第50話 深く敵地に潜行せよ


 二頭の馬と一緒に街道を下っていく。馬に乗ってはいない。引き連れている形だ。


 夜明けまでまだ時間がある。月明りが照らす地平線のむこうを眺める。


 盗賊団の姿はまだ、見えない。


 ほっとするのか、緊張するのか、どちらかわからない。


 そもそも本当に彼らは来るのか。もしも何か思惑があって途中で街道を逸れてしまえば、待ち構えている意味なんてなくなってしまう。


 そして来たとして、本当に戦いになるのか。


 何もしなければ素通りされて終わりである。かといって正面から斬りかかっても殺されるだけ。戦うとしたら、不意打ちしかない。


 不意打ちするにしても穏便に立ち止まってもらう必要がある。すれ違いざまに襲撃することも考えたけど、人を一人攫ってきた集団がすれ違う人間を警戒しないわけがない。


 だから立ち止まってもらう必要がある。そのうえで不意打ちする。



 また地平線のむこうを確認した。


 まだ来ていない。



 緊張が高まって考えが左右に揺れる。


 さっきから俺は可能性を排除して選択肢を絞っているけど、実は根拠が足りてないんじゃないか?


 立ち止まってもらって不意打ちって、できるのか? そんな話術あるのか? こっちの根拠は? 要素は?


 いや、あるだろ。


 ジーツェンの黒髪盗賊団なら、黒髪の人間は同胞なんじゃないか。俺がちゃんと頭髪を見せれば、話くらいは聞いてもらえるんじゃないか。


 本当か?


 すぐ殺されるだろ。そんなの。


「……ひひっ」


 ああもう、なんだこの細い糸は。


 しかも、演技が必要なのだ。


 俺は演技なんてやれる性じゃない。そんなふうにうまくやれるなら、もっと楽に人生を生きている。


 手に持った袋を握りしめる。


 ──でも、やるしかないんだ。



 顔を上げる。


 整備された街道のむこう側。奥に馬に乗った集団が見えた。





「あのっ!」


 互いの顔も見えないくらい遠くの距離だったけど、精一杯の声を出した。二頭の馬を軽く横に広げた。


 立ち止まってもらえるのか?


 前から迎えているんだから、少なくとも追手とは思われないはず。回避をさせないだけでいい。


 月明りを遮る影に動きがあった。


 並び変わっている。陣形でも変えているのだろうか。


 沈黙に蹄の音が加わり始めた。音はどんどん大きくなって、その律動リズムが一定であることもわかるようになる。


 集団の姿がはっきり見えて、その数を数えつつ、誰がハイデマリーを抱えているのか探ろうとした。しかし観察できたのは束の間だった。


 一騎が先行してやってきた。


 騎手は男だった。布を巻いて口元は隠しているものの、黒髪だけは露出させていた。片方の手は手綱をしっかり握っていて、もう片方の手は腰元の件に添えられている。


 彼の視線を下から追う。その目は間違いなく俺の頭髪を一瞥した。


 いける、はずだ。


 耳元で心臓が脈打っていた。


 本当にやるのか? いよいよだ。逃げられない。こんなに怪しいやつ、いつ殺されても仕方ない。


 声に震えが乗るに決まっている。もうとっくにどもっている。息を無理やり喉から押し出して勢いづける。


「み、みな……さん! ジーツェンの方! ですか!?」


「……何奴だ」


 できた。会話が。声も出た。


 やり取りが成立した。


「ヴィムと申し、ます! あのっ! 今からジーツェンに上ろうと……そしたら、話に聞いた騎士様たちが、その、やってきて……」


「ジーツェンは反対側だぞ」


「……え? いえ、しかし、皆様は、その、髪が、黒くて、あれ?」


 完全に怪しまれている。

 もちろん怪しいに決まっているのだ。判断の時間を与えてしまったら何か企んでいる輩であることはすぐにわかる。


 そして即、殺される。

 俺の髪色を認識して、その印象が支配しているうちに話を進めないといけない。


「ジーツェンに行きたいなら、方角が逆だ」


「あれ? いや、みなさまは、あの、その……騎士様、では?」


 そしてもう一つ。


 論理的に整合性の取れる話をしてはいけない。判断される前に、判断材料を増やす。


「騎士?」


「昔から聞いてたんです……へへっ、あのときは、その、無視してしまったんですけど! 同胞の! その、騎士様が、我らを助けにやってくると!」


 つまり要領を得ないことを言い続けるのだ。混乱、錯乱していると思わせればいい。


 あえて黙り込む。あわあわと言葉を探すようにする。


「我らを助けにきてくださったの、です、よね!?」


 声が震える。不自然に大きくなったり小さくなったりする。それが錯乱している感じに繋がれと願う。


 あちらこちらを見ながら、ときどき目を合わせる。不意打ちに臨む不安が、助けを求める不安だと錯覚してもらえるように。


「違う。だが、ジーツェンはこの街道の反対側だ。連れていくことはできないが、まっすぐ行くとそれだけで着く」


 無骨ながらも声色が変わった。

 彼の黒髪から覗く瞳は、何か可哀想で哀れなものを見るようなものに変わっていた。


「ジーツェンに着いたら、鍔の広い長剣の印の居酒屋を探し、そこの主人を頼れ。仕事はある」


 よし。


 警戒は緩められた。


 しかし後ろの連中は依然俺と距離を取っている。このままじゃ駄目だ。警戒を完全に解かれないまま、優しく助言されて素通りされるだけ。


 もっと、もっと目を惹く何かを見せる必要がある。黒髪一つで勝負なんてできるわけがない。


 だから俺は、を、取り出した。



「あのっ……これっ!」



 俺がを掲げると、彼は表情を変えて俺に剣を突き付けた。


「……貴様! なんだ! それは!?」


「その、ひひっ、あっ……その、殺して、きたんです。その、領主さま? あ、カンリなのかな、わかんないけど」


 持ってきたのは、生首。


 この国では最も一般的な金髪ブロンドの、生首である。

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