第9話 「たてつく生徒を拾う教師」

「教師の思い出」6(中学生編)

T先生


中学2年の担任は新卒で着任したT先生だ。


この先生との思い出は2つある。1つは自分の後の人生に多大な影響を与えた。


 私は中学に入学し、小学校の自由きままな雰囲気から一変して、校則がある、同じ制服を着て、決まった髪型を強制される、みんながみんな同じで無ければいけないと、強要されるような「画一化教育」に気付いてしまい、たちまち萎縮した。


 私がしかし何より、何にショックを受けたかと言えば、正しい事を語るのが教師だと、小学校時代にピンタする教師にさえ、思っていたのに、明らかに教師が誤った指導をしていることに衝撃を受けた。悲しかった。



 ただ萎縮しながら、なぜか猛烈に一方で反発もしはじめた。


また、中学2年春にに大変な人生の転機が起きていた。たくさんの検査入院の後に確定診断されたが慢性腎臓病になったのだ。


 多感な思春期に一気に複雑な挫折やら、価値観が揺れ動いていた。まず腎臓病により、生き生き活動していた陸上部を「激しい運動はだめ」という理由で退部した。



 僕は登校拒否気味になりはじめる。


意欲を失ったからなのかよくわからない。休みもしたし、だいたい毎日遅刻。


意味不明に3時間目とかひどいと6時間目にやっと登校していた。


 周りの目が気にならない訳もないのだが、なぜかそんな生活だった。


友人にれいくんは給食を食べに来てんじゃないの?と言われたりしたが確かには給食は好きだったから一理ある。


 そんな時の担任がT先生だった。


萎縮し、登校拒否気味かつ、学校に反発感を感じる、というアンバランスな心境のなか「校則について」という作文を僕は書いた。


 自信なんかまるでない。


しかしT 先生が独断で、私の作文を校内意見発表会のクラス代表に選んだ。



びっくりした。



作文の主旨は真っ向からの学校、校則、教師への批判である。


学校にたてついているのに教師が自分達にたてついてる子供を拾い上げたからだ。


 意見発表会で全校生徒の目の前に立った時に僕は足が震え声が震えていた。


作文で僕は(細かい内容忘れた)


教育の場は、人間として必要な優しさなど本当に大事な事を教える場である。


学校は刑務所でもないし、生徒は囚人ではない。


人間は、言われるがままに、言われた事を受け入れなければいけない必要はなく、自分は自分と言い切れる事が、いまの社会や私達に必要ではないか、という主旨だった。


あまり沢山の人が受け入れたとは思わなかったけど、あとで給食室の前を通りかかった時に


Fさんが「れいくんありがとう。私も言いたかった事を言ってくれたから」


僕はその時に自分がやったことは良かったんだなと初めて自信を持って自分を受け入れた。


自己肯定感が芽生え始めた瞬間だった。



T先生の気概に感謝しかない。



ただ、僕はいまいち馬鹿な奴だったのが、そんなT先生にさえ、不器用にしか接しられなかったエピソードがある。



 僕は先生は素晴らしいと感じていた。



しかし若いが故に謙虚で強くは生徒を規律しない。


ゆえにクラスのみんながかなり甘く見て授業を真剣に聞いていなかった。



 僕はみんなが不真面目なのを悟ると真逆に先生の授業を真剣に聞くようになった。



これが私特有のモチベーションなのだ。


正しい人に正しく接する誠意を見せないといけないみたいな、クラスのみんなに、いけないよと発信したいモチベーションみたいな?



 俄然、勉強を始めた僕は国語で最高得点をとった。


しかしこれは僕が決して頭が良かったのではなく単に周りが先生を甘く見て、勉強に身が入ってなかったからだ。


実際、点数は68点くらいなのにトップだったんだから。


 しかしここからが本題だ。


先生が、テストの答え合わせ解説をしていく中で、僕は、納得いかない解説に当たってしまう。


私の回答の文意と先生の答えは同じように見えるのに、不正解✕をつけられた事がどうしても納得いかない。



私は先生に挙手をして「説明に納得ができません」それもアホかと言うくらいに食い下がった。


何回も何回も。


クラスは沸き立ち周りも先生に反発しはじめる。


収集がつなかくなり先生はかなり困っていた。


 僕はT先生が大好きなのに、アンバランスに真逆のことをしてしまう、全く配慮ができない一方でたまらなくバカ野郎だった。


ただ真剣に取り組んだがゆえにである。 


 あともう一ついうなら国語は数学見たくはっきり正解がない。


数学は数字だから間違えば明白だが、国語の言葉は解釈次第で正解にも不正解にもなる。



だからかなり本質な話になるが、例えば小説で筆者が言いたいことを1〜5から選びなさい。


という設問は実は正解がない。



正解は「筆者に直に聞いてみないとわからない」が正解だ。



 結論です。


T先生は私の自我の芽生えを育ててくれた貴重な恩師だ。


しかし私が馬鹿野郎なのでうまく愛情表現を恩返しできなかった苦い思い出の恩師です。


T先生ごめんなさい。


ただT先生はそれもわかっていたと思う。本当にありがとうございました😭






また本題でないがこの時にクラスに、後に交通事故で亡くなるゆうごろう君がいた。


「れいくんは面白いな。うける」ゆうごろう君がいつも笑って優しく僕を見つめていた。


だからゆうごろう君と後に接点が無いが僕の頭には今もゆうごろう君の笑顔が焼き付いているのだ。 



田中先生ありがとう。また必ずお会いしたいです。ゆうごろうくんありがとう。僕は、君を忘れない。

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