第78話 所在
冒険者ギルドには「所属禁止期間」という奇妙な規則が存在する。
パーティーを離れた者は一か月の間別パーティーに所属できなくなるというものだ。
現在では能力の高い者がパーティーを離れた際の準備期間、及び他パーティーによる給与つり上げという恒例行事を引き起こす期間として使われているが、あくまでそれはもともとの意図に伴って行われるようになった事象でしかない。
では、そのもともとの意図とはなんだったのか。
鉱脈に鉱石に宝石に魔石、はたまた水や食べ物、果ては土地や地図そのもの。
それらを統括する冒険者ギルドにとって厄介なのが、日々資源は種類を増やし、それに伴って規則もまた日々増え続け複雑化するということだ。
悪意を持った人間にとってこれほど付け入りやすい産業はなかった。
あらゆる種類の詐欺が横行し、中でもパーティー内に
これがなかなかに取り締まりにくい。
ギルド側も規則を改正し対応はするものの、一つでも規則の穴が見つかればすぐさま情報が共有されフィールブロン中のパーティーが被害に遭う。
これらの詐欺を構造的に抑え込もうとしたのが、そもそもの所属禁止期間の始まりである。
パーティー間の移動に最低一か月の時間がかかるとなれば、規則の範囲で冒険者を騙す手練手管に長けた人間の足を縛ることができる。
これがてきめんに効いた。
不便は増えたものの、一つの規則の穴で出る被害は大幅に減ったのである。
しかし、現代に至っても人の悪意がなくなることはない。
この手法を実行すべくパーティーに潜り込んだ間者は“狐”と呼ばれ、その慣習は未だに続いている。
「若者だけのパーティーっていうのは付け入りやすいんです。クロノスさんもあんなだし、しめた、って思ったんですけどね。いざ手続きを開始してみればやたらめったら引っ掛かりますし、大変でした」
「ははは……大分昔の話なんですけど、俺がパーティーを守るんだ、って思って規則を網羅しようとした時期があって、それでいろいろ複雑な
「やっぱりわざとだったんですね。どの経路を使っても最終的にはクロノスさんの本人証明の血印かヴィムさんの魔力印が必要なようになっていました」
「その、突然クビになったので、整理しきって出てくるのは無理でした。でもそれこそ“狐”みたいな存在が巨額を動かさない限りは特に不便はないので放っておいたんです。まさかかかるとは」
「ちょっと、悔しいです」
ソフィーアさんは微笑をたたえながら言った。
彼女は疑ってみればいくつか怪しい要素があった。
そもそも、ソフィーアさんが【
俺がそうだったように、パーティー間の移動は本来もっと慎重に、かつ評価されていれば周りを巻き込んで行うものだ。
基本的に能力の高い人間がパーティーを離れた場合は少なくともどこかの界隈で話題になり、オークションのような形で給与のつり上げ合戦が行われる。
クロノスたちを指導しある程度の階層まで潜るほどの手腕があるならば、ソフィーアさんのことを知っている人がいて然るべきだし、それに伴ったあれこれがあっていい。
しかしそんな痕跡は
彼女が前に所属していたパーティーすら定かではなかった。
加えて言うならば、所属禁止期間があるにも関わらずいきなり俺と入れ替わりで【
【
……まあ、一番不用意なのはクロノスだけども。
どれも「怪しいかも」という域を出ない要素でしかない。
けど実際に会って話してみれば、ソフィーアさんはギルドの規則をかなり把握していたし、それを使った打算もできるくらい聡明な人に思えた。
となるとその聡明さと行動の水準が一致しない。
あまつさえ彼女は杜撰な【
その上「引継ぎ」と称して俺に不用意な署名を迫ったりする瞬間があれば、なおのこと。
「……ソフィーアさん。あなたはとても良い人に見えた。現に三人はあなたに、その、大分助けられたと思います」
「詐欺師とはそういうものですよ。傍から見れば善人そのものなんです」
「でも、それで問題はなかった。だって俺の置き土産が機能したんだったら、あなたは詐欺未遂のただの有能な助っ人、ですよね」
口が回る。
早口で聞き取ってもらえているか心配になる。
「ヴィムさんはやはりとても有能な方ですね。これなら話が早そうです」
何もかも承知したような彼女の顔を見て気付く。
口が回っているのは、遠回りをしたいからだ。
「本題に入ってください、ソフィーアさん」
ここまでの事実は織り込み済み。
今までだって互いに半ばバレている前提で立ちまわっていた。
それでも知らないフリをしてきたのは、互いにそれで問題がないからだ。
時さえすぎればすべてはうまく回って無に帰す。
だが彼女は俺を呼び出した。
頭を下げれば無言で魔力印を刻んでくれるなんて思ってはいないだろう。
今だって彼女の要求は俺が嫌だと言えばすぐに跳ね除けられる。
このままならそれでおしまいでしかない。
つまり、交渉材料を持っているということだ。
「交換条件は、なんですか」
本題はここだ。
傍から見れば俺の境遇は十分に恵まれているだろう。
財では俺への交渉材料になり得ない。
ではその交渉材料とはなんだ。
心当たりがあった。
状況証拠しか存在しなかった。だから断定するのは控えて調査のみに留めていた。
ここ最近の【
ソフィーアさんはおもむろに、紙の束を取り出した。
「これは【
彼女の目は据わっていた。
その事実を俺がどう受け止めるかをわかっているようで、ゆえに俺に限ってこれが立派な交渉材料になると確信しているようだった。
そう、これが真実なら、【
「あなたが今保護している
──大きな責任があるに、違いなかった。
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