第74話 アイリの正体


「おつかれー。これが九日間って考えると、中々ハードだね」


 イベント初日とその後の通常配信を終えてから、現実に寝に戻ってきた俺と寧衣は、雨野さんの料理を食べながら今日の感想を言い合っていた。

 イベントの方は少し問題点も浮き出てきたが、概ね成功と言える結果だった。俺は見ていないが配信の方もかなり盛り上がったようで、次は参加したいという声もかなり多かったそうだ。

 逆に問題点と言えば、二回以上参加できないようにする処理が大変なのと、せっかくならネイカと同じチームが良かったという声が多いことだろうか。しかしこれはイベントの仕様上仕方のないことなので、俺たちにはどうすることもできない。あとこれもイベントの仕様上の話だが、スキルテイカーを探す難易度が高いということも問題点だろうか。俺たちみたいに派手に動けばバレるリスクも高いが、遠距離攻撃の手段もある以上混戦時に発動させてしまえば誰がイベントスキルを使ったかなどわかるはずもないのだ。それに、スキルテイカー以外がやることも少ない。まあその辺の話は、不満が多ければ運営が動くだろう。


 そんな意見を言い合っていたところで、ふと寧衣がニヤけた顔を俺に向けてきた。


「でも、お兄ちゃんも隅に置けないねえ。あの後あのアイリって子とフレンド登録してたみたいじゃん?」

「隅にってな……別に、それを言うならケイオスとブラウとも交換したっつーの。なんでアイリだけとりあげるんだよ」

「別にー?特に意味はありませんけ……って、そういえばあのスキルって結局何だったの?」


 弄りモードで俺に絡んでいた寧衣だったが、突然真顔に戻ってそんなことを聞いてきた。

 俺はそのオンオフに若干呆れながらも、あの後アイリから聞いた話をそのまま寧衣に流す。


「あれは『聖盾』っていうスキルで、行動妨害系の影響を一度だけ無効化できるスキルらしい。ただクールタイムが長いのと、ちょっとした妨害にもすぐ反応して消費されちゃうから、使い勝手はあまり良くないって言ってたな。逆に便利な点は、発動が早いから咄嗟の対応ができるとこだと」

「ふむふむ……」


 寧衣でも知らないスキルとなると、アイリも相当やり込んで手に入れたスキルということなのだろう。

 そもそもまだ序盤だから仕方のないことだが、サポート系のスキルはあまり解析されていない。SFOでは結局攻撃スキルがないと何も倒せないし、スキルポイントを稼ぐために実績を解除しようとすれば、さらに強力な攻撃スキルが必要となり……といった具合で、基本的には誰もが攻撃手段となるスキルを強化せざるを得ない状況だからだ。

 そんな状況下で、アイリは純粋なヒーラーだと言っていた。つまりアイリは常にだれかと一緒にプレイしているということであり、その中でも役割をしっかり分担している辺り、相当気合のあるプレイヤーなのだろう。今日のイベント配信にアイリ一人で参加していたのか、それともお仲間と参加していたのかは不明だが、彼女は現状のSFOにおいてとても貴重なプレイヤーということは間違いなかった。


「しっかしヒーラーかー。不遇職でしかもSFOじゃ扱いまで酷いっていうのに、よくやるよねー」

「そうなのか?まあSFOじゃ不遇って感じはするが」

「そうだよ!ヒーラーの場合の不遇は弱いって意味じゃなくて、つまらないって意味だけどね。せっかくVRで身体動かして戦えるのに、ヒーラーなんて爽快感ないじゃん?」

「ああ、そういう……」


 たしかにそれもそうだ。なんて、俺の口から言えたことではないが。


「でも、MMOにはヒーラーが必須って言うのもまた然りなんだよね。というわけで、お兄ちゃんあのアイリって子のことちゃんと捕まえといてね」

「いやいや、不遇とはいえお前が声掛ければいくらでも集まるだろ?」

「そうだけど、あの子配信的にもウケてたからさ。可愛いし」

「ウケてたって……ああ、寧衣ともちょっと絡んでたな」


 ちょっとと言っても本当にほんの一瞬だが。おそらく、あの時のアイリの行動がリスナー的には盛り上がれるポイントだったのだろう。イベントの間だけだがアイリと関わっていた感じ、彼女にはエンターテイナーの気質もありそうだったし。


「というか、あのイベントに参加してたってことはネイカのファンってことだろ?お前が声掛けた方が、話が早いだろ」

「私ID知らないしー」

「じゃあ教えるから」

「もー。なんで頑ななの?」


 なんでって……妹のファンの子に手を出してるみたいで気が引けるからだろうが。完全に事案なんだよ状況が。

 なんて言えるはずもないことを思っていると、寧衣が俺のそんな表情を見て笑いをこぼした。


「っぷ。お兄ちゃん、凄い顔してるよ?」

「うるせ」

「ふふ……っていうか、お兄ちゃんホントに知らないんだね」

「知らない?何が」

「ほら……あの子、場を回すのとか上手くなかった?」


 あの子というのは、間違いなくアイリのことだろう。

 確かにそう言われてみれば、さり気なく意見を纏めていたり、陽気に場を盛り上げていたような……


「あの子、結構有名な配信者の人だよ。愛理ちゃんねるっていう」

「……マジか。でも、たしかに場慣れしてたような……あれ、でもあの時初対面っぽく振舞ってなかったか?」

「そりゃあ実際に絡んだことはないしー。むしろ、私のこと知ってくれてたんだって感じだよ」

「へえ……そんなこともあるんだな」


 奇遇……ってわけではないか。向こうがこっちの配信に意図的に飛び込んできたわけだし。というか、同業者だったならそりゃ配信も盛り上がりますわな。

 しかし、そうなってくるとアイリがネイカの配信に飛び込んできた意図というのは……


「ま、私の方から声掛けてみるよ。あの子が来た時のコメントも結構友好的だったし」

「そうだな。俺もアイリならいいと思う」


 ひょんなことから仲間候補が一人誕生して、イベント初日は幕を閉じたのだった。


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