第8話 山刀
「げっ、ヴィム」
ヴィム=シュトラウスは私に何かを言おうとしたみたいだったが、ガキどもを目の前にして、硬直していた。
「あっち行けよ」
こいつとガキどもの間にある空気は、友達という感じじゃなかった。
ヴィム=シュトラウスの方は気まずそうに「あっ……あ、」って呟いて何か言おうとしているだけだし、ガキどもの方は攻撃的に黙り込む感じの、無視にならない無視で応戦しようとしている。
「そんな邪険にしなくたっていいだろう。こいつは今、私のお付きなんだ。放っておいて私たちの話をしようじゃないか」
私がそう言っても、ガキどもは敵意の目を向けてやめようとしない。
なんだ、何かあったのか。
「なに、イジメてたの」
「……違うし。だって、こいつ暗いし、なんかブツブツ言ってるし、人の話聞かないし」
ヴィム=シュトラウスの方を見る。
俯いている。いや、軽く怯えている?
やはりイジめられていた?
ガキどもの方に向き直ってみると、私に反抗していたときより強く結束して、彼を煙たがっているように見えた。
……こいつら、そういうことするのか。
なんだか、急に体の芯に冷ややかな棘が生えた気がした。
子供なんてそんなものか?
ヴィム=シュトラウスという異分子が入ってきたことで、私たちの威勢はすっかり削がれていた。
当人はといえば、黙りこくって俯いているだけだったけど。
「……もういいよ、お前ら、帰りな。すまなかったね。無理やり付き合わせて。もう結構だぜ」
ガキどもは突っ立っているだけだった。
「さっさと行きな」
凄むと、ガキどもは逃げるように去っていった。
こうして私は、一人森に取り残されてしまった。
……いや、二人か。
横目でヴィム=シュトラウスに目を配る。
「人を追い掛け回すなんていい趣味してるじゃないか」
「……ははは」
「連れ戻しに来たのかい? 悪いけど暴力も辞さないぜ」
「……お嬢様、その、僕は……あの、危なくないように、というか」
「は?」
「あの、その、旦那様は、危なくなったら知恵を貸してやれと」
「知恵だぁ? お前みたいな愚図に何ができるってんだい」
「そ、その……」
ヴィム=シュトラウスはいきなり背中に手を伸ばして、何か物を掴んで前に掲げた。
刃物だ。
十分な刃渡りがある、
全身の毛穴から汗が噴き出る。慌てて距離を取る。
「て、てめえ、どういうつもりだ!」
「ち、違います。すみません、その、山歩きのことなら、少し……」
山歩き?
そっか。山の刀なんだから、道具か。山歩きの。
「……なんで使用人が山歩きなんてするんだい」
「あの、正しくは山狩りというか……その、なんと言いますか、お嬢さまが逃げたときにはみんなで山狩りをする、ので……」
「え、君たちそんなことしてたの」
「……はい」
「毎回?」
「……僕は二年くらい前からなので、そのときからは、はい、毎回です」
「ご苦労なこった」
ふむ。
状況が整理された。
お父様の命だか知らないが、こいつは案外私の冒険に協力的らしかった。
子供にしては山に慣れているふうでもある。というかそもそも、私がああやって捕縛して置いてきたのに、後から出発して私たちに追いつくあたり、実力も確かと見ていい気がする。
もう一度考える。
森も深まってきた。一人はさすがに死角が多すぎて危ない。
「おい、ヴィム=シュトラウス。ヴィムでいいかい」
「は、はい」
「ん!」
私は右手を差し出した。
ヴィムは一瞬、何をされているかわからなかったらしく、固まる。
でもすぐに握手を求められたことがわかったみたいで、
「よ、よろしくお願いします……」
「うん、よろし──」
かかった。
「──うらっ!」
「ふげっ!」
やつの手を絞るように外旋しつつ引っ張り、私の右脇に抜けさせるように地面に転がす。すかさず体を回して左手で背中を押さえつける。
「とでも思うと思ったか! 絆されるか馬鹿め!」
持ってきた縄でふたたび両手足を縛りあげて口に布を噛ませ、今度こそ行動不能にする。
「んー! んー!」
「じゃあね。帰りには解いてやるよ。覚えてたらね」
私はそのまま、森の奥へ足を進めた。
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