第58話 素晴らしき歓迎会

 【夜蜻蛉ナキリベラ】は第九十八階層を完全に踏破し、第九十九階層の開拓にも出遅れずに済んだ。


 ようやく繁忙期を抜けたわけだ。

 団員のみんなは通常運転に戻ったと肩の力を抜いていた。

 対して俺はその一番忙しい時期に入団したので妙に手持ち無沙汰のように感じてしまっていた。


 これからはペースを落としていくから気力を養えとのお達しだったが、それでも妙に落ち着かない。


 するとカミラさんが気を利かせてくれて、冒険者ギルドに軽いお使いを頼んでくれた。

 街で散歩でもして気を緩めろとも言っていた。



 ギルドの扉をくぐり、受付の順番が回ってくるまでに深呼吸。


 今の俺は【夜蜻蛉ナキリベラ】の一員であり、中でも目立っている存在だ。それが怪しげにもごもごとしているのは良くない。



「こんにちは! 【夜蜻蛉ナキリベラ】のヴィム=シュトラウスです! 収支報告書をお持ちしました!」



 ちょっと声が大きかったか?

 受付の人一人に話しかけるのに必要かつ十分なくらいのはずだけど。


 周りを見ると、若干こちらを振り向いている人がいるようだった。

 いや、まあ元気が良い若者、くらいに収まってるんじゃないか?


「ああ、はい。こちらへ」


「お願いします」


 受付嬢さんはパラパラと書類をめくって確認している。


「はい、問題ございません。お預かりしますね」


「ありがとうございます。失礼します」


 よし。噛まずに、止まらずに言えた。


 一安心。そんな俺の様子を知ってか知らずか、受付嬢さんは俺の方を見てニコッと笑った。


「ヴィムさん、なんだか明るくなりましたね」


「そうですかね。そうだったら嬉しいな」


 俺も笑って返すことができた。





 帰路の足取りは軽かった。


 よしよし。俺もちゃんと立派な一冒険者になっている。

 まだぎこちないし滑稽な部分もあるだろうけど、前よりは百倍マシなはず。


 みんなはとっくの昔に知っていたことかもしれないが、どうやら俺から明るく振る舞うことで相手もやりやすくなることが多々あるらしい。


 何もかもその方が上手く回る。ちょっと疲れるけど、総合的にも実は楽だったりもする。


「……あれ?」


 屋敷の門を抜けて気付いたが、妙に静かだ。


 いつもなら多少の人の気配というか、話し声くらいは聞こえてくるものだけど。

 でも明かりは点いてるな、どこかの部屋で集まって緊急会議でもしているのだろうか。急がなければ。


 重い扉を押しながら、誰にともなく帰宅の報告をする。



「ただいま戻り──」



 パン、パパン!という音が鳴って、背中がビクついた。


 それはクラッカーの音だった。

 目に大きな垂れ幕が映った。何やら文字が書いてある。



“ようこそ夜蜻蛉へ ヴィム=シュトラウス”



 唖然としていると、垂れ幕の裏からカミラさんが出てきた。



「あー、こほん。こういう台詞を言うのは、その、なんだ。まあ恒例だ。忙しくて後回しにしてしまっていてな、すまなかった」


「へ?」


「……団長、謝罪から入ったら意味わかりませんって」



 なんだなんだ、みんないるぞ。



「うむ、そうだな。では、私から音頭を取らせていただいて、せーの!」



 みんなは一気に息を吸った。



「「「「【夜蜻蛉ナキリベラ】へようこそ!」」」」



 凄い音量と音圧。


 ようやく俺は事態を理解する。


 これは、サプライズというやつか!?


 理解しても呑み込めない。


 なんだこの感情は。えっと、なんだ、これは。泣きそう。でも何か言わないと。


 えっと、その。



「みんな……ありがとう!」



 思いきりお辞儀をしながら、辛うじて出たにしては上出来な大声だった。


 心底から出た言葉。最後の方は震えてたかも。


 顔を上げると、とびきりなみんなの笑顔が見えた。





 祭りと見紛うくらいの豪華な食事だった。


 七面鳥みたいな鳥が多数。

 会議に使われるこの大広間も、立食パーティーの会場として飾り立てれば相当見栄えが良くなる。

 結婚式とかもできるくらいじゃないだろうか。


「新団員が入るたびにこうしてサプライズパーティーを催すのがうちの恒例なんだ。今回は繁忙期が重なってどんどん後回しになってしまってな。ようやく一段落ついたということで、な」


 カミラさんははにかみながら言った。


「えー、そうだな。うん。改めて言うのも気恥ずかしいのだが、言っておかねばならないことがある。団員を代表して、第九十八階層の話もまとめて、だ」


 彼女は急に畏まって、そしてみんなの視線を集めて、一礼した。



「ヴィム=シュトラウス殿。私たちの命を救ってくれてありがとう。貴君は私たちの恩人だ。そしてできることならこれからも、共に戦ってもらいたい」



 みんなも続いた。

 ありがとう、とか、よろしくお願いします、とか、そういう言葉が次々に聞こえてきた。



「僕も、これからもよろしくお願いします!」



 これが感極まるというやつだろうか。


 泣きそうだった。



 パーティーはつつがなく進んでいく。

 美味しいご飯を食べながら、みんなと改めて挨拶をして、面識があまりなかった人とも親睦を深め合っていく。



「ヴィムさん」



 アーベル君が、何やら緊張した顔で俺の前に立っていた。



「その、ヴィムさん。あの」


「えっと、僕、何かしたかな?」


「いえ、その、そうじゃなくて」


「?」


「目標、にさせていただいてもいいですか!?」


 ん?


「それはどういう……」


「いろいろ考えました。単に憧れてるだけじゃダメなんだって」


 お、おう。そうか。いろいろ考えてくれたのか。



「負けませんよヴィムさん! 単なる憧れじゃなくて、目標として、ちゃんと追い付いて見せます!」



 何やらよくわからないけど、アーベル君なりに俺にそういう尊敬みたいなものをぶつけてくれているのはわかった。


 正直ちょっと戸惑う。

 そんなまっすぐな感情をもらったことがなかったから。

 今までの俺なら驚いて引いていたかもしれない。


 でも今の俺は違う。

 もらった気持ちを真正面から受け取る礼儀を知っている。



「うん! 良かったら訓練、付き合うよ!」



 おおー、と声が聞こえてきた。アーベル君は感激した顔をしていた。


「でも、多分組み手とかやったら俺、普通に負けるよ……?」


 温かな一笑いが起こった。



 ──改めて思う、【夜蜻蛉ナキリベラ】は素晴らしいパーティーだ。



 高い実力だけじゃない。豊かな心で人を気遣うこともできる。


 素直な心をもって生まれた人が、恵まれた環境で、温かい人に囲まれて、努力を重ねてまっすぐ育って、自分の力で成果を勝ち取ってここにいる。


 きっと挫折や苦悩も知っているんだろう。

 だから人に優しくなれる。

 不運や才能の限界に、強い意志と、もしかすると家族や友人や恋人と一緒に立ち向かった。そして打ち勝ったんだ。



 みんながみんな、選ばれた人たち。



 そんな人たちが、俺を命の恩人と慕って、認めてくれている。



 ああ、なんと素晴らしいことだろう。

 俺は評価され、こうして迎え入れられ、俺が素晴らしいと思う人たちの輪に入る。入っている。



 この人たちと一緒ならどこへだって行ける。

 俺は正しく、みんなで力を合わせて、この先の人生を生きていく。疑問の余地など何もない!




 【夜蜻蛉ナキリベラ】は最高だ!




 その夜、食べたものをすべて吐いた。



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