第77話 追跡者たち⑤
「私だよ、アーベル」
「あれ? ハイデマリーさん? それと、あれ? その子はラウラさん、ですか?」
「そうだよ。さすがに優秀だね。それとは別に君も座れ。二回目だぞ。君も説教だ」
「はい? いやどの口が」
「まあまあ、一旦座れ」
「ああ、はい。わかりました……?」
アーベルは流れに負けてラウラの隣に座った。
先手必勝である。このまま押し切ってやれ。
「まずはラウラだ。いいかい、君がヴィムに恩返しみたいなのをしたいってのはわかった。気になるのもわかる。でもその様子じゃヴィムの家でも四六時中ベタベタしようとしてるんじゃないのかい?」
「……はい」
「相手の気持ちになって考えな。気が休まるときがないとは思わないかい?」
「……はい」
ラウラは罪悪感に負けたのか口答えをせず反省している。
よしよし子供は単純な理屈が通れば可愛いものだな、うん。
「どの口が言ってるんですか……」
「君もだぞアーベル! やはり君はご執心の男の尻を追いかけ回す変態なのか!?」
「俺はれっきとした監視役です!」
「ほう? 業務を言ってみろ」
「……一日三回の所在確認と、睡眠中の監視です」
「君がやっていたことを陳述していただこうか」
「いや! その! 業務です! 団長からもできればヴィムさんと一緒に祭りを回るよう仰せつかっています! 話しかけようとし続けてたらあんな感じになっちゃって」
「言い訳してるようにしか聞こえないなぁ。やってることが一緒なら評価も一緒。大人なら当然だよね?」
「う」
勝ったな、これは。
どうやってお帰りいただこうかな。
これは何言っても大丈夫か。
「その……」
ラウラが何か言いたそうにしていた。
「なんだい、言ってみな」
「ヴィムさまって、その、ちょっと何かしてあげようと思っても、すぐ逃げてしまうというか……」
「あー……」
本当に困った目、悩んだ目をしていた。
「私、ヴィムさまに嫌われてるんですか……?」
「やめろやめろ! そんな真剣な目をするな!」
「……やっぱり嫌われてるんだ」
いっそうしゅんとしている。
私の説教よりも遥かに堪えてるみたいで、放っておいたら数十秒後に声を上げず静かに涙を流しそうな気配だった。
「あー、その、なんだ、ラウラ」
勘弁してほしい。
傷つく必要のない良心が傷つくじゃあないか。
「あんまり言いふらすことでもないけど、ヴィムの家は使用人の家系なんだよ。昔からそうやって育てられてきたし、尽くされることの違和感はとんでもないと思う。ベタベタするにしてももっと別の方面を模索した方が良い」
「えっ、そうなんですか」
お前に教えたんじゃねえよアーベル。
「言いふらすんじゃないよ」
ラウラはちょっと納得したような、自分の悩みが肩透かしになってホッとしたような顔をしていた。
垂れた耳がわずかに持ち上がっていた。
あーもう、ズルいなぁ。
「さあさあ二人とも帰った帰った。私も特に君たちを咎めるつもりはない。動機も不純とは言い難い。でも実際に現れる行動がすべてだ。以後気を付けるように!」
「「はい!」」
よし。
さあ、またまた時間が取られてしまった。
これでゆっくりとヴィムの方に──
「そういえば、スーちゃんはなんでこんなところに?」
ラウラは足を止め、振り返って言った。
正直こうなる予感はしてた、うん。
◆
ヴィムが入って行ったのは外れの方の喫茶店だった。
店の奥の奥に向かっている。
私もこっそり店内に入り、監視に丁度良い場所を取るべく気を付けながら周りに目を配った。
「なんでついてくるんだい」
「そりゃ来ますって。流されそうになりましたけど」
「いいのかな、こんなことしていいのかな」
邪魔な連中付きで。
仕方ない、こうなりゃ一蓮托生だ。
ラウラが小さいのが助かった。
あんまり状況は把握していないみたいだがまあいい。
なんとか障害物の隙間からヴィムを視界の端に入れられるテーブルに三人で座る。
「二人とも静かにしてろよ」
「了解です」
「……はーい?」
ヴィムは落ち着かない様子で二人掛けのテーブルに座っていた。
前とはちょっと違う。
あれは……思いつめてるな。
訳ありか?
となるとやはり【
「ヴィムさんって、
アーベルは小声で言った。
「まあ、そうだね。よく見てるじゃないか」
「喋り方も大分戻りましたし」
「君たちからしたらさぞ残念だろうねぇ」
「いや、俺はこっちのヴィムさんの方が割と好きと言いますか、ヴィムさんに合ってると思いますけど……」
まさかこいつの口からそんな言葉が出るとは思ってなかった。
「……アーベル! 君、わかってるじゃあないか!」
こんなに話のわかる奴だとは思わなかったぜ。
「誰か来た!」
ラウラが言った。
彼女が指さす方を見ると、そこにはフードを深く被った人物が一人、間違いなくヴィムの方に歩いてきていた。
「女、だよね、あれ」
「そうだと思います……あの人、前と同じ人じゃないですか?
目を凝らす。
尖った耳が見え隠れしている。
クロノスの女?
いやそれはおかしいだろう。
もうヴィムの後任への引き継ぎは終わったはずだ。
何が起きている?
「デート、ですかね?」
「馬鹿言うなアーベル。ヴィムだぞヴィム」
「いやいや、ヴィムさんの後任ですよ。教えていくうちに……みたいな話もあるじゃないですか」
「やめろって。そんなわけないって」
「新しい環境で苦労していた分、支えてくれたのは同じ苦労を共有した理解者だった、とかも」
「やめろって言ってるだろうが木偶の坊!」
まったく、しょうもない予想ばかりしやがって。
違うはずだ。
うん、違う。きっと違う。
たかが似たような立場くらいでヴィムは篭絡されたりしない。
「ヴィムさまに恋人が……?」
ラウラはラウラで勝手にショックを受けていた。
「ハイデマリーさん、ラウラさんがショック受けてますよ」
「知らないよ! 絶体絶命の危機を救ってくれた王子様に恋人がいたらそりゃあ思春期の夢見がちな女子としちゃあ残念だろうねぇ!」
「完全に理解してるじゃないですか」
ダメだ、こいつらと推測してても埒が明かない。
二人には見えないように
こうすればヴィムの上着に仕掛けたもう片方の小石から振動が伝達され声が再生される。
しかし音は何も聞こえてこなかった。
もう一度確認する。
やはり何も聞こえない。
違う。店に入る前は機能してた。となるとタイミングは絞られる。
聞こえなくなったのはあの
「おいアーベル、一応突入準備しといて」
「え? ついに嫉妬で頭がおかしくなりましたか?」
「……違う。あの
*
「やっぱり、あなたですよね」
俺を呼び出したのはソフィーアさんだった。
でも前に会ったときとは様子がまったく違う。
目の前に優雅に座る彼女には、生き馬の目を抜いてきたような風格がある。
「……ここに来たってことは、その、そういうことですよね」
もう確定しているようなものなのに、俺は無意味な質問をする。
気になっていたことが的を射ていた。
そしてそれは、最悪の予想通りに繋がり得ることもわかっていた。
「はい」
特に繕う気はない、そう言われているようだった。
「さすがヴィムさんです。いつからわかってたんですか?」
「割とその、最初からです。俺に要求する手続きが全部クサかったっていうのと、あとはあなたの経歴が怪しかったのも。でも確証がなくて、ソフィーアさんが三人を支えてくれることもわかっていたので、どうしようかなと思ってました」
「私も困ってたんです。美味しい獲物が自分から転がり込んできたと思ったら、なんだか一筋縄ではいかないんですもの」
「置き土産が役に立った、って喜ぶべきですかね……」
ソフィーアさんは怪しげに微笑んでいた。
それにはわずかな哀愁も含まれていることがわかって、俺みたいな未熟者とは生きてきた道が違うことが感じられた。
「結界を張りますね。一応聞かれたら困る話なので」
「本当に、詐欺師みたいなことしますね……」
「だって詐欺師ですもの。巷では“狐”と言った方が通りがいいでしょうか」
あっけらかんと彼女は言った。
そして小さな鞄から紙切れを一枚取り出して、俺の目の前に差し出した。
「はい。ヴィムさんがここに魔力印を刻んでくださるだけで、【
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