好きになったら全部関係ないじゃん。(短編集)

桜部遥

君が殺人犯になるなら一緒に逃げてそのまま死のう

 私、柏木夢菜には付き合っている人がいる。


「——あ、やっほー!」


 私の先にいるのは、少し驚いた顔をしている茶髪でスーツを着た男の人。

「夢菜!? なんで此処に……?」

 この爽やかな優男こそ、私の彼氏、雨音直也。

 直くんは、私が通う塾の家庭教師。つまり、先生であり私の彼氏というわけです。

「えへへ、終わるまで待ってたよ。さぷらーいず!」

「終わるまでって……今十時だぞ?高校生なんだから夜遊びはいけません。」

「直くんの、意地悪〜。彼女が、寒い夜の下で待ってたんだよ?」

 プクッと頬を膨らませて見ると、直くんははあ、とため息を吐きながら私の肩にジャケットを被せた。

「夜道を一人で帰らせる訳にはいかないだろ?」

「直くんの、そういう所が好き。」

 セーラー服に黒髪ボブで背がちっちゃい私を、直くんは好きになってくれた。

 最初の告白こそ私からだったけど、付き合ってからは私の事を大切にしてくれて。

 まだ付き合い始めて二ヶ月しか経ってないけど、直くんへの愛は世界一だもん。



 ——付き合い始めて四ヶ月。

倦怠期も無かったし、幸せの絶頂にいた私に話しかけてきたのは、マンションの隣に住むミカお姉さんだった。

「ねえ、夢菜の彼氏さんって雨音直也だったよね?」

「そうだよー。あ、直くんとの惚気話聞きたいの?」

「そうじゃなくてさ……。雨音さんって、半年前に越してきたばかりじゃない。噂があるのよ。」

「……噂?」

 ミカお姉さんの部屋でポッキーを食べながら、軽く話を聞き流していた。

 けれど次の瞬間ミカお姉さんの言葉で、私の世界は変わった。


「——雨音さんは人を殺しているって噂。」


 その発言には、流石の私も手を止めた。

「え、どうゆう事?」

「私も詳しくは知らないわよ? なんか、雨音さんって元々この町出身だったらしいのよ。でも五年前くらいかしら。突然居なくなったって。どうやらその時に付き合っていた彼女さんと駆け落ちしたんじゃないかってそんな話が持ち上がっていたそうよ。」

 ミカお姉さんの話の続きはこんな感じだった。


 五年間、消息不明だった直くんが半年前に突然姿を現した。けれど、一緒に居なくなった彼女さんはどこにも見当たらず、ある噂が出回り出した。


 ——雨音直也は彼女を殺したのでは無いか。


 次の日、私は直くんの家にお邪魔しこの話をしてみた。すると直くんはどこか思い詰めた顔で口を開く。

「僕には好きな人がいた。風雪っていう二つ上の女の子。風雪は優しくて強くて僕の憧れだった。

 でもある日、高校の帰り道で……その……レイプって言うのかな。それでお腹の中に子供が出来たんだ。風雪は産むって言っていたらしいんだけど、風雪の親が猛反対して結局、堕ろす事に……。

 それで風雪は壊れた。何も信じられなくなって、ずっと部屋に閉じこもって。何故か僕だけは部屋に入れて貰えたんだけど、その時風雪に言われたんだ。『このまま私と一緒に消えちゃおうか』って。」

 それから直くんは震えた声で語り出した。


 風雪さんと共に駆け落ちをした直くんは海がよく見える崖の空き家で暮らすことになった。

 すぐに見つからないようにと自力で地下室を作ってそこで二人の生活を始めたらしい。

「見ていて、直也。これが、私の愛。貴方に私の愛を全部あげる。」

 地下室での暮らしが三年を過ぎた時、風雪さんは突然自らの首を吊って死んだ。

 風雪さんを失い、放心状態で海辺を歩く直くんは警察に見つかって、保護されたらしい。

 これが直くんの、空白の五年だった。

「風雪は最期に呪いをかけた。僕が心から愛する人を殺してしまう呪い。僕は風雪を殺したも同然だ。そしてまた……。」

 その先の言葉を私は知っていた。だって一番近くで見てきたから。四ヶ月だけ、だけどね。


「——いいよ、私。直くんになら殺されても。」


 ぎゅっと直くんの、手を握って私は告る。

「病気とか事故とか、よく知らない奴に殺されるより、大好きな直くんに殺される方がずっと幸せなの。」

「……夢菜。」

「でもね、私を殺せば直くんは殺人犯になっちゃう。それは凄く嫌。だから、私と直くんが一番幸せになれる場所を見つけよう? そこで私を殺して。それで……直くんも一緒に死ぬの。どう?これなら誰も不幸にならないよ。」

「いいの、か……?僕が、その……。」

 言葉に詰まる直くんの手を掴んでほっぺたにつける。

「いいよ。私、直くんの為ならなんだって出来ちゃうんだから。」

 それに、これは直くんが私を愛してくれたという証。

 これ以上無いくらいの愛情表現じゃん。


 ——こうして私達は親にも、友達にも告げないまま、町を出た。


 沢山の場所に行って、美味しいものを食べて、写真を撮って、身体を重ねて。

 幸せな毎日を送りながら、私達の最期を迎える為の場所を探し続けた。

 そして……。

「——此処が、そうなんだね。……風雪さんが死んだ家。」

 私のお願いで訪れたのは、直くんと風雪さんが暮らしていた家。

 森を抜けた先に一軒の家が建っていた。陽の光も届かず、海の漣が聞こえてくる。

「素敵。凄く素敵な家。」

「……。」

 目を輝かせる私の隣で、直くんの表情は曇っていた。

 私は直くんの、手を引っ張ってにこりと笑う。

「ねえ、地下室に行ってみよう!」

 階段を降りた先に広がっていた空間は生臭い匂いがした。

 電気をつけると、真っ白な電球が部屋を照らす。

 その先に居たのは、散乱する骸骨だった。

 それの正体が風雪さんだと悟るのにそう時間はいらない。

 手で口を覆い、今にも泣き出しそうな直くんを見て、私は骨に触れた。

「ねえ、直くん。これ、土に埋めよっか。」



「……ふう。疲れたよぉ。直くんのお菓子食べたーい!」

 遺骨を土に埋め終えた時には、空が赤く燃えていた。

 力仕事だったから汗で肌もベタベタする。

「夢菜、ごめんね……。僕のせいで……。」

「違うよ、直くん。あの部屋でやりたい事があったの。それにはこの骨が邪魔だっただけ!」

「……やりたい事?」

「そうだよ。」

 地下室に戻った私は、自分のカバンからセロハンテープと沢山の写真を取り出した。

 それは此処に来るまでの間に撮った直くんとのツーショット。

「直くん。写真貼ろうよ!」

 私は地下室一面に、写真を貼り付けた。壁紙なんて見えなくなるくらい沢山。

 ぐるっと見渡せば私と直くん以外誰もいない。

 私はもう一度バックを漁って、白いスカーフとキャンドルを持ち出した。


「あのね、直くん。やりたい事って言うのはね、その……。結婚式、しませんか?」


 直くんはこくっと頷くと、部屋の電気を消してキャンドルの火を灯す。

 私の正面に立った直くんはスカーフを私の頭に被せた。


「——病める時も健やかなる時も、僕は夢菜を愛し続けます。」


「——私も。この先一生、直くんを愛し続けます。」


 ゆっくりと近づき、唇が重なる。

 私達の姿をキャンドルの淡い光が写し出していた。

 キスをする度、直くんへの気持ちが強くなる。

 好き。大好き。誰よりも、風雪さんよりも。

 だからこの部屋に私と直くん以外の存在なんていらない。


 ——もう、何もいらないよ。



「……楽しかったなぁ、直くんと一緒に居られて。結婚指輪も貰った事だし。」

「指輪って……ただのクローバーを薬指に巻き付けただけだよ?」

「いいんだもーん。私にはこれが一番綺麗なダイヤモンドだから。」

「最後まで夢菜には叶わないや。」

「そうだよ。これから先もずっと、私は直くんの、上で直くんを支えるんだから。」

「なら、隣がいいな。こうやって手を繋いでさ。」

「そうだね。ずっとずっと、ふたりぼっちで。……じゃあ、行こうか。」

「ああ。……怖いか?」

「ぜーんぜん。言ったでしょ?直くんと一緒に死ねるなら私は幸せだって。」

「そっか。じゃあ。一緒に。」

「うん。一緒に……いくよ?せーのっ!」


 そこにはキャンドルに揺らめく、宙吊りの影がふたつ揺らめいていた。

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