エピローグ

「おーおーおー! やったねえ!」


 誰もいないはずの聖域に、一人の女性が現れた。


 天真爛漫な明るい声。


 リタ=ハインケスだ。


 ずっと戦いを見守っていたのか、そのうちこうなるとわかっていたのか。

 まあやってることは悪趣味だ。


「安心したまえ死にかけのヴィム君! 我々【黄昏の梟ミナーヴァ・アカイア】は迷宮ラビリンス内に医療設備たぁーっぷりのアジトを持っているよ! 君になら万能薬エリクサーを浴びさせてあげたっていい」


「不要です」


 立ち上がる。


 リタ=ハインケスはやや後ろに引いた。


「えぇ……立てるの?」


「問題ないです」


「さすがの私も頭おかしいんじゃないかと思うよ。強化バフで無理やり動かしてるんでしょ、それ」


「はい」


「んんー?」


 目を覗き込まれる。


「なるほど、動かし続けないと死んでる状態なのか」


 多分、正解。


 なんだろうな、この人の観察眼は。


「……その、あなたみたいな人でなしに世話になるつもりはありません。協力するつもりも」


「つれないのー」


 ぷーっ、とおもちゃを貰えなかった子供みたいに彼女は頬を膨らませた。

 そして翻って、俺の方にちゃんと向き直った。



「じゃあ、これからどうするの?」



 明るいけど真剣さが伝わる声色。

 やはりペースが掴めない。


 ……そんでもって、この無遠慮な感じが苦手じゃないからタチが悪い。



「このまま次の階層主ボスを倒します。弱かったらまた次です」


「うんうん! それも一つの冒険心アーベンティアだね!」



 俺とは対照的な爽やかな笑顔。

 同じ声に呼ばれた者なのに、開き直るか否かでここまで違うか。


 リタ=ハインケスは俺の後ろにたったった、と回り込んで、背中をトンと押した。


 転送陣の方向だ。



「ほら、行きな! 君が行かなきゃ我々も行けない!」


「……そういうの、大事にするんですか、あなたたちは」


「もちろん! 我々はどこぞの正義気取った阿呆どもより、よっぽど冒険者と迷宮ラビリンス尊敬リスペクトしているんだよ!?」



 各単語の尾に大量の注釈が付いている気がするが、いいだろう。

 どうせ関わるつもりはないし。


 初めて第百階層に行く人間になることに関しては、まったくもって吝かではない。


 倒れた巨木を歩きながら跨いで、転送陣を目指す。



 転送陣の目の前まで来た。


 淡く光る幾何学模様。

 いざ最初に踏むと思うと緊張する。唾を呑む。



 急かしそうなものなのに、このときばかりはリタ=ハインケスは何も言ってこなかった。

 趣とか解するのかあの人……うわ、ニコニコ笑顔で見守ってる。逆に腹が立つ。



 息を止めて、一気に踏んだ。



 視界が切り変わる。



 明るさに目がくらむ。


 開いていた瞳孔に強い光が差し込む。

 続いて感じたのは肌寒さ。

 いや、温度差でぼやけているけど過ごしやすいくらいの気候か?

 少なくとも密林ジャングルよりはずっと涼しくて乾燥している。



 だけど目が慣れれば、そんなことは些事だと思わせる光景がようやく追いついてきた。



 山だ。見事に岩々が切り立った独立峰。



 何を感じているか、見ているかがすぐにはわからない。

 迷宮ラビリンスの中に山があった。

 今まで俺が迷宮ラビリンスの中の「広大さ」と形容していたものを虚仮にするような規模の階層。


 もはやここは迷宮ラビリンスの中なのか?


 いや、リタ=ハインケス曰くここは別大陸だったか。

 ますます説得力が出てきて嫌になるな。


 そして山と言われれば、特別に思い出すことがあった。


 このような山の主と言えば相場は決まっている。

 地上では人類が長い歴史の中で打ち勝ったことにされている、神にも値する宿敵。


 壮大さが直感に訴える。

 間違いない、ここはこの世で最強の生物の根城。


 手が、震えた。



「……ヒヒッ」



 この山には、竜が棲んでいる。


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