第3話 むかしむかし1
「引き受けた『災厄の呪い』は、私の見込みをはるかに超えて、私の身を蝕みました。
世界そのものである
正直に告白すれば、私はあなたが引き受けた『災厄』というものを侮っていたのでした。
もちろん、感覚として、『災厄』が『触れるどころか目にするだけで始祖竜の存在を蝕むほどのもの』というのは充分に理解していたのです。
けれど私は始祖竜の
なによりあなたがその身で抑え込んだ段階で、私は『災厄』に対する
その結果、私を『自分の祝福を与えるために、あなたの呪いを引き受ける』という愚行に走らせたのでした」
つまり、『まあ、いけるだろ』ととてつもなく軽く考えていたら、全然いけなくて、大変な目に遭った、ということらしかった。
なんだろう、俺はこれを面白エピソードとして聞けばいいのか、『やはり災厄は、あの始祖竜をして抑えきれぬものだったのだ』とかつて我が身に宿したものにおののけばいいのか、判断に困る。
とりあえず【静謐】が反省めいたことを口にする姿など、彼女が竜だったころには考えられなかったので、じっくりながめて、拝んでおいた。
「……なんですか」
続きをどうぞ。
「……『災厄の呪い』はすさまじい速度で私を蝕み、権能を奪っていきました。
このままでは、あなたが生まれ変わるまで生きていることができないほど、私はおとろえていったのです。
だから私は、他の始祖竜に助力を乞わねばなりませんでした。
そうして、私の次に目覚めることになっている始祖竜……
ああ、覚えていますか? 始祖竜というのは、順繰り目覚めて、世界を見守る存在なのです。
時代をその時に目覚めている始祖竜の名で表す文化もありましたね。
すなわち、世界を
あなたの亡くなったすぐあとには、『躍動の時代』が来たのです。
本来であれば、私は眠り、【躍動】にあとを託す予定だったのですが、前述のように予定外のトラブルが発生して助力を乞わねばならなくなったので、がんばって起きていて、【躍動】と接触することにしたのです」
……始祖竜の目覚めと眠りについては、大いなる法則というのか、それこそ始祖竜さえも取り巻く大きな世界の法則のようなものだと思うのだが……
それ、がんばった程度で抗えるものなの?
「長女が二歳になって、長男が生まれたばかりの、あのことぐらいのがんばりでした」
乳児と二歳児を同時に抱えた家庭は日常が戦争そのものであり、家庭内で起こる事件ひとつひとつにいちいち体力のすべてを持っていかれて、しかもそれは一日に数回起こる。
もちろん事件が起きようがなんだろうが乳児は寝るし泣くしウンコするし、その様子はつぶさに観察していないといけない。
これが決まった時間に起きて決まった時間に寝てくれるならまだいいのだが、当然ながらそんな行儀のいい乳幼児がありえるはずもなく、我々親は片時も目を離せない荒ぶる神を二柱も抱えて、常にその機嫌を気にしていなければならなかった。
疲れ果てているが眠る時間もないという生活が、おおよそ二年続いたわけである。
なるほど理解した。
きついし、話を聞くだに『無理』って感じだが、がんばってるうちになんだかできてしまった、みたいなことなのだろう。
「まあ、二度とやりたくないですよね……」
そうだね。
だから次女は、だいぶ反省を活かした時期に生まれることになったのだった。
「ともあれ、がんばって起きて、【躍動】に助力を求めたのです。
そうして私は、予想もしていなかったもう一つの問題にぶち当たることになりました。
すなわち……
私の権能では、あなたに『記憶を維持したままの転生』をさせられない、ということです」
は?
「そもそも【静謐】の権能で転生というのは、どうにも結びつきませんね?」
待ってください。
じゃあ、なぜ、こう、生まれ変わったあとについての約束とかなさったのでしょう?
あの時にお前が俺から災厄の呪いを引き受けて、空いた場所にお前の
「いえ、その、まあ。
できると思ってたんですよ。
結果的に、できなかったというだけで。
ほら、できないことがなかったもので。なんでもかんでも『まあ、私ならいけるだろう』という余談が……油断が……ね?
結論から言えば、私にできたのは、あなたの魂の保護……多くの死者の魂とともに『生命の炉』にくべられ、鋳つぶされ、個性を消されて新しく『無垢なる魂』として
その魂が再び肉体を得るというのは、ちょっとばかり、私の権能を超えていたのです。
そのことを【躍動】に指摘され、『それもそうだな』と思ったので、私は彼女に助力を求めました。
誕生とか再生とかは、どちらかと言えば彼女の領分ですから。
そうしてあなたは記憶を維持したまま……当時は本当に『維持する』だけでしたが……転生することが可能になり、ほどなくして、新しい命として産まれたのです。
むかしむかし、あるところで━━
始祖竜が一柱【躍動】が、死ぬことになった時代のことです」
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