第42話 追跡者たち③

 俺がソフィーアさんとやり取りするようになった経緯については、俺が【竜の翼ドラハンフルーグ】を追放された直後まで話が遡る。


 パーティーの経理全体を担当していた俺の引き継ぎを、ある日突然手引書もなしに完全に終えるのは無理があった。


 なので追放されたあとに一回だけ、ソフィーアさんと引き継ぎのために会ったことがある。

 俺としてもあまりやりたいことではなかったが、いざ会って話してみればそういえばやっていた複雑な処理がたくさん出てきた。


 そのときは諸々を書き殴ってあとはお任せという形を取った。

 しかし【竜の翼ドラハンフルーグ】の財政状況が悪化するにつれて、どうもクロノスはよくわかってなかったらしい権利関係を確認しなければならないことも増え、あるいは俺のサインがあった方が簡単な話すら出てきてしまった。

 具体的に言えば財産の売却等の話になる。


 というわけで、療養期間によって落ち着いている今、完全に引き継ぎを終わらせてしまおうという算段なのだ。


 話してみてわかったが、このソフィーアさんという人は相当理性的な方のようで、抜け目なく賢く、物事をよく弁えていらっしゃる。

 てっきりクロノスに惚れて【竜の翼ドラハンフルーグ】に来たものだと思っていたが、もうちょっと事務的ビジネス・ライクな動機でパーティーへの参加を決めたようだ。


「──というわけで、そこの金鉱脈については他パーティーと損な分配になってるんですけど、代わりに回復薬を来年まで融通してもらえる話になっていまして」


「なるほど。そっか、回復薬は制度では財産の計上外ですね」


「はい。思い付きでやっただけなので、もう換えていただいて大丈夫かと」


 いろいろと俺が手探りでやっていて複雑になってしまっていたことも、説明するだけですぐに理解してくれる。

 そもそも論点と疑問も整理してから来てくれるのでこちらもやりやすい。


 気遣いもできる人だ。

 本来俺には【竜の翼ドラハンフルーグ】に義理立てする得はないが、そのあたりを弁えて最低限の時間とやり取りで済ませてくれようとしている。

 そういう誠意を見せられたら、俺としても邪険に扱えない。


「じゃあ、あと一回顔合わせるくらいの感じで、全部ですかね……?」


「はい。ありがとうございました。毎度一方的にお手数おかけしてすみません。次で全部済ませますので」


「いえいえ」


 ちょっと気になることもあるけど、勘違いだろう。


 この人なら任せて大丈夫だ。


 そう思った自分に驚く。俺はまだ【竜の翼ドラハンフルーグ】を心配していた。



「あの、ソフィーアさん」



 去ろうとするソフィーアさんを、呼び止めていた。


「第九十七階層の階層主ボスについてなんですけど」


 俺が階層主ボス、と口にした瞬間、彼女の目に違う色が入ったのがわかった。


 ……やはり、問題が起きているか。


「その、いろいろ言われてるかもしれないんですけど、ちゃんと認可は下りると思います。だからその、そんなに焦らないでというか、それだけであと数年はやっていけるので、あまり余計なことをしないでも大丈夫と言いますか」


 追放されたときはそりゃあ悲しかったけど、過ごした日々には一筋縄ではいかない思いがあった。

 曲がりなりにも同じときを過ごした仲間だと、俺くらいは思ってもいいんじゃないかと。


 そういうことを、不意に考えた。


「ごめんなさい、ソフィーアさんに言うことではないですよね」


 思いが先走ってしまった。すぐ頭を下げた。


「いえ、大丈夫です。伝えておき……伝えた方がいいですか?」


「それはその、やめておいていただけると」


「ふふ。わかりました」


 初めて笑ったソフィーアさんを見て、これはクロノスが放っておかないんじゃないかと思った。






「あーなるほどね。クロノスの女か。なら問題ない。はっはっは」


 話がわかっていくにつれてハイデマリーさんはどんどん元気になっていった。


 あの長耳族エルフの女性はソフィーアさんというらしく、ヴィムさんが前にいた【竜の翼ドラハンフルーグ】の後任の人らしい。


「あーよかったよかった。よし帰ろう」


「あれ、帰るんですか? まだ話の途中っぽいですけど」


「物理的なのは一日三時間までって決めてるからね」


 なんだその時間は。聞いた方がいいのかこれは。


 同じパーティーにそこそこの期間一緒にいるが、ハイデマリーさんという人はよくわからない。


 希少職「賢者」の適性者であり、攻撃も治癒もこなす天才。

 その魔術と胆力、明晰な頭脳によって瞬く間に実績を挙げて【夜蜻蛉ナキリベラ】の次期幹部候補に駆けあがった。

 現在は後衛部隊の統括を担っている。


 まだ若いとはいえ、人としての器は間違いなく大物の類だろう。


 そしてこの人が、現在ヴィムさんの友人と言える唯一の人。


「あの、ハイデマリーさん」


「なんだい?」


「ハイデマリーさんとヴィムさんは親友だとお見受けするんですけども」


「そうだね。同郷の盟友さ。君の目も節穴じゃないみたいだ」


 えへん、と聞こえた。


「ならなぜこんなストーキ……紛いのことを? 直接話せばいいのでは」


 一瞬怖い目になったが、あえて引かずに耐えた。

 この人相手に引いたらあっという間に呑まれてしまう。


 というかなんでこの人はストーキングの最中にこんなに偉そうなんだ。



「まあ、いろいろあるんだよ」



 どうやら答えてくれる気はないらしい。そのまますくっと立って膝を二回、パン、パンと払う。


「さてアーベル。今日のことはお互い黙っているということで」


「うっ、それは」


「さもなくば、だぜ。じゃあね」


「……はい」


「あ! あの女微笑みやがった! アーベル、あれは違うのかい!?」


「知りませんよ……」


 本当に、よくわからない人だ。





 まだコーヒーが残っていたので、ソフィーアさんが座っていたところをぼーっと眺めて座っていた。

 最近苦いものが割と平気になってきて、そんなに美味しいわけではないけれど雰囲気は味わえるようになってきた。


 なるほど、考え事をする人はみんなコーヒーを飲むわけだ。


竜の翼ドラハンフルーグ】のことについては蓋をして考えることをやめていたけど、事務的な形で考え続けてみるとどうにか向き合える部分があった。


 こうして【夜蜻蛉ナキリベラ】にお世話になっているおかげで、【竜の翼ドラハンフルーグ】でのことについてある程度客観視ができるようになっている、はず。


 俺の性格とか能力的な不足が大きく関係していることは忘れちゃいけないと思うけど、それでもあの扱いは世間一般で言うあんまりなものだったんだろう。


 俺はもっと堂々としているべきだったし、訴えるべきものがあった。


 もう終わってしまったことだから掘り返すつもりは毛頭ない。


 みんなの今後の成功を願うくらいにしている。それで全部だ。あとは自分のことに集中すれば良い。



 これから俺はどうすべきか。何がしたいか。



 冒険者の本分としては、できるだけ良いパーティーに所属して迷宮ラビリンスの深奥を目指せばいい。その先に地位と名誉がある。


 なら取るべき選択は一つだろう、このまま【夜蜻蛉ナキリベラ】に入ればいい。


 選択の余地はほぼない。ないはずなのだ。


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