第55話 反永久
たぷん、と手に持った蕾の内部で液体が動いた感触がした。
そろそろ確信する。これが魔力の感触なんだろう。
これをそのまま摂取できれば、即ち魔力を回復できるわけだ。
つまり、
まあ本当にそういうことがあるのなら、とっくに魔力回復薬のようなものができているだろうから、何か問題があると見るべきだ。
一つ。外部の魔力を体内に取り込んだからといって、自身の魔力になるとは限らない。
二つ。
ただ、薔薇を食べた生き物が魔力を帯びることは立証済みだ。
一つや二つ、食べるくらいなら、試しとしては悪くない。
幸いなことに、毒への対抗策は
手に持った蕾を、そのまま食べた。口の中に汁が残らないように水で流し込んだ。
すぐには何も起こらない。
しばらく経って、感じたことのない、魔力に目覚める前に感じていたものとはまた別の感触がやってきた。
ぬるま湯が乾燥した肌に吸い込まれるあの感じ。あれが胃袋の中で起きているような。熱いか涼しいかわからない。ハッカ系の痛みとでも言えばいいか。
満たされた感じがしてきた。猛烈に強い虚脱感だけは薄らいでいた。
水を飲んで正常な状態に戻ったと思っていたけど、魔力が抜けているとそれはそれで朦朧としているとわかった。
なんだ、やっぱり回復するんじゃないか。
だけど予想通り、副作用らしきものがきた。
酩酊感だ。
右足に体重が乗った。
誰もが無意識にやっている平衡の調整が行われる気がしなかったから、左脚と左手を同時に上げて、反対側にも体重をかけるようにする。
ぎりぎりこけずに済んだ。
このままではまともに歩くことすらできない。頭がはっきりしているようで、喋ったらきっと呂律が回らなくなる。
さあ、ここから。この対処が効くかどうかだ。
──体調が悪くなったとて、
「『
覚醒する。
頭がすっとする。さっきより踏み出す足取りが確かだ。
「『
もう一度、覚醒する。
大丈夫。足取りは操れている。
感覚は明らかにおかしい。だけど成立している。二つの感覚が狂う方向のどちらにも振れた結果、奇跡的に折衝点がど真ん中に来た。
そうだな、近い感触は、フラフラとしているときでも、数歩だけなら勢いだけで早足で歩けるようなものだろうか。普通はその後にこけるのだけど、なぜかこけずに同じ状態が続く。
頭もはっきりしている。これなら魔術も使えるはずだ。
「『
付与に成功した。魔力は回復しているらしい。
両の足で確と地面に立っている。
「……よし」
勝算が見えた。
これなら体力をいくら使っても大丈夫。身体の
魔力が枯渇したら、薔薇を食べる。薔薇の副作用は気つけで耐える。
なんだこれ、無限に動き続けられるぞ。
永久機関、作っちゃったよ。
*
かつてハイデマリーと駆け回った森は、城とするには依然広いものの、信じられないくらい狭く感じた。
二人で手を取って登った崖も、強化された脚ならひとっとびだ。
全身の付与にも慣れてきた。
どうも、この
動けはするものの、手足を掴まれて無理やり動かされている感が否めない。
俺はいつも通り体を動かしてはいけないのだ。
たぶんこの付与術で想定されたのは、もう一回り横幅が広い体型の人。そんな気がした。
だから肩を張って、肘の支点を横に保って走る。そうすればさっきから止まらない関節の痛みも多少和らいで、速度も上がる。
森の端までたどり着いた。
強化された握力で木肌を握りつぶしながら登る。木の高い方に立ち、周囲を窺がう。
もしかしてこの森を脱出して遠くに行く算段を立てられるんじゃないか、奪える馬があるんじゃないかという勝算を立てたかった。
だけどそんな願望は打ち砕かれた。
戦闘はほとんど止んでいた。それぞれの旗の下に人が整列していて、その間を早馬が行き来している。
先刻まで戦っていた軍隊が、陣形を整え始めたということに思えた。
どこかを襲撃しよう、防衛しよう、奪取しようという考えではなくて、各陣営が捜索に入ろうとしているような。
推測が合っているなら、その矛先の一部は間違いなくこの森に向かっている。
……こんな数を、一人で相手にするのか。
余計な心配が頭を過って、
酩酊感と高揚感の均衡が崩れて、地面に落ちそうになった。
「『
唱えて、懐に突っ込んだ薔薇の蕾を齧って食べる。
覚醒し直す。魔力も戻る。不安定な足取りが勝手に自然な位置に落ち着くようになる。
不思議な事に気分がまるっと変わって、心配が吹き飛んだ。
「……ヒヒッ」
上等だよ。来るなら来い。
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