第20話 ここではないどこか
停留所から離れ、ちょっと喧騒が遠くなったところで、私たちは立ち止まった。
二人とも息切れしていた。肩を上下に揺らして、それが落ち着くころになって、ようやく私から口を開いた。
「……よくわかったね、ここに来るって」
「その……」
「待て。まず礼を言うべきなのか、私は。さっきのアレ、マズかった?」
「……はい。その、停留所にはスリがいるので、財布を見せるのは、さすがに」
「そうかぁ」
世間知らずは承知の上だと思ったけど、思ったよりボロが出るのが早い。
ふう。
前を見る。
さっきからずっと知らないことばかりで、知っている何かが目の前に現れたというのは。
いい加減、自覚するのである。
「わりいけど、私は帰らないよ。」
私は揺れていた。
こいつに見つかってしまって、やむを得ないことにして、帰ろうとしている気持ちが芽生えていたのだ。
だからこいつから距離を取った。
「殴って痣つけるくらいはしてやるから、それを言い訳にして報告する、くらいでどうだい。怒られ具合は減るんじゃないかい」
できるだけ敵意を全開にした。
助けてもらった恩は後回しだ。
振り向いて停留所に足を向ける
「……待って!」
「だから」
「そうじゃなくて! その、連れて帰ろうとかは! 別に!」
啖呵を切ってきたものの、ヴィム=シュトラウスはもじもじしていた。
口をあー、とか、いー、とか動かして、私に言うべき何かを言えないでいるようだった。
「あのー……王都の方に行くなら、その、ジーツェンを超えないといけないから……あそこはその、お嬢様も、あの、ご存知かとは思いますけど、ここよりも……ずっと、あの……、……治安が、悪いので」
ぶつぶつと、半分くらい聞き取れる。
「護衛が、必要になります……」
「……は?」
「なりませんか、ね……へへへ」
「何、協力してくれるの」
こくこく、と首を振っている。
それはつまり、ついてきてくれるということである。私に。
きて
いやいや。そんなこと思ってはいない。
「……路銀が足りやしないよ。もちろん私の分しか貯めてない」
「あのっ……! これ!」
バッとヴィムが掲げたのは、小さな革袋。
「お金なら、あります。僕の分は自分で面倒見れます」
そう、使用人なら、給料や小遣いが多少あったりするはずだ。血のつながった親がいないのなら、今から独立するためのお金を貯めていてもおかしくない。
けどそれは手を付けてはいけないお金のはずで。
何より、それを持ってきたということは。
「どうして、そこまで?」
ここまで来たら、私にも事の次第というのがようやく呑み込めてきた。
どうもこいつは私の敵ではないらしいのである。ついてくるということも、別に監視だとかそういうことではないみたい。
じゃあ、どういう意味か。
然るべき推論が一行先に出ている。私にはそれがわかっていて、人生で初めてのことで、どうしていいかわからないくらい、期待が膨らんでいた。
「──思った、から!」
らしくもなく、ヴィム=シュトラウスは声を張った。
「どこかに行きたい、って、思っちゃったから!」
言い切ったあと、彼は私の目を見ようとして、逸らしてを繰り返して私の返答を待っていた。
彼なりに勇気を振り絞ってくれたわけだ。
──にしてはみっともないじゃあないか、このチビ。男ならもっと堂々としてろ。じゃないと連れて行きたくもない。
私はニヤついてなんか、いないのだ。
たまらなく嬉しくなんか、ないのだ。
「来いよ」
顔を見られたくなかったから、やっぱり振り返って、手だけで招いて足を進めた。
後ろからついてくるはずだと思って耳を澄ませて、すぐには足音が聞こえてこなかったから不安になって、でもトタトタと遅れて来たから、こいつ呆けてたなと安心した。
「その……あの、聞いていいですか、目的地」
これを言うのは初めてだ。
親にも、友人だと思っていた子にも、誰にも言ったことがなかった。
「フィールブロン。かの
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