せやけどな、一つだけ、重大な思い違いをしとる。言うたやろ、ワイは人間に自由を与えてしもた。もうとっくに、ワイの手は離れとるんや」
「どこ行くの?」
「帰る」
その言葉どおり、神さまは部屋を出ていこうとする。
「まだ十日経ってないじゃん」
「待つのはムダや言うたの、メグミちゃんやで」
妙にお行儀よい仕草で靴をはき終えると、神さまはドアノブに手をかけた。
「あ、そうや。なんか郵便届いとったで」
そう言って、神さまはワタシに市から届いた封筒を手渡す。空席待ちをしている保育園関連の通知だ。
「短い間やけど、世話になった。達者でな。まあ、世界が滅びひんかったらの話やけど」
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