白髪の青年

「やっぱり、そうか………」


谷浦は吸っていた煙草を地面に落とし、足で消火する


「ダメだよ、ここは"神聖"な場所なんだから………」

白髪の青年は笑顔を浮かべ谷浦を優しく咎めるが、目は笑っていなかった


「悪いな、俺そういう信仰心とか持ち合わせてないもんでな」

谷浦は格別気にせずに思った事を返す、宿で交わしたあの雰囲気はもう2人の間にはなかった


「あの時"神社に行くな"ってどういう意味なんだ?」


谷浦は、あの日宿で谷浦に向かって言った青年の言葉の意味を質問した

その質問に青年は静かに返す


「簡単な答えだよ、外野が面白半分でを調べるな」


笑みを浮かべているが、目は鋭く笑みとは程遠い眼光だった


、ねぇ………」

睨みを受けても谷浦は冷静だった

しかしそれが青年の癪に触ったらしい


「残念だよ、貴方はいい人だと思ったから優しく警告してあげたのに」

対して青年は先ほどの笑みを失い、恨みを込めた顔で谷浦を見つめ始める


その時だった………



「貴方が、神様ですか………?」

弱々しい声が青年に向かって掛けられた

問いかけたのは、先ほどの泣きじゃくっていた男性だった


「おい…っ!」

谷浦はとっさに男性に向かうが、半歩遅かった

青年は怪しい笑みを浮かべて、手品のように男性の前に突然現れる


「そうだよ、僕が神様」

青年は面白そうに薄笑いを浮かべ男性の下に立つ


「やめろ!!」

間に合わなかった谷浦は精一杯叫んで止めようとする

だが、届かない


「望みは何?」

青年は笑みを浮かべ男性に問いかける

噓くさいほどの笑みなのに、髪と肌の白さが月光に照らされ嫌でも神秘的に見せた


「あの人の、正則さんとの子供が欲しいです…」

正則とは男性の恋人の名なのだろう…

男性は谷浦によって正気を取り戻したかのように見えたが、こびりついた執念は目の前に現れた青年によっていとも簡単に崩されてしまった


「やめろって言ってんだろ!!」


谷浦は叫びながら走って止めに入るが

青年が男性の額にむけて手をかざし、辺りが一瞬だけ光る


「これで、君の願いは叶ったよ」

三日月のように目を細めて青年は笑う

「………あ、ありがとうございます」

男性は虚ろな瞳で感極まった声でお礼を言う、すでに手遅れだった


「………くそっ!!」

間に合わなかった谷浦は虚しさで悪たれをついた

そんな谷浦の様子をみて青年は愉快そうに笑う


「そういえば話が途中だったね」

「話?」

立場は逆転して今度は谷浦が青年を睨む形となる、それが青年をより拍車をかけていた


「僕たちの周りには2つに分かれた人間しかいなかった」

「2つ?」


「お前みたいに僕たちを珍しがって弄りまわす奴と、こいつの様に馬鹿みたいに縋ってくる奴がね」


青年はそう言うと、"馬鹿みたいに縋ってくる"と評した男性に向かって、指をさす



ードクンッ


「………え?」

男性は先ほどの喜びの顔が消え、啞然とした表情で自分の腹のあたりを見つめる、腹部はみるみるうちに風船のように膨らみ始め、鈍い痛みを伴い始めた


「ぃ…っ、あ"あ"ぁ…っぎゃぁあああああああああああああああ!!!!」

男性はあまりの激痛にたまらず叫んだ


静かだった闇夜に悲痛な叫びが響き渡る


(これは、あの時と鳴川さんとまったく同じ現象…!)

谷浦はその様子を見て、瞬時に事態を判断した


「やめろ!!!」

谷浦は青年に向かって必死にやめるように怒鳴るが、青年は心から楽しそうに笑い聞く耳など持たなかった


「あ"あ"ぁ…っあああああ!!!!、痛いっ!痛いよぉ…っ」

「おい!!大丈夫か!!しっかりしろ!!」

谷浦は男性のもとに駆け寄り抱き寄せる、腹部は今にも破裂しそうなほど膨れ上がっていた


「頼む!、しっかりしろ!!しっかりしてくれ!!」

谷浦はただ男性に声を掛けることしかできない事に苛立ちながらも、必死に何とかしようと模索していた



「まさ、まざ、の"り"ざ…っ!!あ"ぁあ"ぁ…っぁあああああ!!!!」

「どうすればいいんだ…っ!!」


男性は痛さで正気を保てていない、谷浦も半ば折れそうになっていたその時


「助けたい?」

青年が谷浦の後ろに現れ耳元で語りかけた





「助けたい…っ?」

谷浦は青年の言っている意味が上手く理解できなかった


「そのままだよ、助けたいんでしょ?この人」

青年は馬鹿にするように男性の方へ指を指す

「どういう風の吹き回しだよ………!!」

言葉を理解した谷浦は怪しむように青年を睨む


それを青年は了承の意と取ったようだ


「簡単だよ、こいつの代わりをがやればいい」

その瞬間、谷浦の視界が光に覆われた


ードクンッ


先ほどの男性と同じように、大きく脈が打つ音と共に鈍い痛みが腹部から全身に回るように走る


「っぅ………っうぁあああ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!!」

例えられないほどの激痛に谷浦はその場でのたうち回った


視界が霞むほどの痛み、うまく息もできないくらいだった


「っく、………っぐぁ、ぁあああ"あ"あ"あ!!!!」

腹部を見ると先ほどの男性の時と同じく、自身の腹が膨らみだしていた


(間違いない、これはあいつの仕業だったんだ…っ)


「よかったね、これで保田さんって人も振り向いてもらえるかもよ?」

青年はまるで谷浦の事情を全て知っているように語り掛ける



「なん、で…、お前………っ」

必死で痛みに耐えながら谷浦は青年を見る


「あれ、痛みに強いほう?これでどうかな?」

青年はそう言いながら、谷浦に向かって再度手をかざす


「あぁあああ"あ"あ"あ!!!!」

痛みを増したのだろうか、谷浦は先程とは比べものにならない悲鳴をあげた


「ついでにいい事教えてあげるよ、あんたをここに1人で来させるように仕向けたのも僕なんだ」

「あ"っ……、ん、だ…とっ!?」

脂汗を浮かべ肩で息をしながら谷浦もなんとか返答した


「あんたがいずれここに来る事はから、あの奇妙な力を使う男と、ついでに保田って男が邪魔だったからね、男の方は殺せなかったけど動かなくなればいいし、保田って方は女を突っつけば離れるし、うまくはいったかな?」

まるで子供のいたずらのようにこれまでの経緯を語る青年に谷浦は驚愕した


「そ、れじゃぁ…っ!」

谷浦はここで自身が踊らされていた事を知り、悔しさで歯を食いしばった

その様子を楽しそうに青年は眺める


「当たり前だろ?僕らを引っ搔き回す奴はみんな敵だ、思う存分苦しめよ」

「っく、………っぐぁ、…っうぁあああ"あ"あ"あ!!!!」

そして、自らの足で踏みつけるように寝転がる谷浦を踏みつけると、さらに青年は続けた



「もうお前は気付いてるんだろ?

青年はそのまま谷浦の懐部分に手を突っ込み何かを取り出す


「お前の想像通りだよ」

取り出し見せたのは一枚の写真、資料図書館で谷浦が見つけた写真だろう、裏面には見覚えのある文章が書かれており、表を返すとそこには2人の人物が映っていた


片方の人物は、恐らく妊婦なのか腹部が少し膨れており、それをもう片方が愛おしそうに支えている仲睦まじい夫婦の写真だった


しかし、その写真に映っている妊婦は間違いなく羽衣 澪だった

そしてその澪を支えている男性が婚約者の清孝であり、清潔に整えられた黒髪の男性は優しい笑顔のまま写真に写されていた


写真を眺めながら青年は話を続けた

「素敵な写真だよね、僕幸せだったな」

うっとりとした表情で写真を眺める青年に谷浦は、激しい痛みの中確信を感じていた


「………っ…やっぱり、…そうかっ…お前」

「すごいね!まだ喋ることできるんだ!」

青年は、尚痛みを堪えて返答を返す谷浦に向かい、嘲笑うように嫌味に近い賞賛の声を掛ける


「っぅ、っぐぁ、ぁあああ"!!」

「あー、やっぱり痛い?ダメだよ瘦せ我慢は体に毒だよ?」

だが、谷浦はもう限界に近かった


「でも、体に毒もないか、もうおしまいだもんね」

青年は面白そうにクスクスと笑い谷浦がことに尽きるのを待っていた


(ここまで来て…っ!!)

痛みで気を失いかける、まさにその時


「…その人から離れろ」



風が流れると同時に凛とした声が響き渡った

その言葉の直後、谷浦の目の前にいた青年が勢いよく吹っ飛ばされた


飛ばされた青年は大きな音を立てて本殿の扉に無様にぶつかる



「っ………!っかは!!」


それと同時に谷浦を蝕んでいた痛みは消え、腹の膨らみも収まった


「クソ、…仕留め損ねたか」


よく聞きなれた声が谷浦の耳に心地よく響く

痛みの余韻が続くなか、谷浦は目の前に現れた人物の名を呼んだ


「………江國?」

「遅れてすみません、谷浦さん」


夜風が優しく吹くなか、谷浦の前に江國がそこに立っていた


「江國…っどうして………」

痛みでふらつく体を無理矢理起こし、谷浦は江國に近づいた


「好きな人を守って何が悪いんですか?それよりまだ痛むなら安静にしてください」

江國は視線を青年に向け警戒しながら、谷浦に声を掛けた


「そうじゃなくて、お前病院は……」

その時、谷浦の言葉を遮るように後ろから声がした


「おーい!谷浦さん!江國くーん!!」

「池谷?」


神社の出入口から池谷が遅れて池谷が現れた

谷浦もすぐに気づいて声のする方に振り向く


「あ!江國くん居た!!谷浦さんも!!……って、ぎゃぁ!なにこれ!!」


池谷は現れた途端に悲鳴を上げる、無理もなかった


江國はさほど変化はないが、ボロボロの谷浦、傍らで倒れてる見知らぬ男性に、本殿の扉に食い込まれた青年

明らかに異様な光景は初見の池谷には衝撃だった


「なんで池谷まで」

次々と思いがけない人物の登場に谷浦は追いつかない状態だった為、江國が説明を始めた


「池谷さんから連絡があったんです、"谷浦さんが無茶をするから止めに来てほしい"って」

「なんでお前に」

「池谷さんにバレたみたいです、俺の家のこと」

「は?」

しれっと重要なことを言った江國を谷浦はもちろん聞き逃さなかった


「この間の御札があったでしょ?どうやら俺の家に代々伝わる貴重な御札だったみたいです」

もちろん聞こえた江國は簡潔に答えた、この間とは最初に羽女之村に行った時の事だろう


「そういえば、調べるようにって池谷に頼んでたな」

江國の事情をまだ知らなかった谷浦は、江國が持参した護身用の御札が一時的にでも怪異を防げたことに目を付け、池谷に御札の正体を調べるように頼んだことを思い出した


「参りましたよ、池谷さんに質問攻めにされるわ、盗んだのバレてばあちゃんに叱られるわで」


こっぴどく絞られた時を思い出したのか、江國は心底嫌な顔をして舌を出しながら谷浦に伝えた


「せめて反省ぐらいしろよ……」

言っている言葉は小言に近いが、どんな時でも何も変わらない江國に心底安心感と心強さを谷浦は感じていた



次の瞬間、大きな爆発音が響き渡る

音がしたのは本殿の方からだった、青年が反撃に備えて動きだした



「谷浦さん、あそこに倒れている男性は?」

「………あいつの被害者だ」

江國は冷静に対処をしはじめた、谷浦も気づいたのだろう切り替える


「………池谷さん!!」

「……な!何!?」

「そこで倒れている人、車まで運んでそのまま避難しててください」


江國はテキパキと指示を出すと、池谷も素直に応じ倒れている男性に近づき救出を始めた


「………あ、歩けますか?」

男性の下へ行き腕を抱えながら、池谷は恐る恐る声を掛ける

「………ぅ、」

意識を取り戻した男性は、小さく呻き声を上げながらなんとか反応を返した

それを合図に池谷は男性を支えながら車へと向かった


残ったのは江國と谷浦、そして白髪の青年……


「江國、何をする気だ………」

谷浦は江國の動向を探る、江國の答えは簡単だった


「決まってるでしょ?あいつをなんとかしないと」

「できるのか?」

即答で出た江國の答えに谷浦もほぼ条件反射で答える


「谷浦さん、見くびらないで貰えますか?俺はもうあの時の泣き虫じゃない」

江國は鋭い眼光をいまだ向こう側にいる青年に向け、谷浦の言葉を返す


「谷浦さんも動けそうなら逃げてください」

そして、再度片手で印を組み本殿の中から相手が出てくるのを待ちまえた


「いや、俺はここにいる、こいつに聞きたい事があるんだ」

だが谷浦は江國の言葉に従わなかった、もちろん理由はある


「危険です、いますぐ逃げないと」

「江國、俺は真相を知るためにここに来た、………逃げる訳にはいかない」

谷浦も覚悟を決めた顔で江國に残りたいと志願する

そんな目を向けられれば江國にはその意思を汲む他ならなかった


「わかりました、貴方は俺が守りますが無茶はしないでください」

「助かるよ」

あっさりと承諾した江國に、谷浦は笑いながらゆっくり立ち上がる


「本当に、ずるい人だ」

たまらず江國は愚痴る様に呟いた


「ん?なんか言ったか?」

「独り言です」

惚れた弱みなのは分かっている分その反応はずるいと恨めしそうに睨むが、しょうがないと江國は覚悟を決めた


「茶番は済んだかな?」

先ほどの轟音とは一際違う音を立てて本殿から青年が出てきた

江國に一撃喰らわされたことが相当頭にきたのだろう

笑みを浮かべてはいるが、もはや半狂乱に近い表情だった


「やっぱりお前か、意地でもあの時殺しておくべきだったって後悔してるよ!」

声を張り上げ江國に向かって威嚇する、目は吊り上がり、口角は笑みの形をしているが、裂けるように上がりこんでおり、その姿はもはや人の形を保てておらず、まるで鬼の形相そのものだった


「できない事は口にしない方がいいぞ?」

特別変わった青年を気にすることなく淡々と江國は言葉を返す

それも青年の癪に触ったらしい


「お前らは絶対に生きて返すもんか!!!」

声を張り上げより一層威勢を出し、江國に掴みかかろうとしたその時だった



「待て!!」

誰よりも声を張り上げ、谷浦が青年の前にでる


「お前に聞かなきゃならない事がある」

「この期に及んで何かな?」


争う為に来たわけではない谷浦は、真っすぐに青年から視線をそらさず一番聞きたかった質問をした



「お前は一体誰なんだ?」

もう答えは出かかっているのだが、谷浦はそれでも敢えて聞きたかった


「…知ってるくせに聞くんだ」

「悪いな、ちゃんとした答えを聞かないとスッキリしない性分なんだ」


そんな谷浦の意図を汲んでくれたのか


「……そうだったね、まだ話の途中だから最後まで話してあげるよ」

青年はしばらく黙り込んだあと谷浦の質問に答えた


「僕は羽衣 澪の子供だよ」

そう語る青年の顔は先ほどまでの鬼の形相は解かれていた、だがその代わりに妖しい薄ら笑いを浮かべている


江國は事前に池谷から事情を聞いていたのだろうか、2人の会話に何も言葉を発することなく、谷浦を守る事に意識を向けていた


「…子供?」

「そう、子供だよ」


ゆっくりと青年は歩を少しだけ進め、月明かりを浴びる位置についた


「ここまで突き止めた人はいないからね、特別に教えてあげるよ」


そう言って青年は語りだした


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