第4話 命題:愛は奇跡を起こすのか

「二百年という時間が人類にもたらしたものは、平和への慣れでした。


 人々は当然ながら『静謐の時代』に起こった大災厄と、それがもたらした被害のことを語り継ぎました。


 けれどそれは、もう、多くの人にとって『昔、あったと言われていること』になっていたのです。


 体感は言い伝えになり、言い伝えは物語へと成り下がりました。


 災厄の物語は馴染み深いものとなり、いつしか人々はそこにあった災厄という脅威ではなく、それに立ち向かったきらびやかな英雄たちの活躍にばかり、耳目じもくを奪われるようになっていったのです。


 とある農村に発生した『次のあなた』もまた、そういった英雄譚に憧れる普通の子供として過ごし、田舎暮らしの窮屈さを嫌って都会に飛び出す普通の若者へと成長しました。


 とはいえ、その時代に待ち受けていたのは二百年前の事後処理ばかり……


 ようするに前災厄……第一災厄が発生させた『迷宮』と、世界にはびこる『魔物』の退治……

 いわゆる『冒険者』の活動のみが、唯一、英雄を夢見る農村出身のただの若者にとって、夢へと続くきざはしに思われるもの、だったようでした。


 その時の私は、あなたの魂が転生し、無謀な夢を見て分不相応な活躍をしようとするのを、ただ黙って見ているしかなかったのです。


 なにせ、その当時の私は、もはや目を開けているのがやっとというありさまで、すでに死に絶えようとしていたのですから、あなたに対してできることといえば、遠くで若者のいきり・・・を嘲笑するより他になかったのです」



 気になることがいくつかあった。


 たとえばそれは『死に絶えかけていたはずのお前が、こうして現代に生きているのはなぜか』という重要なものもあった。


 でも、なんというか、ちょっとそのへんはおいておいて……


 俺への当たりが、やけにきつくないですか?



「当時のあなたのことを語るその時、私がついついきつい言葉を選んでしまうのは、仕方のない理由があるのです。


 なにせその時のあなたは、竜に愛をささやいたことも忘れ、他の女と添い遂げたのですから。


 あなたは一生涯、私のことを思い出しませんでした。


 少々ばかり表現に悪意が混じってしまうのは、しかたのないことだと受け入れていただくしかありません」



 半分以上他人事感があるので、『そんなこと言われても……』って感じではあったが、それでもとりあえず謝ってしまうのが、俺の性分なのだった。


 というか、まあ。


 話を聞いているうちに、だんだん、記憶が蘇ってきている。


 たしかにそれは、はるかはるか大昔の、自分の記憶なのだった。

 彼女の語る『農村生まれの、英雄を目指して、のちに冒険者となった俺』は、伝聞ではなく、体感としての色濃さを取り戻しつつあった。


 たしかにその当時の俺は一生涯【静謐】のことを思い出さなかった。


 もちろん、始祖竜オリジンというものの存在は一般知識として知っていて、当時いまが【躍動】と呼ばれるものの時代で、その前には【静謐】というものがいたというのは、知っていた。


 当時大陸で広く信じられていたのは、竜を祀る宗教だったのだ。


 だから七柱の始祖竜がいて、それが順繰りに眠り、目覚め、人類を見守り、時に姿を現し、時に人を助け、時に人を罰するということを、知っていた。


 その始祖竜の中に【静謐】という存在がいて、それがどういった活動をしたのかも神話の一つとして聞いていたのだが……


 びっくりするほど、なんも思い出さなかったね。



「あなたが証明したように、愛の力で奇跡は起こらないのです」



 ごめんて。



「……まあ、意地悪をしてしまいましたが、半分ぐらいは、私の落ち度ですから、このぐらいにしておきましょう。


 ただ、悔しかったし、悲しかったという気持ちを、少しでもわかってもらえたらと、それだけの話です。


 それはそれとして、愛の力で奇跡は起こらないのです。


 私にとってでさえ、『胸のすくような』とはとても言えない、あなたと、あなたの恋人と、それから……【躍動】の関係性は、けっきょく、すべて、そういうことだったのでしょう」

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