第69話 憤怒少女

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 公表はされていないことだが、フィールブロンの時計台の地下には巨大空洞があり、賢者たち各々の部屋が用意されている。

 半球ドーム状の巨大な空間だ。使い方は自由で、だいたいは研究室みたいな装いになる。私もそうした。機材をかき集めて、何か大層なことをしている気分になって悦に入ったりしてみた。


 たとえば天井から吊り下がっている巨大な並列計算機。高度な組み合わせ計算に用いられる魔道具である。実用性もさることながら見た目も立派なもので、むき出しのコイルと金糸が凹面鏡を吊り下げて、その凹面鏡からまたコイルと金の糸が一回り小さい凹面鏡を吊り下げ、それが五段列なった形をしている。まるで氷柱に熟練の彫刻を施した芸術作品のようだ。


 譲ってくれた先代によれば、文化的な価値もあるのだとか。


 それを思いきり杖でぶっ叩いた。



「あんのわからず屋がああああああああ!」



 私はキレていた。

 思い出す度むかむかする。頭に顔が過るたび腸が煮えくり返ってそのまま直立していられなくなる。


 何度も何度もぶっ叩いたけど、装置が大きすぎて杖の殴打程度では鏡に罅が入るのが精々だったので、思いっきり跳んで天井に引っ付いている根本を蹴り直した。


 それでももうちょっと割るのが精一杯。それどころか蹴った脚の方が痛い。痛くて余計に腹が立ってもう一つぶわっと怒りが吹く。


「『なーにが役に立てないだよあの根暗がよお!』」


 もう渾身の力を込めた魔術を使うことにした。


「『くだばれ! いつまでもいつまでもネチネチネチネチしやがって!』」


 言霊のまま詠唱になって、計算機と同じくらいの大きさの氷塊が生成される。それをそのまま思いっきり振ってぶつける。


 計算機はぐらついて、ぶつけた氷塊と一緒にようやく地に落ちてきた。


 地下から地上にも波及するくらいの地響きが鳴った。ガシャンという音が輪唱を起こした。部屋の中なのに私の方まで風が吹いた。


 壮観な景色に胸が空く思いがする。そしてすっきり気持ちよくなった胸の空洞でたっぷり酸素を吸った炎が燃え上がる。


「くそ! くそ!」


 机をガンガン蹴った。振動表示器オシログラフを両手で引っ掴み、大理石の地面に叩きつけた。画面ごと割れて飛び散ってがらくたになった。


 本棚が綺麗に立っていたので蹴り倒した。


 あの場でぶん殴ってくりゃよかった、と心底思う。


 積極的にやりたいことがあって離れるならまだわかる。しかしあいつに何か強い意志とかあるのか。


 やだやだ言ってるだけじゃないのか。主体性はどこだ主体性は。


 嫌いだ、あんなやつ。


 本でも割れたガラスでも、手元にあったやつを思いきり振りかぶって投げつけた。準備運動なんてしていないからすぐ肩が痛くなった。


 本当に腹立たしい。こんな物じゃなくてあいつ本人をボコボコにしてやりたい。


「ああああああああ!」


 ならなぜ、あの場において私は大人しく引き下がったのか。今みたいな怒りを押し込めて、頭を回して瞬時に判断し、最善の沈黙を選べたのか。


 あまつさえ、その選択を取れたことに今でもほっとしているのか。

 そうしてしまったら全部が終わってしまうということを察して、回避できたことに、こんなにも安心をしている。


 行き場がないとはこういうことか。相反するものが多すぎて暴れることしかできない。


 そもそも私はあんないるんだかいないんだかわからない、ボーっとしたやつの何にそんなに執心していたのか。


 私の何が間違っていたのか。


 あれが冒険者として最善だと思っていた。そもそも私たちは新人ルーキーだから、行けるところまでは環境や仲間を選ばなくてもよかったし、そうでなくても、あいつの成長を見込めば今の体制が最適解と確信をしていた。


 ちゃんと話したはずだった。


 あんなに説明をして、理解をしたはずなのに。


 いい加減に気づく。これは清算だった。


 すべては冒険のため。


 最適解だから。


 それで問題ない。


 そんな言葉に仮託したのが、最初のボタンの掛け違えだった。


 その人でなければならないために、万の理屈を持ち出し、根拠を並べ、整理し、正当化をして作った道筋が、その人でなければならないことを証明したとして。


 その道筋が語ることは、合理ではないのだ。


 一番大事なものを恥じらって覆うための偽りは、他のどの語り方よりも雄弁に、その人の執着というものをさらけ出してしまう。あるいは語り手の制御を超えて、見せたくもなかった部分にまで追及してしまう。


 誤解さえ、させてしまう。


「私はさぁ! 私は!」


 いいや、それも違う。


「ただ、ただ、おまえがさ、おまえとっ……」


 誤解なんてなかったから、問題だったんだ。



「あんの馬鹿野郎があああああああああ!」



 壊して壊して壊しつくした。


 魔術だって使った。


 そうして何もかもをがらくたにして、壊すものがなくなったころ、見計らっていたように扉が音を立てて開いた。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


「ニヤニヤしやがって。そんなに面白いかよ」


「先代たちも温かく見守っておられますよ」


「悪趣味なやつらめ」


 先代の七十三代目賢者が、整った顔にやたら憎たらしい笑みを湛えてやってきた。

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