【雪の雫シリーズ】(二次創作)

夜蛙キョウ

第1話 「花葬壺」花ヲ葬ル壺

 ふと目が覚めた。手探りでスマホを見つける。

煌々と光る画面に目を細めながら時刻を確認すると深夜の2時過ぎだった。

何か飲もうと一階に降り台所へ向かう。

廊下を歩いていると、玄関のあたりで何かが動いた様な気がして立ち止まる。視線を向けた先には生け花が趣味の祖母が飾った壺があった。高さ1メートル程もありそうな大壺で彩色も無くシンプルな造りだが薄く壺を囲むように縄の様な紋様が刻まれている。

数日前に骨董屋で安く売られていたそれに一目惚れした祖母が購入した物だった。

今は色とりどりの花が活けられ、漆塗りの台座の上に鎮座している。

その大壺が薄く光って見える。いや、正確には壺に活けられた花の隙間になにか薄く光るものが動いている様に見えた。

良く見ようと少し近づいた時に悪寒が走った。

、、、手だ。

花と花の隙間から青白い無数の手が生え蠢いている。

血に染まった手のひらが花びらに見え、まるで大輪の花の様だった。

恐怖に動けずにいるとその手は虚しく空を掴み一本また一本と壺の口に吸い込まれる様に消えていった。最後の一本が消えてからも俺は動けないままだった。心臓が早鐘を打っている。

ハッと我に返り周囲を確認するがいつもの我が家だ。奥の床の間から微かに父親のいびきが聞こえて苦笑いをする。安心した。寝呆けていたんだろうと思い、改めて台所へ向かおうとして俺はまた動けなくなった。

花が、全て枯れ果てていたのだ。


「ってことが3日前にあって。それから何度か婆ちゃんが花を活け直してもすぐに枯れちまう。それで不気味に思った婆ちゃんが華道教室の先生であるアンタのお祖母さんに相談したところ、アンタが紹介されたって理由だ。」

そう言って男はテーブルの向かいに座る少女に視線を投げた。


 茶屋「雪の雫」は大きなお屋敷だった家屋を改築した店だ。一階部分を店舗、二階部分が居住スペースとなっており、さらに離れではオーナーである雪花百合(ゆきはな ゆり)が雪花流華道を教える教室まで開いている。

茶屋とあるが内装は和モダンな雰囲気の古民家風カフェの様になっている。若きパティシエ兼店長一色音(いっしき おと)の働きによりオリジナルな和スイーツも好評で若者にも人気がある。


そしてこの「雪の雫」にはある噂があった。

曰く、

「心霊的な事柄を解決してくれる人がいる。」と。令和のこの時代に何を馬鹿なと思いもするが

「あそこに相談すれば大丈夫だから。」と自分に頼んできた祖母の言葉には妙な信頼感があった。

だが今、俺の目の前にいるのは高校生くらいにしか見えない少女だった。

しかもアッシュグレイの髪にグリーンのメッシュ、さらに巫女服をイメージした店の制服のせいで最早アニメキャラのコスプレの様である。

「なるほどー、花を枯らす壺か。」

少女は腕を組み大げさに頷いている。

「まずは実物を見てみたいな。おにーさんはこの後予定ある?」

話を進める少女を俺は慌てて制止した。

「ちょっとまて。アンタが来るのか?たしか噂だと拝み屋のじーさんが解決してくれるって聞いたんだが?」

少女はあっけらかんと答えた。

「あー、梅吉じーちゃんは一昨年亡くなったよ。今は弟子のボクが依頼を受けてるんだ。」

その言葉を聞いて俺は立ち上がった。

「そうか、すまん。寺にでもいくわ。」

そのまま店を出ようとする俺を、今度は少女が慌てて制止する。

「まって!まって!ボクもちゃんとじーちゃんから修行を受けてるんだ!退魔の心得もあるから安心してよ!」

「安心できるか!お前どー考えても高校生だろ?修行とか言って何年やったんだ?そこらの坊さんの方がよっぽど安心できるわ!!」

一気にまくし立てるが少女は怯まない。

「失礼な!高校は今年の春に卒業しました〜。修行はまぁ2年くらいしかしてないけど、、、でもじーちゃんと実戦もやってるし大丈夫だから!」

必死に訴えてくる姿に少し罪悪感が湧いてくる。

まぁ婆ちゃんも大丈夫って言ってたしとりあえず任せてみてもいいのか?と思案していると、少女は何かを思いついたように顔をあげ「ちょっと待ってて」と言いながらバタバタと厨房に入っていった。その姿を見ているとカウンターの方にいた店長が話しかけてきた。こちらは白を基調に紫の差し色の入った茶衣着姿で、長い艷やかな髪が流れる色白の美人だ。まだ20代だが店長を任せられるだけあって理智的な目をしている。

「あの子、あんな性格だけど真面目だし、梅吉さんも素質はあるって褒めてたから安心していいはずよ。」

なるほどこの人に言われると説得力があるな。

そう思いとりあえず席に戻る。

しばらくするとまたバタバタと少女が戻ってくる。

少女はなにやら自信満々な顔を浮かべながら皿を差し出す。

「ボクが考えた新メニューなんだ!サービスするから食べてみてよ。」

少女が差し出した皿にはかわいいクマさんの顔に型抜かれた羊羹が乗っている。目と鼻と口は何やら黒いソースで描かれていてとてもファンシーだ。

どーゆーつもりなのかはわからないがせっかくなので食べてみることにする。甘い物は好きだ。

木製のミニナイフでクマさんを切る事に少々罪悪感を覚えながら口に運ぶ。

「うまい」

思わず声が出た。見た目の可愛さとは裏腹にカボチャの控えめな甘みが優しく口の中に広がる。顔のパーツを描いていたのは黒ゴマをペーストにしたソースだった、このソースがほのかな香りと深味を出していて甘さを引き立てる絶妙なアクセントになっている。

「なるほどな、見かけで判断するなってことか。」

少し考えた後、俺は答えをだした。

「わかった、依頼するよ。俺は白井和也だ。どうかよろしく頼む。」

少女は笑顔を浮かべて大きく頷いた。

そして立ち上がり高々と宣言する。

「アナタのこの依頼、退魔師チーム【スノードロップ】の雪花小華芽(ゆきはな おかめ)がお受けします!!」

何やら指を指しポーズまでつけている。

一抹の不安を覚えつつ、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

続く。

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