ペイトリオッツ・ウォー ~死を諦めた俺への神罰が理不尽すぎる~

安芸守森丸

第1話 生きることを諦めた罰

人間は生まれながらにして不平等で、人生そのものも悲しいほどに不平等だ。ただただ、虚しいほどに公平なのだ。神は弱いものの味方などしない。力あるものの手助けもしない。ただ眺めているだけなのだろう。自分がここまでの不幸になるのは、神が自分に何らかの当てつけをしているものだとばかり思っていた。だが違った。神という存在は……目の前にいる神を自称する女性は、自分の事など全く知らないかのごとく話をした。時々鏡を覗き込んでは、俺の生い立ちについて確認をとってくる。浄玻璃鏡なのだろうか。両親の死についての話。高校を中退して妹の看病をしていた話。過労死寸前まで働いて治療費を稼いでいた話。最後の家族だった妹が死んで、なんの気力もわかず保険金で怠惰な日々を過ごした話。生きていくのすら億劫になって、練炭で自殺した話。なんの躊躇いもなく、なんの配慮もなく聞いてきた。それを聞く目の前の彼女の表情は、決して憐憫からではなく、まるで俺を糾弾するかのようなものだった。話を聞き終えてもその表情は変わらず、呆れたようにため息をひとつ着くと、ゆっくりと口を開いた。


「あなたの人生は確かに不幸に満ちていました。しかし……どうでしょうか。あなたを育て、愛した人達はあなたの死を望んでいたのでしょうか……」


「望んでなどいなかったでしょう。あなたに生きていて欲しかったのは自明です。自らを殺めることは当然重罪です。しかし、あなたの死はあなたの家族の想いまで殺したのです。」


「あなたはこの罪を償わなければなりません。死後の世界の苦しみよりも重い罰を。」


俺は黙って見つめることしか出来なかった。家族の想いまで殺した。その言葉は、その考えは俺にはなかった。両親も、妹も、俺の元から去っていった。置いていかれたのは俺の方だと言うのに、目の前の声はそれを否定する。


「あなたにはその罰として、もう一度生きることを命じます。ただし、あなたの生前の善行に免じて、その年数を16年だけ減らしましょう。」


今この瞬間、俺の寿命が16年縮んだ。そんなことを考えた直後、体が光の粒子に包まれた。体が浮くような感覚とともに、意識が遠のいていく。そんな中で、少しずつ遠くなっていく彼女の声が聞こえた気がした。

「涙の枯れた 悲しき御魂に 今もう一度の幸を どうか彼女の祈りが届きますように」

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目が覚めると、そこは森林であった。むせかえるような緑の匂いが体を包んでいる。鬱蒼と生い茂る木々が日光を遮り、人の来るところではないと語りかけてくる。しかし、現実として自分はここにいる。神に2度目の生を命じられてこそいるが、ここにいる限りそれは難しいだろう。飢えて死ぬ、獣の飯になって死ぬ、滑落して死ぬ。いくらでも死ぬ方法はある。森には気分を落ち着けると同時に陰鬱な気分にすることがあり、自殺の名所ともなるが、不思議とそういった気持ちは湧いては来なかった。積極的に生きたいという訳では無い。ただ、とりあえず森を出よう、そう思えた。 だが森から出るのはそう容易では無い。 第一にに地理が分からない。森の広さも、どこにあるのかも、ここがどこなのかさえ、分からない。上手く太陽の位置が分かれば、方角くらいは分かるかもしれない……地球と同じ条件なら、だが。 第二に、食料、水の確保。ビタミンや食物繊維なら豊富に揃っている(その辺に生えている)が、タンパク質や脂質、炭水化物の確保は少々難しいだろう。そもそも、その辺のものが食べられるかすら怪しい。なんの不自由なく体を動かせていることや見下ろした実感から多分体はほぼ同一のものだろうから、日本の食事で育ってきたこの体が粗食に耐えられるとは考えにくい。それどころか、成長期のこの体は代謝がよく、より多くの食料を必要とするだろう。だが、良い点もある。ほぼ同じような体だということは、お情けで減ったという16年の刑期は16年寿命が減ったのでは無く16からスタートということだったと考えることが出来る点だ。記憶や知識はほとんどが残っているようで、こうして知識に基づく思考も可能だ。そこだけはこの情けに感謝できる。 ……考えても結論は出ない。とりあえず歩くことにした。 結論から言おう。確かに森から出る道にたどり着くことが出来た。その辺の草を毟り食いながら細いけものみちをたどると、人が歩いたであろう小道に出た。しかし、俺がそこを歩く三日間、誰一人として会うことはなかった。森の終わりを知らせる陽の光が見えたその時には既に視界が狭まり、意識は飛びかけていた。ただ、こんなところで何をするでもなく眠ってしまい、獣の餌になることだけは何としても防ぎたかった。最後の気力で森をぬけて草原と小高い丘の上の民家を見上げた時、まるで景色から色が禿げていくような感覚とともに、目の前に茶色の地面が迫ってきて、そのまま意識がとんでいった。

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目が覚めると、そこは柔らかいベッドの上であった。灰色だった景色に少しずつ色がつき、天井が暖かみある木材で組まれていることがわかった。少し上半身を起こしてみる。知らない服を着ている。患者のきるゆったりとした服に似た麻の服だ。やせ細った指こそみすぼらしいが、身体中に着いていた汚れは丁寧に拭き取られている。どうやら意識を失った後、ここの誰かに助けられたらしい。しかし、部屋を見渡す限り、窓辺に椅子こそあるものの、その人物はここにはいないようだ。 少しベッドから出てみる。相当な距離を歩いたはずの足は自分が思っているよりしっかりと言うことを聞く。倒れてからそれなりの時間がたっているのかもしれない。 ゆっくりとドアを開くと、そこはリビングルームのようで、机と椅子、暖炉などがみうけられた。しかし、ここにも人の姿はない。 思い切って外に出てみることにした。ドアを開けると、これまでに見てきたものと変わらない暖かな光が体を包み込んだ。ここは小高い丘の上のようで、草原を縫ってきた風が優しく頬を撫でては通り過ぎていく。そんな風の中の草原で誰かが剣を振るっている。遠目からで分かりにくいが、確かに1人で剣を振っている。どれくらい経ったか、風が止んで、その人物も剣を下ろし、こちらを振り返った。 目があった。 ゆっくりとこちらに歩いてくる。 剣を腰に携えたその人物は、女だった。正確には少女だった。まだ14、15位の少女が腰に剣を下げ、微笑みながらこちらに歩んでくる。その顔には邪な感情など一切なく、安堵と喜びで満ち満ちている。 少女はただたっているだけの俺の前まで来ると、神妙な顔で俺をゆっくりと見渡し、再び微笑んだ。


「やっと起きてくれたんだ!体にももう問題ないみたいだし、上手くいって良かった!森の入口に倒れている人がいるって、村の人が連れてきた時はどうなるかと思ったけど」


その慈愛の感情に満ちた声と表情は、不安に満たされた俺の心をほぐすには十分だった。我ながら単純なものだと呆れてしまう。 本当はすぐにこの場で礼を言いたいのに、この口はまるで言うことを聞かない。ただ暖かいものが頬を伝うだけで動くことすら出来ない。


「……もう大丈夫だから。あなたは生きてる。さっ、入ろ!」


少女は俺の手を取り容赦なく引っ張ってきて、少し痛いほどだ。しかし、この痛みはいつからか忘れてしまった他人の体の暖かさを思い出させてくれた。

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