if
その1
ifです。本編とは関係のない、過去編書いているうちに書き殴りたくなった短編になります。終わったら三章入ります。
【告知】
明日12/15(木)にコミカライズ3巻が発売しますのでよろしくお願いいたします。特典情報等は近況ノートにて。
──────
私はどうも、両親の本当の子供ではないらしい。
根拠その一。
五人兄弟の中で私だけが黒髪である。他の兄弟はお父さん譲りの金髪か、お母さん譲りの明るい茶髪。もうここから全然違う。
根拠その二。
五人兄弟の中で私だけ暗いし理屈っぽい。上の兄さんたちは学院でもすぐに友達を作ってクラスの中心人物をやっているのに、私はずーっと浮いている。兄弟の中で本を読むのも私だけ。あと私だけ癇癪持ち。
根拠その三。
五人兄弟の中で私だけが早熟である。小さな頃だけ身長が高かったけれど、一瞬だけ短い成長期が来て、あとはさっぱり伸びなくなった。反対に兄弟たちは、みんな成長期の前はとっても小さいのに、成長期になると一気に私の背を抜かした。今となってはもう一番下の妹にも抜かされそう。
兄弟とは他にも違うところだらけ。お父さんとお母さんともなんにも似てない。目の色も、何かちょっと違うように思う。食べている物と生活が一緒だから、体形だけは近いような気はするけれど。
そして何より、誰がどう見たってぜーんぜん違うところが、一つある。
「ビリー! ご馳走、できたよー!」
呼ばれたので、階段を降りて居間に行く。
居間のテーブルにはお母さんが元気よく言うとおりのご馳走が並んでいた。いつもお祝いの時に買う上等な
その鶏にはナイフで文字が刻まれていた。
『
これは、職業取得の儀式を控えた少年少女に言う定型句である。
儀式の最後、
だから儀式の前々日にはたっぷりのご馳走を食べて力を蓄えて、無事に儀式を乗り越えてもらおうと家族で祝う習慣があったりする。
それが、今日、今。
私は明後日、職業を取得する。
「あ、ありがとう。みんな……」
心の底から、家族みんなに向かってお礼を言った。
みんなはにっこりと笑って返してくれて、下の妹たちはやったぁ、とお互いの両手を合わせた。
……言うな。声は小さかったけれど、これは私の心の底からのお礼なのだ。家族のみんなはわかってくれるという前提の下、小さな声でも問題ないと判断したのだ。
居間には飾りつけがしてあって、お父さんもお母さんも、兄弟たちも精一杯頑張ってくれたみたい。
儀式というのは試験みたいに本番での失敗だとか、何か至らなくてどうこう、とかいうことはない。受ける本人としては案外気楽ではある。でも家族の立場となると別だ。ほんの小さな恐れでも、もしかすると死んでしまうかもしれないという不安を、精一杯飾り立てて送り出さないと気が済まないものだと思う。三年前、私も兄さんの儀式のときにそうだったから、よくわかる。
「ビリー? 座って?」
少し立ち止まった私を見て、お母さんが優しさたっぷりにお誕生日席に座るように促す。それを兄弟たちもまた、優しさたっぷりの目で見守る。
ああ、やっぱり、お母さんも兄さんたちも、妹たちも不安なんだなぁと察しがつく。
別に家族特有の雰囲気を感じ取った、ということではない。
だって、見えるもの。緊張してピンと張りつめている
根拠その四。
五人兄弟の中で、私だけ獣の耳が生えていない。私だけが、
もう確定である。お父さんもお母さんもなんでこれで隠し通せると思っているのかさっぱりわからない。言うべきタイミングを見計らっている節はあるけれど、なんかもう明らかすぎて逆に清々しい。
一応、説明としては、お父さんの血が濃かったから耳が生えなかったんじゃないかな、とは言われている。お父さんは普通の人間族なので小さな頃はまあ、それで納得することにはした。
でも、あまりに似ていないもの。人種が違うし。
生まれてこの方どういうことなのか、遊び半分でずっと推理していた。
お父さんとだけ血が繋がっているパターン、要するに連れ子なのではないかとも考えた。それなら私の産みのお母さんが黒髪ということで説明がつく。
しかしそれはあり得ない。だって私は五人兄弟の真ん中だから。一番上のシロエ兄さんと一昨年生まれた末っ子のクロエは二人とも獣の耳が生えていて、そんでもって瓜二つ。
それならそれなら、浮気でできた子供とかだろうか。
それもたぶん、ない。お母さんが浮気して生まれた子なら私には耳が生えているはずである。お父さんが浮気して生まれた子ならそれはきっと他所のお母さんの子になっている。
何やらのっぴきならない事情で一時期お父さんが浮気してできた子供が……みたいなことや、お母さんが上二人を連れてお父さんが私を連れた再婚なのではないか、とも疑ってみたけれど、そこまで考えたらキリがない。普通にどこかの子供を引き取ったということの方が余程すっきり説明できる。
というか浮気だなんだのの推理は、せめてお父さんとお母さんのどちらかの実の子供であってほしい、みたいな願望が透けていて嫌になってやめた。普通に里子として拾われてきたという方が明快だ。
それに、里子だったとしても、別に良いはずだった。
お父さんもお母さんも兄弟たちも、優しい。ちょっと喧嘩をするときもあるし、話が通じない、なんて思ったりすることもあるけれど、みんなちゃんと私のことを考えてくれている。一緒に泣いて笑って、この十四年ずっと暮らしてきた。
どっしり構えている……フリをしているお父さん。
笑顔で兄弟たちをわしわしと押さえつけつつ、何やら覚悟を決め直した顔のお母さん。
一番上の兄さんは私が不安にならないように敢えて私の方を見ず美味しそうにご飯を食べていて、下の兄弟たちはもう私よりご飯かおしゃべりに夢中だ。
私もぽつぽつと話しながら、美味しくご飯を食べている。たまにお父さんとお母さんが声をかけてくれて、普通にお話をする。私は学院では口数が少ないけれど、家では多少は喋る方なのだ。
それで、今日はいつもより多く喋ってしまったことに気付いて、あ、もしかして緊張しているのかな、と自分を勘ぐったりする。兄弟たちも気付いて気軽に緊張してるの? といじってくる。私が「うるさい」と返すと、ごめんごめんと言った後に、少し真剣めに頑張れよ、と付け加えられる。こうなると私の二回目の「うるさい」は聞こえないくらい小さくなる。
そうやって、必要ないと思っていた余分な勇気をもらえる。
これで良い。私は十分に幸せな人間だと思う。
何も知らないまま明後日に死んでしまったって、後悔はないのだ。
+
先生に連れられて、私はクラスのみんなと一緒に時計台の門を潜った。
小さなころから外側を見てきたけれど、ここには入ったことがない。偉い人が出入りする場所で、一人前になる前に入る場所とは聞いていたから、余裕があったのなら「感動もひとしお」とでも思えたかもしれない。
時計台の敷地内はフィールブロンの街並みとは一風変わって緊張感が張りつめていた。同じく街とは一線を画す学院のような建物ではあるけれど、それよりもっと古くて威厳があって、そして歴史を感じると同時に、まるでどこか未来にすら通ずる雰囲気がある。
言葉が難しい。空想的に言うならば、古代に未来のような文明があって、その文明の片鱗が遺跡として遺ったかのような雰囲気、と言えばいいだろうか。
とかく、敷地を進むほど異界へ入っていくようなのである。石畳は知らない軽石のような素材に置き換わって、隙間に脈動するように時折青い光が走っている。門を開く機構はその内部に何万もの歯車の存在を感じさせたけれど、仕組みを理解しようという試みは早くにやぶれさった。
扉と門を通るたびに街から離れていった。屋内を経ていよいよ地下への階段に足を踏み入れたときにはすっかり温度が下がりきり、“地上の様子”とはすっかり変わって遠くまで連れてこられたかのようだった。
そう、これは、
説明なく、ただただ担任の先生について階段を降りていく。クラスのみんなとは自然に身を寄せ合うようになって、裾だとかをつまみ合ったりもする。
何度目かの踊り場だと思った場所で、先生は降りることなくまっすぐに歩いた。階段が終わったのだ。
少し歩いた先が開けた。奥におどろおどろしく据えられた祭壇が見え、そこがまさに地下の間だとわかった。
「みなさん、順に整列してください」
振り返った先生の声でみんなが我に返った。それから学院の講堂でやった予行演習と同じように、えっちらおっちら整列し始めた。
「ねえねえ、ビリー」
前を歩いていた、友達のフリーダが前を向いたまま話しかけてきた。
「……何?」
「見て、めっちゃビビってる、先生たち」
見ると、先生たちも先生たちで変に口数が少ないし、動きが慎重で大きく声を立てないようにしている。そう思ってみれば服装も妙にしっかりしていた。
「確かに」
「賢者様だよ。雲の上の人なんだ、やっぱり」
そういうことなのだろう、と私も頷いた。
私たちに職業を授けてくださる賢者様は、この世界の魔術組織の頂点たる『賢者協会』の代表者である。学院長とは比べ物にならないくらいの偉い人で、しかもフィールブロンで行われる儀式においては、時計党本部の地下の間で行う儀式であるからして、依り代ではなく本人が出張ってくれるらしい。
今代たる七十四代目賢者の名前は、ハイデマリー。
彼女は数々の武勇伝と功績を持つ偉人で、壮大な逸話からは想像し難いが、小柄な女性であるという。ただしここ十年ほど彼女の素顔を見た人間はいないらしく、私たちの世代でそれを確と確認することはできていない。
準備ができると先生が私たちを見渡して、手で合図をする。それに合わせて、みんなで一斉に言った。
「『
ミサであるならば、音楽が鳴り始めて然るべきのような儀式の始まりだった。
仰々しい格好──ぶかぶかのローブに、目元が見えないくらい深くかぶった
確かに小柄な女性のように思われた。長い髪も見えるし、帽子の位置も低い。
ただ、それを意外だと感じる暇はなかった。
とんでもない、存在感である。
いつも威張っている先生も、その先生たちに威張っている学院長も、鼻たかだかな首席も、クラスメイトたちも、みんなが気圧されて、転ぶように床に手をついてしまった。
生で見るのが初めてでもわかる、あれが賢者様だ。超常の存在とはああいう姿をしているのか、もしも何も知らずに村で育ったのならば、神様が降りてきたと確信してしまうくらいだった。
魔力に押されて、息が止まっていた。
顔を上げることすら憚られる。彼女がゆっくりと立ち止まって、微笑みかけてくれてようやく、私たちは聞く準備を整えることができた。
『じゃあ、
賢者様は不思議に響く声で、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます