第51話 絶望的観測
錯乱しないと、と思った。
突きつけられた剣にあえて一歩踏み込んだ。手柄みたいに持った生首を掲げた。
「……ほら、もう、食べるもの、なかったんです、俺たち。それで、殺しちゃった」
ああ、もちろん、自分で取った首じゃない。今さっき屋敷で殺された、護衛の人の首だ。出発する前に何か目立つ道具が必要だと確信して、持ってきた。
護衛の人は上流階級っぽかったから、一番丁度良さそうな魔術師の人を選んで、髪を裂いて顔を切った。
大変だった。盗賊団も頸動脈を斬っただけで、頸椎を割ってくれたわけじゃない。
「だから、これしかないって。ジーツェンの黒髪の旗の下に集まれって」
熱に浮かされたように喋り続ける。
斥候の男は剣を下ろした。そして言った。
「……どこの村だ?」
成功したようだった。
何やら尋常でないと、後ろに構えていた馬たちも、こちらに集まり始めた。
混乱して興奮を抑えられないフリをして、あちらこちらに目を遣る。大きく肩で息をする。
一人、後方に大きな包みを構えている人が見えた。装いからして、頭領のようだ。あの包みにハイデマリーが捕らえられているに違いなかった。
前を確認する。
ここまで観察しても疑われていないようだ。
なんだ、中々演技がうまいじゃないか、俺。
……いや、演技か、これ。
もはや実際に錯乱している。熱に浮かされている。
だから極々自然に、怪しい動き全開で、堂々と馬を手繰り寄せることができた。背負わせた火薬に手早く火を付けて、馬力を付与することだって、できた。
「『
馬の尻を叩く。左に曲げながら走って、突進してくれる。
向こうの方から頭領らしき男の声が聞こえた。
破裂音がした。白い光が突然夜を照らした。俺だけは目を瞑ることができた。
相対している斥候は目を押さえながら遅れて臨戦態勢に入った。俺の行動が錯乱ゆえか、明白な敵意を持っていたのか、その判断に一瞬の時間が要ったようだった。
「『
強化した前腕で背中に隠した
一瞬である。ほんの一瞬の混乱。
ハイデマリーが捕らえられているであろう包みは捕捉していたから、一気に駆け寄る。
混乱しながらも、流石というべきか、盗賊団たちは陣形を作り始めていた。包みを持つ頭領は最後列に引っ込んでいた。
立ちふさがる馬の脚を低木に見立てた。体を右に左に倒して走る。何度も肩と膝をぶつけたけど、どうにか頭領の前に躍り出た。後ろの連中は俺に躱されて体勢を崩していたので、ほんの数秒、死角からの攻撃は止んでいた。
頭領は他の連中よりも腕一つ分肩幅が広かった。混乱はほとんど終わって、崩れそうな体勢から脚を揃え直した程度には、構えがあった。
正攻法で勝てるわけがない。
刹那の駆け引きが必要だ。
正面からではやられる。だまし討ちをしないと。
認識の差を使え。相手の発想を裏切れ。
その準備はあるか。
ある。
相手が俺をなんだと思っているかだ。
襲撃された時点で敵だとバレている。分析をしている
おそらく最初に、単身乗り込んでくるんだから職業持ちだと思われる。
となれば戦士か魔術師か、戦士なら剣士の類か
しかし俺の身体能力がそうではないと、ジーツェンの盗賊団ほどの技量の持ち主たちなら察知する
馬力の
いや、無理だ。この一瞬では無理だと
だから彼らの目には今、非力な職業未取得者が発想を駆使して立ち向かっているように見えている
その証拠に間合いがやけに近い。攻撃力は警戒されていない。
俺は普通に
跳ぶ。精一杯。頭領は剣で迎え撃とうとしている。
そして空中で、唱える。
「『
達人であればこそ、陥り得るものを狙った。
俺の跳ぶ強さから、
だけど、空中で付与術によって急に剣が加速したらどうなるか?
力の入れどころが合わなくなる──
「……ひひっ!」
──
成功するなんて、思ってなかったけど。
頭領の剣は落ちていた。
引きずり下ろすことはできないから、また馬の脚を叩き斬る。
馬が大きく揺れる。頭領は包みを馬の下敷きにしないように投げる。
そちらに跳ぼうとする。だけど頭領も俺みたいな小僧にやられっぱなしじゃない。
俺が馬に近づくときに、顔を思いっきり蹴ってきた。
口の中に温かいものがあふれ出した。それが呼吸を邪魔したから、吐き出しもせず、吸いもしなかった。
暗い視界が白む。一秒後には力が抜ける予感がある。
──あなたは戦いについては素人です。問題は山積みですが、一番は継戦能力かと。
賢者様の言葉を思い出した。
慧眼だ。
「『
全身の血管が脈動して、強制的に血を一周、回した。
これは気つけの付与術。意識を強制的に覚醒させる。
戻って来た。
視界の輪郭がはっきりした。
包みまで一直線。背後に残した馬は手つかず。
ここだ、ここで全部使い切る。
「『
今度は全身を強化する。
一歩でつんのめりながら包みに辿り着いた。抱えた。人の重さがあった。捲って確認する。
ハイデマリーはうずくまっていた。意識を失いながらも歯を食いしばって、耐えていた。
振り返って盗賊団を確認する。今度こそ体勢は整っていたけど、相手にする必要はない。
大きく膨らんで横に走って、馬まで迂回して辿り着いた。
何秒だ!? 一秒にどれだけのことをやった!?
「『
跨る。なんとか発進する。
「ごめん、ハイデマリー、すごく揺れ──」
抱えた彼女に話しかけようとしたけど、声が出なかった。
息が止まっていた。
また意識が白んだ。
「『
戻ってくる。
今度こそ大きく息を吸う。喉がゴッと震えて信じられない音が出る。
それでも、整える暇なんてない。全身のどこからも力が抜けない。
あまりの揺れに袋を落としてしまわないように、抱え直して、逆の手で綱を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます