第26話 騒乱の幕開け


「お兄ちゃん!!起きて!!」


 翌朝六時ごろ。ぐっすりと眠る俺の意識をぶん殴るように、寧衣の声が家中に響き渡った。

 機能は結局雨野さんと色々話しているうちに二時ごろになってしまっていたので、就寝したのもそのくらいの時間だ。四時間も眠れずに叩き起こされた俺の脳は、石のように固まっていた。


「なんだよ、うるさいな……」

「寝てる場合じゃないから!これ見て!」


 寧衣が寝ぼけ眼の俺に押し付けてきたのは、とある掲示板のページを開いた携帯端末の画面だった。


「んぅ……なんだこれ?」

「SFOの掲示板!読んで!」


 ぐいぐいと押し付けてくる寧衣のスマホを受け取ると、俺は動きたくないと拒否する脳みそを無理矢理稼働させた。


「……騒乱?」

「そう!インするよ!」

「いやいや、ちょっと待てって」


 本来の予定では、今日は昼過ぎから配信だったはずだ。俺もそれまではしっかり寝る予定だったし、今から始めると絶対に途中でダウンしてしまう。

 寧衣の気持ちもわからなくはないが、はいそうですかというわけにはいかない。


「一旦落ち着け。どうせ大ごとになるなら、すぐ収まったりしないだろ」

「でも、見逃せないよ!」

「何日も続くなら全部は見れないし、一日で終わるくらいなら大した事件でもなかったってことだろ」

「でも見れるだけ見たいよ!」

「それなら今は寝るべきだろ。すぐに体調崩すぞ」

「そしたら中断するから!」

「いや……じゃああれだ、キャビーとも昼から来るって約束しただろ?」

「朝から居ても問題ないじゃん!」


 ……これがああ言えばこう言うってやつか。

 俺は小さくため息をついてから、寧衣の肩を強く掴んだ。


「寧衣……」

「な、なに?」

「俺はな……眠いんだ」


 もう半分以上目を瞑りながらそう言うと、寧衣は困ったような……いや、「何言ってんだこいつ」と言いたげな目を向けてきた。

 そして、諦めたように微笑みを浮かべる。


「お兄ちゃん……」

「わかってくれたか。それじゃあ俺は───」

「起!き!て!」


 寧衣はそう叫ぶと同時に、右手に持っていた何かの物体を俺の口にねじ込んできた。


「もごッ……おい!」

「えへへ、起きた?」

「えへへじゃないわ!危ないだろ!」


 ねじ込まれた物体……おにぎりを噛みながら、無邪気に笑う寧衣を嗜める。

 しかしその咀嚼運動と同時に徐々に意識も覚醒していき、結局は寧衣の思い通りすっかりと目が覚めてしまったのだった。





 それからすっかり目が覚めてしまったこともあり、寧衣のパッションに押し負けた俺は準備があるとこじつけてなんとか掴み取ったわずかな時間を優雅に過ごしていた。


(ハードすぎる……学生以来だぞこんな生活)


 寧衣は至って平気そうにしているが、普段からこんな生活をしているのだろうか。いやはや、兄としては妹の体調が心配でならない。睡眠不足、運動不足、そしておそらく、ご飯もあまり食べていないのではないだろうか。

 配信している姿は楽しそうで何よりなのだが、それはそれ、これはこれだろう。何事もやりすぎは禁物だ。たとえ、それが仕事だったとしても。


 しかし、そう考えるとSFOはなかなか危険なのではないだろうか。

 昨日一日やっただけでもわかるが、SFOはなかなかに中毒性が高い。自由度が高いし、なにより一人の人生として物語を遊ぶことができる。VR特有の爽快感もあるし、何より思い通りに体が動くのは楽しいものだ。


(これは俺がしっかりしないとな。雨野さんにも協力してもらって……)


 寧衣の生活習慣を改善させねばという使命感が、どこからかひしひしと湧き上がってくる。

 俺はそんな計画を頭の中で組み立てながら、今はコーヒーを胃袋に押し込んでVRワールドへとダイブするのだった。

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