愛はお金で買えますか?

 歌舞伎町は夜の街。

 りなが一番輝ける場所は一つだけ。

「アルくーん! 今日も来たよ!」

 大きな胸元のリボンも、ヒラヒラの膝上スカートも。熱々のアイロンで巻いたツインテールも。

 目元を大きくする為とカラコンや、メイクだって。

 全部全部、この人にその一言を言ってもらうためだから。

「りな!今日も来てくれてありがとー!相変わらず可愛いね、りなは。」

 りなに笑いかけてくれるこの人は、りなが一番好きな人。

「今日のドリンクはどーする?」

「んー、アルくんのおすすめは?」

「俺?俺は……あ、これがいいなっ!飾りも可愛いし。あ、でも……これ高いやつだ……。」

「じゃあそれにするーっ!」

「いいの?」

「うん!りな、お金たっくさんあるからね!」

 りなの隣で笑いかけてくれる、金髪のアルくんはりなの担当ホストです!

 ビジュも最高だし、性格もいいし。りなにたっくさん優しくしてくれるし……。

 まるでりなの為の王子様みたい……!

「今日はどれくらい居られるの?」

「勿論最後までいるよっ!ラスソン歌って欲しいし!」

「え、まじ!?じゃあ今日は、りなの為に頑張っちゃおうかなー!アフターは?」

「絶対行くっ!」

「あはは、即答なんだね!ほんと、俺のりなは可愛すぎるんだから。」

 頬が赤くなる。聞いた!聞いた!?『俺のりな』だって!

 これはもう、付き合っているって事じゃん!


 ホストとか、ホス狂いとか、ヤバいやつだって思われているかもしれないけど……。

 本当のホストは凄く楽しいし、私が一番のお姫様で居させてくれる。

 だからりなは、アルくんのりなでいられるのですっ!



「あ、りなじゃん。おつー」

「ありゃ、まほぴよ?何何、どったの?お久じゃん!」

 いつも通りアルくんの店に向かう途中、まほに出会った。

 まほはりなにホストを教えてくれて、アルくんを紹介してくれたのもまほ。

 でも、少し前からアルくんの店に来なくなったし、歌舞伎町からも姿を消していた。

「此処に来れば、りなに会えるだろうなって思って。っていうかまだ通ってるの?」

「当たり前じゃん。すきぴには毎日でも会いたいの!」

「……それさ。コレ見ても言える?」

 そう言ってまほが見せたスマートフォンに映っていたのは、仕事終わりのアルくんが知らない女と一緒にマンションに入っていく姿だった。

「え、何……これ……。」

「何って……見れば分かるでしょ。同棲してるの。アルくん、本カノいるみたいだよ。」

 どういう、こと……?本カノって……だって、だってアルくんは……。

 アルくんはりなのアルくんじゃん?

「まあ、何が言いたいかって言うとさ。もう降りるべきだと思うよ。」

「……いや。だって、アルくんはりなのアルくんだもん!りなはアルくんのりなだもん!!」

「ちょっと、りな!」

 走り出したりなは、アルくんの店に駆け込んだ。


「ねえ、アルくん。アルくん呼んで!」


 焦る気持ちを整理出来ないまま、りなはアルくんの名前を呼ぶ。

「あれ、りな?どうしたの?」

 後ろから現れたのは出勤したばかりのアルくんだった。

 私はアルくんに近付いて、さっきの写真を見せる。

「ねえ、アルくんこれ、どういう事!?アルくんはりなのだよね?他の女なんかに取られたりしないよね!?」

 アルくんの胸元をぎゅっと掴んで必死に問いただす。

 すると、いつも笑顔だったアルくんがはあ、とため息をついてりなに言った。

「少し外で話そう。」


 夜の歌舞伎町はびっくりするくらい眩しくて。

 もう、それにも慣れてしまった。

「その写真さ、消して貰えない?」

「……何で?だって偽カノでしょ?そうだよね?」

「……頼む。」

 アルくんは私に頭を下げていた。

 初めて、アルくんが私に……。

「……や、嫌!だって……だって私の方が可愛いじゃん!私が一番アルくんにお金貢いだよ?いっぱい痩せたし、出稼ぎだってしたよ?なのに……なのに私を選んでくれないの!?」

「……。」

 アルくんは頭を下げたまま、何も言わない。

「どうして……どうしてよ!私の方がアルくんの事好きなんだよ!?どうして……私はダメで……あの子はいいの……?」

「……ごめん。」

「な、なら、いくら?幾らあげたらあの女と別れる?私お金なら沢山持ってるよ!ねぇ幾ら??行ってよ、アルくん!!!!」

「……。」

 アルくんはゆっくりと顔をあげて、興奮状態のりなを見つめた。

 肩で息をするりなに、アルくんは息を吸う。


「そういう問題じゃないんだ。元々俺がホストをしているのは、彼女の家が抱えている借金を返済して、彼女と結婚するためだから。金だけが全てじゃない。金に変えられないものだってある。だから、りなの言葉には答えられないよ。」


 真っ直ぐな瞳でアルくんは語った。

 それがりなの心に深く突き刺さって、涙が溢れてきた。

「……どっ、して……。なんで……なんでよっ……!!」

「本当にごめんな。りなは本当にいい子だから。……だから、りなにはもっと相応しい人がいるよ。りなが今まで俺にくれた金、後で全部返すから。」

 アルくんは何処までもりなを突き放した。

 そして、一人泣き崩れるりなを置いてアルくんはその場から去っていった。


 りなはアルくんの店を出禁になり、あれからアルくんと会う事も無くなった。

 あの時、アルくんは『金に変えられないものがある』と、そう言った。

 もし、アルくんの中でそれが愛だと言うのなら。

 いつか私は、この汚い金で、愛を勝ってみせる。


「初めまして。この店に来るのは初めてなんです……。気軽にりなって呼んでください!」


 ——だって結局はお金が全部だもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る