第92話 配信 緊急配信
慌ただしいことというのは、どうしてこうも重ねて起こるのだろうか。
顔合わせが終わり、少しSFOの方でやることやってくると言い残したネイカを置いて現実へと帰ってきた俺は、すぐさま就寝の準備を整えて寝ようと思っていた。そしていざベッドに入り後は眠るだけというところで、突然ドタバタと音を立てながら寧衣が俺の部屋へと突入してきたのだ。
「お兄ちゃんちょっと!寝てる場合じゃないよ!」
「…………いったい何なんだよ。明日も朝早いんだろ?」
「だから!それどころじゃないの!ちょっとログインして!配信もつけるから!」
「…………すぐ終わるのか?」
寧衣の様子から諦めさせるのは無理だと判断した俺は、ささやかな抵抗として「早く終われよ」という圧を込めてその言葉を送った。しかし寧衣から帰ってきた返事は、俺の予想を裏切るものだった。
「んー…………キャビーと色々話し合う予定だから、わからないかな」
「キャビーと?」
キャビーといえば、まさに今日会ってきたばかりだ。SFO内の時間は現実とリンクしているので、時間的には向こうも真夜中。そんな時間に緊急の要件とは、確かに寝ている場合ではないという寧衣の言い分も真っ当だ。
「とにかくログインして!わかった?」
「はいはい、わかりましたよ」
とはいえ寧衣のハイテンションにはついていけないので、あしらうようにそう返事をしたのだった。
「みんな緊急!ちょっとこんな時間だけど配信するよ!ほらお兄ちゃんも挨拶して!」
「ん?ああ…………おはようございます?」
『お』
『何があったんですか』
『www』
『帝国がヤバいと聞いて』
『寝てたんか』
『おはようございます(0時)』
ネイカも直前だがSNSで告知をしたようで、こんな時間だというのにかなりの数が配信を見に来ていた。
しかし、その反面コメントの流れは普段よりも落ち着いている。ちらほらと見られる普段はあまり見ないようなコメントの多さからしても、ネイカがどんな告知をしたのかはわからないが、ネイカの発信する情報を見に来たという人が多いということがうかがえた。
そんなことを考えながら、なんとか睡眠モードに入ろうとしていた脳みそを叩き起こす。そのついでに、俺に対して流れてくるコメントへの返答で口も動かすことにした。
「寝てたというよりは、寝ようとしてたって感じだな…………予定では明日も朝早かったし」
『明日は予定通りなん?』
『寝たい』
『眠い』
「さすがにズラすんじゃないか?明日は夜にして明後日朝とか」
「いや、明日は予定通りだよ!」
「…………まあそうだよな」
『嫌そうwww』
『寝かしてくれ』
『頼むからもうちょっと寝てくれ。死ぬぞ』
いくらなんでもハードすぎるだろう。
とはいえ、ネイカの気持ちもわからなくはない。一言でリスナーと言っても一人一人違う人生を送っているので、当然生活リズムも様々なものがある。というわけで、今回のイベントに色々な人が参加できるようにするために、俺たちは事前にイベントをやる時間を決めているのだ。例えば今日は昼頃暇な人向けに昼に開催したし、明日は朝方暇な人向けに朝に開催する予定となっている。
「まあ一日くらい無理しても大丈夫だって!」
「毎日の間違いだろ」
「いやいや、五時間も寝れば十分でしょ?今日はちょっと足りなくなるかもだけど」
「リスナーの中にお医者様はいませんかー?」
『一日八時間は寝ましょう』
『最低六時間。連日で六時間はダメ』
『寿命削りすぎ』
『まあ個人差はあるけど、五時間はちょっと』
ネイカのとんでも発言に、批難や心配のコメントが集う。
しかしネイカはそれを気にする様子もなく、バッサリと切り捨てた。
「はい!お兄ちゃんももう目が覚めたでしょ?本題行くよ!」
有無を言わせぬ口調でそう切り出したネイカは、配信の画面にとあるメッセージを表示させた。
『緊急で手を貸してほしいのにゃ!詳しい事情は会って話したいんにゃけど、早いうちに合えないかにゃ?待てて明日の朝までらしいにゃ。今どこにいるのかにゃ?』
もちろん、このメッセージの送り主はキャビーだ。
ネイカはこの画面を表示させてリスナーに読む時間を与えると、しばらくしてその後の流れを説明し始めた。
「で、今クルルの街にいるって伝えたら、すぐ向かうけど小競り合いが増えてきてるから街に入るわけにはいかないってことでアリーの森で落ち合うことになったんだよね」
「だからこんなとこまで連れてこられたのか」
『なんで森にいるのかは疑問だった』
『なるほどね』
「それで、すぐ着くって言ってたからもう少しで来るとは思うんだけど…………」
「お待たせにゃー!」
「あ、噂をすれば」
『なんとやら』
『早くね?』
『てかマルナ領に入るのは造作もないんだな』
そもそもNPCが国境という概念をどう理解しているのかは不明だが、国境と言っても壁や門が設置されているわけでもないので、そういったところはルーズなのかもしれない。そもそも街の外にはモンスターが蔓延っており統治が行われているわけでもないので、このアリーの森も、プレイヤーにわかりやすくするために『アリーの森はマルナ王国の領土』と運営が言っているだけという可能性も考えられる。マルナ王国がこのアリーの森で何かしらの事業を展開しているなら話は別だが、少なくとも俺が見た限りでは人の手が加えられていないただの森だった。
そんなアリーの森の中でキャビーと落ち合った俺たちは、その緊急の件とやらを聞くところから話を始めるのだった。
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