第7話 冒険仲間
お付き、もとい監視役の交代ということで調子が狂わされたけど、朝ごはんを食べてみれば気が落ち着いてくる。
今日は前々からガキどもを集めていた大事な日なのだ。
ズボンの紐をきつく結び、詰め込んだ鞄を背負って準備万端。
さあ、冒険を始めよう。
部屋の柱に括り付けた縄を地面に降ろす。落下点を捕捉される前に手早く伝って降り立った。
たん、と両足と片手が地面に付く。ちょっと遅れて鞄の重みが背に乗ってくる。
横目で索敵。
見る限り使用人は一名、ヴィム=シュトラウスを捕捉する。
監視していろとでも言われたのだろうか、ただただぼーっと突っ立っていて、突然降り立った私に戸惑っているようだ。
──まずはこいつを撒かなければならない。
「……おじょ、」
喋る前に、はっ倒す。
地面と空の区別がついていない間に革袋を顔に被せ、息を止めないくらいに軽く口を縛る。
「よし!」
快調快調。
見渡す限り他に使用人もいないらしい。そのまま予定通り、森へ駆けていった。
◆
「全員揃ってるね」
十人を超えるガキどもを前に、私は声を張り上げた。
屋敷から離れた南の森。
遠くから見えるような森の表面より一歩踏み入った場所。
植物の種類が減ってきて、鋸みたいな葉をした肌の白い木が目立ち始める。
生き物の数が減る代わりに体が大きくなっていくような、そんな気配がある。
もちろん、私も含めてリョーリフェルドの子供たちが「危ないから行っちゃダメよ」ときつく仰せつかっている森だ。
ダメと言われなかったら行かなかったかもしれないが、言われたので来てしまっても仕方がない。
こほん、と喉を鳴らす。
「諸君! 我々は再びここに集まった!」
さあさあ、冒険の始まりには演説が不可欠。
「前回こそ卑怯な大人どもに後れを取ったが、此度の遠征は──」
我々はこれから命を賭して未開の深奥に向かう。長としてちっとばかし士気を上げてやるのも義務の一つだろう。
ここに集められたのは己の心に炎を灯す
私の志に共感し、死してなお冒険を続ける覚悟を決めた精鋭なのである。
「オリバー! 旅行記の書き出しは考えたかね!」
「はい!」
「良い心がけだ! エーミール! 虎狼と相まみえたとき、その拳は振るえるか!」
「もちろん!」
「トビアス! ティナへの土産話が転がっているぞ! 気張れよ!」
「……はい!」
よしよし、流石私。
これだけの人数を集めるのは大変だったが、数は即ち力だ。目標の達成のためにもこの勢いを保っておきたい。
何より、共に行く仲間がいるというのは。
「さあいざ行かん! 未開の森の奥地へ!」
◆
川を越え、丘を越え、斜面を登り、快適だった服の隙間から土が入ってきて、だんだん気持ちが悪くなってくる。
これだよこれ。
お腹いっぱいでふわっふわのベッドでいい子いい子されてるのは楽だ。きっと幸せだ。
だけど、どんどん体が重くなる。贅肉が纏わりついて立ち上がれなくなって、私の魂の形が包まれて誤魔化されてしまうような気分になる。
「お、おじょーさま!」
「ん?」
トビアスの少し情けなさが混じった声をかけられて、それが思ったより遠かったので急いで振り返る。
しまった、付かず離れずの歩調で来たつもりでいたのに、
「み、みんな来てません!」
「お、おう! 早く来い!」
温室育ちの領主の娘が先々行っているのに、大地を耕す
……そんなことも言ってられない。私は同い年のガキどもに比べて体が大きい。その分体力もあるということで。
もたもたと足元を余計に気にして歩く彼らを、いらいらを抑えて待つ。
ようやくみんなが追いついた。
「おじょーさま、あとどのくらいで着きますか」
「まだ半分も来てないよ」
無言で進み直そうと思ったが、ちょっと疲れているように見える。
士気が落ちているか。
森が本格的に深くなって前後左右の感覚がなくなってきたことも影響しているかわからない。迷いは歩みを止める、というのが先人の言葉だ。
隊長たるもの、ここらで士気高揚の一手を打たねばならない。ここまで来たのだ、引き返すとか抜かす腰抜けもいないだろう。
「よーし追いついたな。これからいよいよ──」
「……おれ、もう帰る」
一人、ぼそっと言った。
「……は?」
「家の手伝いがあるんだもん」
それを言った少年──ウッツにみんなの視線が集まった。
すぐに気付いた。
たまたまそいつが口走っただけ、という雰囲気じゃない。横目で見合っていて、さっきまで俯いていたやつらが同じ方向を向いて繋がったような感じだ。
これは、口火を切ったというやつだ。
「……なんだい、そりゃ」
「母ちゃんに、お嬢様について行くなって言われてんだ!」
「おいおいウッツ、抜けてきたんじゃないのかい。この先の冒険に憧れてきたんじゃあないのかい」
「言ってないもん! お嬢さまが無理やり連れてきただけだもん!」
そいつに同調するように、周りのガキどもも声を上げていく。
「俺もずっと嫌だった!」
「……ぼ、ぼくも、お母さんからダメだって」
「あ、危ないし、帰った方がいいんじゃないかな……?」
急激に旗向きが変わってしまった。
私は彼らを率いていたはずなのである。しかし立場が完全に入れ替わってしまった。彼らは私の反対側に立っていた。
まずい、これはまずい。このままでは冒険が終わる。
森の奥だけを見ていたら、後ろから思い切り髪を引っ張られた気分だった。
──落ち着け。怒るな。
「……落ち着けって諸君。我々はまだ道半ばだ。こうして空中分解しかかるのも冒険の醍醐味の一つ、そうだろう? ほら、オリバー、何度も教えたろう、君と同じ名前の英雄が記した大冒険でもあったじゃあないかこういう瞬間が」
名指しして会話を試みる。
「……関係ないし」
成立した。どうだ、いけるか?
「いいかい、履いている靴の汚れ具合を見たまえ。それは我々が苦心してここまで歩んできた冒険者の証。冒険者の履物として本望って顔をしているだろう?」
背中に滲んだ汗を誤魔化す。
会話だ、とにかく会話。私に向けられた不信感を逸らさないと。
ああ、だがしかし。
ガキどもの頭の中にはもはやこの先への興味などないみたいだった。
視線が上向いていない。足を踏ん張っていて、膝を前に曲げて持ち上げようとしていない。
「いざ行かん、魔獣どもの巣窟へ! これは我々の冒険の序章に過ぎないわけで、既に見た景色だけでも大人しく農作業しているだけでは見られないので、だから、その……」
いい調子で来たのに、言い澱んでしまった。
ついてきたとして、それは早く終わらないかなと思って耐えているだけだ。
もう折れているな、と思いかけたけど、違う。最初から折れるものもなかったのに私が無理やり連れてきたのだ。
無理やりしゃべっている私が黙り込んだものだから、静かになった。
「……知ってるぞ!」
するとガキどもの一人が、不意に声を張り上げた。
「お嬢さまは領主さまに怒られてんだ! だから俺がお嬢さまから逃げても領主さまは怒らない!」
うん、うん、とみんなが頷き始める。
通っている理屈らしい。ガキどもなりに天啓が降りたみたいな気分になったらしくて、雰囲気として、私は言い負かされたことになった。
つまり。
「……そうかい、君たちはやっぱり、私が領主の娘だからついてきてたんだね」
やはりガキどもの意識としてはそういうことなわけである。
拳をギュッと握りしめて、悲しいんだか悔しいんだか。
あれだけ反抗した父親の威光を借りていたなんて、格好悪いったらありゃしない。
薄々は気付いていたけど、もうちょっと何か、あるもんだと思っていた。
私と同じように駆り立てられている人というのが、近くにいるものだと。
「帰れよ、おまえら」
いつの間にか持ち上がっていた肩を下ろした。
力が抜けてしまった。
私があんまりにも急に素直になって許すものだから、ガキどもはちょっと戸惑ったみたいで、帰るにしてもおずおずと、後ずさるように、横目で「いいのか……? いいのか……?」と見合うようにしていた。
そのとき。
ガサ。
対立すると私とガキどもの間の草むらが動いた。
獣かと思って、みんなその草むらにギュッと視線を集める。
警戒する。臨戦態勢になって、全員逃げるために腰を引く。
「……なんでいる」
しかし、木の陰からぬっと現れたのは、今日から私のお付きになったらしいヴィム=シュトラウスだった。
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