第41話 追跡者たち②

「で、なぜヴィムを追い回していたか教えてもらおうか、アーベル」


「それは、その……」


 ストーカー行為なんぞ働いていた不届き者の正体がアーベルだったことには甚だ驚いた。


「ほれ、言え。さもなくばフィールブロン中に【夜蜻蛉ナキリベラ】のアーベルはご執心の男を追いかけ回す変態だと広めるぞ」


 アーベルはがっくりうな垂れて、降参とばかりに両手を挙げて膝をついた。


 ちょっと気分がいいな。

 いっつも見下ろされてたからそこそこ腹立たしかったんだ。


「真似をしようと」


 真似?


「どういうことだい」


「その、へへ、階層主ボスと戦ってたときのヴィムさんの背中がですね」


「うん」


「頭に焼き付いて離れなくて。あんなふうになりたいと」


 ふむ。


「格好良かったといいますか」


「まあ、そうだね。ああなると格好良いよね、ヴィムは」


 よく見れば俯きながらも赤面している。本心なんだろう。


「で、それがなぜ追いかけ回すことに繋がるんだい」


「いえ、所作を学ぼうとした次第で。ヴィムさんにだけ見えている景色があるというのがなんとなくわかりまして、職業は違えどそれを見ないことには俺もあの段階に行けないのではないかと……ははは」


「なるほど」


 つまりヴィムに憧れて真似をしようとして、そのために観察をしていたと。



「ご執心の男を追いかけ回す変態じゃあないか。ただの事実だったか。よし、憲兵に突き出そう」


「待ってください待ってください! 自分でも暴走気味な自覚はありました! 街中まで来たのは今回が初めてなんです! どうかご容赦を!」



 焦ったらなかなかうるさいなこいつ。


「いいかいアーベル、誰かに執着するのは構わない。それが目標や活力になることもあるだろう。だが度を超えちゃあいけない、私事プライバシーまで侵害し始めたら終わりだよ」


「おっしゃる通りです……へへへ」


 というかさっきから気になるな。アーベルは普段からもっとハキハキ話していたと思うが。


「そしてなんだいその気持ちの悪い吐き気のするヘラヘラした笑い方は。対人能力に問題を抱えている根暗ぼっちのそれだぜ」


「あの、これはその、意識的にというか」


「……は?」


「いえ、その、ヴィムさんの」


「やめろ」


「え?」


「やめろ」


「ちょっと顔怖……」


「やめろ」


「わかりました」


 よしよし。


 腕を組んでしばらく考える。


 アーベルは判決が下るのを大人しく待つ気のようだ。


 どうしたもんかな。

 本人の話を信じるならここまでやるのは初犯らしいし、自覚があるならそこまで悪質でもないか。



「よし、今回だけは見逃そう。しかしこの次はただじゃあ置かないよ」


「はい。寛大な処置に感謝します」



 さあさあこんな奴に構っている暇はないんだ。

 問題はヴィムがこれから会う相手だ。


 女か? やはり女なのか?



「じゃあね。ほら、帰った帰った」


「はい。それではまた。失礼します」



 帰路に足を向けた。

 よし、これで安心だ。



「……ん?」



 と思ったら、アーベルは突然止まって、こちらを振り返った。



「ちょっと待ってください。ハイデマリーさんはなぜこんなところにいるんですか」


「そ、それは、カミラさんにヴィムが他パーティーに引き抜かれないか見張ってろと」


「ハイデマリーさん?」


「ええい黙れアーベル!君に構っていたせいでヴィムを見失ったじゃないか……あ、いた」





 ヴィムが入っていったのは喫茶店だった。


 しかも朝に事務員が朝食に立ち寄る感じの喫茶店ではなく、二人でじっくり話せるテーブルがある系統のやつだ。

 店内には柱や観葉植物がやたらめったら配置されてる。


「一人、ですね。読書でもしに来たんでしょうか」


「そんなわけないだろう。ヴィムの読書スタイルは基本的にベッドの上だ」


「えぇ……」


「というかなぜ君までついてくるんだ」


「ここまで来たら好奇心に従ってやりますよ。あと先ほどの説教への抗議も込めてます」


「チッ」


 私たちも喫茶店に入り、ヴィムの様子が観葉植物越しに見える席に位置取る。


 ヴィムは落ち着かない様子で座っていた。

 コーヒーなんぞを先に注文して、やはり誰かを待っているように見える。


 それからしばらくして、人影が見えた。


「来ましたね」


「静かに。……お、座った。そうみたいだね」


 その人はやや細身だった。

 フードを被っていて顔はチラリとしか見えない。



「女だ」



 しかし、性別だけは確かだった。


「どうしようアーベル。女だった」


「女性、ですね。しかもかなり美人……」


「どうしよう、どうしようどうしよう」


 ああ、しかもヴィムのやつ、注文したコーヒーをそのまま飲んでいる。

 いつもなら飲むときは砂糖とミルクをふんだんに入れるのに。


 これはアレか、若い男がやりがちな格好つけか?

 大人なんだぜって異性にアピールするらしいアレか?


「ああ、そんなに水みたいに。大人ぶらないでくれ」


「誰に言ってるんですか」


「アーベルぅ、ヴィムに、ヴィムに女がぁ」


「そりゃ時の人ですからそういうこともありますって。奥手そうなので意外ですけど」


「否定しろよぅ」


 二人は何やらそつなくやり取りをしている。

 少し慣れたふうもある。


 やはり逢引きなのか。もう何回目かなのか。


「あ、いや、でも違いそうですよ。女性の方がヴィムさんに紙束を見せてます」


 本当だ。


「でも、それがなぜ違うということになるんだい?」


「逆に恋人に紙束見せつけて何するんですか」


「一緒に論文書いたり、とか?」


「……多分そういう恋人関係は少ないですね。となるとパーティーの勧誘でしょうか? 契約書の類ですかね」


 どうやら決めつけるのは早計らしい。

 なるほど、具体的な男女の機微等についてはアーベルみたいなのがいた方がわかりやすいか。


 しばし二人を注視する。


 すると、女が被っているフードの隙間から、チラリと見えるものがあった。


「ハイデマリーさん」


「ああ。あの女……長耳族エルフだ。」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る